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2・1 想定外のランチタイム

 会社近くの定食屋に入ると客はひとりしかいなかった。もうそろそろ十四時だから、さもありなんか。

 お好きな席にどうぞと言われたので、日替わり定食を頼んでから隅にあるふたりがけを選び、壁を背にする側に座る。


 念のために再度店内を見渡して、顔見知りがいないことを確認。それから私用スマホを取り出しワイヤレスイヤホンを片耳にだけはめ、ゲームのアプリを起動した。


 タイトルは『トゥエルブ・スターを撃ち落とせ!』。

 これだけ見たらシューティングゲームだけど、実際は乙女ゲーム。時代不詳のヨーロッパ的世界が舞台で、侍女見習いとなって十二人の攻略対象たちと恋愛をする。今、人気の乙女ゲームなのだ。


 いつもなら会社の近くにいるときにプレイはしない。ヲタバレしたくないから。恋愛シミュレーションゲーム厨だなんて木崎に知られたら、絶対にバカにされる。

 だけど今はどうしてもやりたい。


 正午前に急に顧客が無理な注文をつけてきたのだ。『それ、この前に確認して、あなたが絶対にないと断言したやつですよね?』そう反論はしたけど、ダメだった。なんとか頼むよと泣きつかれ、仕方なしにあちこちに頭を下げて、なんとかした。さすが私。だけど疲れた。


 とにかく今は癒されたい。

 推しキャラの麗しきご尊顔を拝み、玲瓏なお声を拝聴し、疲れた心を浄化するのだ……。


「あれ、宮本」


 っ!

 まずい、知り合いに見つかった!


 聞き覚えのある声に慌ててスマホをオフにして、顔を上げる。そこには藤野がいた。


「あ、悪い。動画でも見てたか?」

「うん。でも大丈夫」

 イヤホンを外し、スマホと一緒にカバンに入れる。良かった、ゲームだとはバレていない。

「座っていい? 誰か来るか?」

「来ないよ。どうぞ」


 藤野は振り返り店員に『日替わり定食ひとつ』と頼むと、向かいに座った。


「藤野は外回り?」

「そう。すっかり遅くなった。宮本は?」

「昼休み前に顧客に無茶ブリされた」

「御愁傷様」

「いつものことだけどね。疲れるよ」

「よし、ここは藤野様が奢ろう」

「やった!」



 藤野は同期だけど、親しくなったのは彼が三年ほど前に第一営業部に異動してきてから。特にここ一年はよく話す。男性社員の中には私のことを『女のくせに生意気』と陰口を叩く人もいる。そんな中で藤野は常にフラットな態度で裏表もないからすごく安心でき、社内では数少ない異性の友達だ。


 ただ、そんな藤野にも欠点がひとつある。あの木崎と仲がいいのだ。人当たりが良い藤野がなんであんな性格の悪い男と気が合うのか。ちっとも理解できない。


 木崎か。関連して思い出す。土曜にピンチヒッターをした水族館の仕事。あれの本来の担当、永井さんが入院したという。


「そういえば永井さんは大丈夫なの?」

「ああ。しばらくは無理そうだな。切迫だって」

「セッパク?……あ、永井さん妊婦だったの?」

「知らなかったのか?」

「どおりで。最近ちょっと、ふくよかになったなあと思ってたんだよね」

「宮本、そういうところは鈍いよな」

「だって隣と言っても違う部署だし。――って、永井さんて木崎の直属だよね。まさかあいつが無理させて……」

「ないない」藤野が苦笑する。「木崎、案外そういうところは気遣いの鬼だから」

「まさかあ」

「今回だって出先で永井が体調を崩したから、木崎が病院に付き添ったんだぞ」

「そうなの?」


 それは意外すぎる。木崎は先輩だろうが上司だろうが容赦がない。ダメだと判断したら平気で切り捨ててしまうようなヤツなのだ。そのせいでヤツを嫌っている社員も一定数いる。


「そうしたら切迫早産だったって」と藤野。「永井、木崎にめちゃくちゃ感謝してるから」

「……ふうん」

「ま、分かりやすく親切にしてる訳じゃないからな。端からは厳しいとこしか見えないだろうけど」


 そこに『おまちどおさま!』と日替わりのアジフライ定食がふたりぶんやって来る。

「うわ、美味しそ! いただきます」

 まずはなめこのお味噌汁をひとくちいただいて。それから肉厚のアジに箸をいれる。私は何も掛けない派だ。サクッとの感触。


 親切な木崎か。どうにもイメージが湧かないな。


 フライを口に入れる。

「美味しっ!」

「宮本はいつも旨そうに食べるよな」

「そう?」

 そうとうなずく藤野。

「家だとろくなものを食べてないからかも。魚なんてお刺身以外は買ったことないし」

 独り暮らしもだいぶ長いのに、いまだに自炊が苦手なのだ。というより、そこに時間をかけたくないというか。


「それな」

 同じく独り暮らしの藤野が同意してくれる。

「飲食店様々」

「今度、魚料理が旨い店に行かないか? いいとこを知ってる」

「いいね。そうだ、そこで久しぶりに同期会しようよ」

「同期会、ね」


 ごくたまにだけど仲の良い同期で集まって飲むのだ。普段、顔を合わせる機会が少ない人と会える貴重な飲み会だけど、最後にやったのは半年以上前だ。


「……分かった。俺が幹事するよ」と何故か苦笑気味の藤野。

「ありがと! ――でも藤野、忙しくない? 永井さんが入院なら、彼女の仕事を振り分けたんでしょ?」

「大丈夫。俺はもらってないから」

「そっか」


 たくあんをポリポリ食べる。

 水族館の仕事は誰が継ぐのだろう。あれは木崎がコンペを勝ち抜いて得たもののようだ。そのせいか、だいぶ力を入れている感触があった。


「例の水族館は?」

「さあ。朝の時点ではまだ決まってなかった。やりたかったか?」

「担当が木崎でなかったらね」

 笑う藤野。

「それよりもさ。木崎と仕事をするのは初めてだったんだろ? どうだった?」

「……あいつ、二重人格だと思う」

 藤野はぷっと吹き出す。

「どうしても褒めたくないんだ」

「ノーコメント」

「嘘をついてまでけなさないあたり、宮本らしい」

「……だって木崎が仕事ができるのは事実だし。悔しいけど認識のアップグレードをするしかなかったのが現実」

「イヤそうだな」

「イヤだもん」


 ははっと藤野が声を上げて笑う。


「それでよく、一緒にラーメンを食いに行ったよ」

「お礼だって言うから。私だって貸しをさっさと精算して終わりにしたかったしね」

「ふうん。案外、楽しかったんじゃないか?」

「まさか!」言下に否定する。「あんなヤツといて楽しいはずがないでしょ。ラーメンは美味しかったけど」

 とは言え、本当はほんの少し、1ミリくらいは楽しかったような気がしないでもない。けど、それはきっと錯覚だ。


「そう」と藤野。「バッティングセンターは? ふたりともホームランを打ったんだろ?」

「あ、そうだ。木崎って本当に野球経験なし?」

「うん……?」藤野は箸を止めて視線を宙にさまよわせた。「ああ、やってないはず」

「それであんなに上手いの?」

「スポーツ全般が得意なんだよ」

「生意気な。木崎のくせに」

「ていうか宮本、知らないんだ」

「何を?」

「木崎は高校のときに陸上でインターハイに出てる。確か400だか800だか、そんな感じの走るやつ。ネットで名前を検索すると成績が見つかるとかで、社内じゃ有名だぞ」

「木崎に興味はないもん」


 インターハイか。私もソフトテニスをやっていたから目標にはしていた。県内では強いほうだったけど、代表になれるほどではなかった。悔しい。高校の時点では木崎に負けていたのか。


 アジフライを食べて気を落ち着かせる。

 過去は過去。今、この時で勝負するのだ。前回のボーナス査定は引き分け。新規契約数は……


 ブブブッと卓上の社用スマホが振動した。通知を見る。

「高橋からだ」

 昼前の案件は片付いたはず。どうかそれではありませんようにと願いながらメッセージを開く。


「何だった?」と藤野。

 無言でメッセージを見せる。そこには

『フラペチーノ飲みたいです』との一文と、目をキラキラさせたスタンプ。

「奢るのか?」

「違う。『日頃の感謝』と言って、定期的にギフトカードが送られてくるの。その代わりこうやって、先輩をカフェに走らせるんだよね」


 藤野の目が剣呑になる。


「あ、イヤではないよ。出先から帰るときだけだから」

「すごいアイディア」

「何が?」

「こっちの話」

 藤野は肩をすくめ、アジフライにかぶりついた。


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