きゅう。
そんなわけで。
色々あったが、今日は件の侯爵令嬢──グレース・フロイア嬢とお茶会の日である。
『お茶会』というと、テンプレ的にはお屋敷のサロンか庭で景観を楽しみつつのキャッキャウフフ……を想像するところだが、ウチは商家の男爵家、相手は侯爵家。
男爵邸内に場所を作れないでもないが、母が亡くなってからは茶会などしていない。
マナーをきちんと理解し、貴人を粗相なくもてなせるかに不安が物凄い。
それにマグリッド先生の個人的な伝手である為、家を介すことはNGを受けている。
故に、『貴族御用達カフェ』の一室を予約した。
少々お高いとはいえ、平民もいなくはない。メグにも敷居は低めだし、『貴族御用達の店』 ──マナー面でも安全面でも安心できることを考えると、コスパ的には家より全然いい。
そして、マグリッド先生も着いてくる。
カフェにしたのも無論、マグリッド先生からのアドバイスである。
「お茶会の服装はデイドレスだけど、市井のお店だし少しカジュアルめがいいかしら?」
「それがよろしいかと」
などと、先生に相談しつつ父はメグの装備をバッチリ用意している。
とても張り切って。
俺はモブなので、無難にスーツである。
余談だが、父は『万人受けするよそ行き』という男性服飾小物を作る際にしか、俺の物は作らない……何を着せてもモブなので、モチベーションが下がるらしい。
さて、今回お会いする予定であるフロイア侯爵令嬢だが、当然ながら調べている。
勿論、悪役令嬢本命は『公爵令嬢』……特に王太子の婚約者であるディラン・マクレガー嬢だが、『侯爵令嬢』も侮ってはいけない相手である。さしずめ対抗といったところ。
悪役令嬢は正規ヒロインなので、その取り巻きならば安心(※別の懸念も発生するが一先ず置いておく)だが……
今回のフロイア侯爵令嬢は取り巻きどころか、どこかの派閥には属していない。
何故なら彼女は『病弱キャラ』なのだ。
病弱な為、領地で療養しつつ育っていたのでお友達がいないそう。
不安なのでお友達を作っておきたいが、そこは貴族……お家の繋がりから適当な相手を見繕う感じになるが、当の本人がそれを嫌がったらしい。
マグリッド先生曰く、
「なんていうか……面倒臭……ゲフンゲフン、ピュアなのですわ」
──とのこと。
マグリッド先生の言葉に危険な匂いはしないでもないが、高位貴族で『第三者が付け入る隙のない程、アッツアツで仲の良い婚約者のいる女性』という甚だ限定的な要素をクリアしている、貴重な人材である。
なのに、気乗りしない様子のメグ。
周りは気付いていないようだが、父や先生の褒め言葉にも、いつもよりぎこちない笑顔だ。
(緊張しているのか……?)
メグの用意を見届けた後、マグリッド先生は侯爵家のタウンハウスへと彼女を迎えに行き、約束の時間にカフェで落ち合うことになっている。
どちらがホストというわけでもないので、ここは侯爵令嬢を立て、マナー通りに5分遅れで到着するように馬車に乗った。
「どうしたメグ」
馬車内でメグにそう尋ねると、気乗りしない理由がわかった。
「だってピュアな娘だっていうのに……何だかこっちは打算的ィ……しかも病弱だったのを利用しているみたいで……」
自分こそ純粋なヒロインみたいなことを、不満気に言い出したメグ。
「そんなのは気にするな。 君は『打算的』と言うが、今まで市井で暮らしていたときだって、人と近付くきっかけは打算だったりした筈だ」
「……まぁ、そうだけど」
きっかけは所詮きっかけに過ぎない。
それがなんであれ、友情が育まれれば良い。
むしろ、傍にいる俺はどうでも、メグにはそうしてもらわねば困る。
いざというときモノを言うのはそういう部分……権力があろうとも、建前の友人では無意味なのだ。
「──メグは以前『人を褒める時は、本当にそう思ういいところを言えばいい』と言っていただろう」
市井で人気者だった彼女は三話あたりで(※メタ表現)ドヤ顔をしながら人付き合いのコツを語っていた。
その時の話である。
「そんな君だ。 自然体でいればいい」
「ジェラルド……」
メグに微笑みかけてそう言うと、至極真面目な表情で「顔が怖い」と言われた。
せっかく人が真面目に語ったというのに台無しだ──だが、俺が作り笑いをすると、何故かなにかを企んでいるような不敵な笑みになるのは事実。
無表情モブ設定なのだろうか。強制力(以下略)
「そういう面でも、メグが自然体でいてくれなければ困るな」
「頼りにならないわね……」
「ああ。 メグが頼りだ!」
「自信満々でいうところ?!」
実際俺は気の利いた巧みな話術もできない。
だがサポートとして、色々考えてはきた。
「ふっ……その分小技は仕込んできた。 場は盛り上げてみせる……見ろ、異国から取り寄せた人形だ!!」
ご令嬢は人形が好きだと聞き、プレゼントに珍しい人形を取り寄せておいた俺。
ちょっと珍妙なクマ?のぬいぐるみである。
「えっなにそれ気持ち悪ッ……」
なんせ相手は侯爵令嬢、この国では簡単に手に入らない輸入品……女性はレアものに弱いと言うではないか。
しかし、メグには不評。
「しかもなんでプレゼントなのに包装もしてないの?!」
「ふふ……これで腹話術をして挨拶をすれば掴みはOKだ……」
「腹話術?!」
俺はメグを安心させる為に微笑みかけ、自慢の腹話術を披露した。
『コンニチハ! 僕達コレデ……ズッ友ダネ!』
「ひいッ!?」
「顔も人形も怖さしかない!!」「台詞の圧が凄い!!」 と腹話術も大不評。
「腹話術は得意なのだが……」
「そういう問題じゃない!!」
そうこうしている間に、馬車はカフェへと着いた。
「前途多難な幕開けだ」
「それアンタが言う?!」