第5話 困った剣術指南役
「また寝てる」
練習場――って言っても、広い殺風景な部屋って感じのところなんだけど。
そこに着くと、剣術指南役のマックスウェル・グレンジャー先生が、椅子に座ったまま、こっくりこっくりと船を漕いでいた。
グレンジャー先生はかなりのお年寄りで、伸びっぱなしの白髪と、白髭がトレードマーク(?)のおじいちゃん。
でも、こう見えても若い頃は、広く名の知れた剣士だったらしい。
セバスチャンとは昔馴染みだそうなんだけど、グレンジャー先生は、若い頃(二十代辺り)に、いきなり長い旅に出てしまったんだそうだ。
国に戻って来たのは、六十歳を過ぎてからってことで……。
すごいよね。四十年くらい、放浪生活してたなんて。
その間、どこで、どんな風に暮らしてたんだろ?
いつか、いろいろ訊いてみたいな~なんて思いつつ、グレンジャー先生の前まで行くと。
私は大きく息を吸い込み、声を張り上げた。
「グレンジャー先生っ!! 時間ですよ、起きてくださーーーいっ!!」
ビクンと体が揺れ、目を覚ましたグレンジャー先生(長ったらしくて面倒だから、これからは『師匠』と呼ぶことにしよう)が、のろのろと周囲を見回した。
「おぉ~……。もうそんな時間じゃったかぁ?……やれやれ。よく眠ったのぉ。ふぉあっほっは」
「もー。笑いごとじゃないですよ。毎回毎回、よく眠れますね?――ってか、ほとんど眠ってるだけじゃないですか」
「ふぉあっほっは。そうかのぉ~? そんなによう眠っとるかのぉ? ふぉあっほっは」
……いや。
『ふぉあっほっは』じゃなくて。
うぅ~ん……。
何度聞いても気になっちゃう、変わった笑い方だわぁ……。
「それより、今日はどーしますか? またシリルに相手してもらって、自主練習でもしてましょーか?」
「ふぅむ……。そうさのぉ……。ふぅ~……む。……むぅ……」
ガクン! と頭が下がったかと思うと、すひぃ~……すひぃ~……と寝息が聞こえて来た。
「……マジですか?」
半ば呆れ、半ば感心しながら、私は大きくため息をつく。
後ろを振り返り、少しだけ離れた場所から、こちらの様子を窺っているシリルと目が合うと、
「ごめんね、シリル。グレンジャー先生は、今日もお休みみたいだから、手合わせお願い出来る?」
仕方ないので自主練と決め、対戦を申し込んだ。
「は、はいっ! しょ、しょーちいたしましたっ」
――という訳で。
師匠から少し離れた場所で、私とシリルは、右手に剣(もちろん本物じゃない。形だけ剣に似せた、金属の塊だ)を持ち、少し腰を落として向かい合った。
その後は……まあ、日本の武道で言えば、剣道みたいなもの(と、私は勝手に思っている。昔の子供が遊んでたってゆー、チャンバラごっこみたいなもの、とも言えるかもしれない)をやり合うだけ。
剣道は、部活勧誘の一日体験みたいなところで、一度だけ、立ち合い稽古っぽいものをさせてもらったことはある。
でも、詳しいルールとかは、剣道自体にあまり興味がなかった(ごめんなさい)から、覚えてないんだよね。
だから、剣道みたいなものと言っても、私の感覚では、チャンバラごっこの方に近いかなぁ?
……いや。
この世界(国?)で使ってる武器は、刀の形じゃなく、剣って感じの見た目だから、剣道よりは、フェンシングの方に近いのかもしれない。
でもなぁ……フェンシングのことは、さっぱりわからないし。
真面目に相手してくれてるシリルには、すごく失礼なのかもしれないけど……やっぱり感覚的には、チャンバラごっこなんだよね。(だってこれ、特にルールはないみたいだし。『酷いケガさせちゃダメ』とか『急所は狙っちゃダメ』とか、一般的な常識から外れるような行為は、もちろん、禁止されてるみたいだけどね)
ああ、そうそう。シリルと言えば。
彼は毎回必ず、私に勝ちを譲ってくれる。
『気なんか遣わなくていいからね? こてんぱんに負かしてやる! ってくらいの気持ちで、掛かって来てくれていーんだよ?』っていくら言っても、遠慮しちゃって、本気で向かって来てはくれないんだよね。
彼にとって、私は仕えている相手なんだし。
気を遣うなって言う方が、迷惑なのかもしれないけど……。
とにもかくにも。
剣術は、この国の王族なら、男女関係なくたしなまなきゃいけないって決まりがある。
だから、面倒でもやってるワケなんだけど……ホントに必要なのかって考えると、かなり疑問。
騎士でもなければ、剣の所持なんて普段からしてない(ってゆーか出来ないみたいだ)し。
そーすると、いざって時に身を守るためって理屈も、通じないじゃない?
……ホント、これって何のためにやってるんだろ?
体を健康に保つため、とかかな?
う~ん……。
私は体動かすのが好きだから、学校の体育とでも思っとけば、全然苦にならないし、べつにいーんだけど。
運動音痴っぽかった桜さんなんかは、かなり辛かっただろうなぁ……。
いくら剣は模造刀(剣だから模造剣?)って言っても、プラスチックとかじゃなくて金属だから、想像以上に重いし。
女性用として、普通のよりは刀身も細めで、やや薄めに作られてるらしいけど……。
それでも、ただ振り回してるだけでも、結構キツイもんなぁ。
……なんて。
桜さんのことに思いを馳せたりしながらも。
イマイチ納得出来ないままに、私は、剣の稽古を大人しく続けていた。




