はち。
「俺が……メグの婚約者に──?」
父の提案に俺もメグも驚いた。
「そんないきなり……ッ」
「── そ の 手 が あ っ た か」
これは盲点だった。
勿論返事は『是』一択。
「……は?」
「流石は父上。 成程、婚約者ならば一番近くで虫が付かないように守れますね!」
「えっちょっと?! そこアッサリ受け入れるところ!?!?」
確かにメグにとっては寝耳に水だろう。
しかしこれはメグの為でもある。
貴族とはいえ学園内ではヒエラルキー下の男爵家だ。
高位貴族男子から『そこの彼女に用事があるんだ、君はついてくるな』等と言われてしまっては不敬を覚悟で挑まなければならないところだが、婚約者となれば『婚約者なんで』という理由を以て一蹴できる。
考えてみれば、これが『後見人なんで』や仮に『義妹なんで』だと、『既に籠絡されている』と周囲から誤解されてビッチヒロインルートまっしぐら───なんてことにもなりかねない。
「ふっ、危ないところだった……」
「えっどういうこと!?」
俺は自らの想像力の足りなさを反省した。
婚約しているとはいえ婚姻しているわけではない。
これは別にテンプレではないが、婚約をしていても学園在学中に顔を合わせるようになった途端に反りが合わないと判明し、両家話し合いの末、解消に至るケースもあるらしい。
──相手に本気の場合、婚約者がいたとしても諦められないならば、家を通してなんらかの解決方法を作るのが良識的だ。
金銭や話し合いで、婚約は解消の余地がある。
一方的に攻略対象が『婚約破棄だー!』と自分の婚約者に宣うのがテンプレだが、メグに婚約者がいたらそうもいかないだろう。まずメグの婚約をどうにかしてからだ。
素晴らしい……これぞテンプレ崩し。
馬鹿はこれで排除できる上、俺が婚約者という立ち位置ならば、確実に真面目な相手からもウチに話は通る……特に高位貴族で本気の本気なら、まずメグの養子先──お家柄を釣り合わせる為の『経歴ロンダリング』を考える必要があるからだ。
必然的に、後見人のウチの了承を得ねばならない。
馬鹿だけでなく遊びで済ませようとする輩も『婚約者』の名の元に格段に排除しやすくなり、『後見人』という立場もあるので本気の相手の精査もできる。
云わば、施主も安心の二段構造だ。
「ふふ、俺としたことが詰めが甘かったようだ……だが、これで安心、匠の心遣いに皆ホッコリだ」
「匠ってなに?!」
まだ混乱・困惑している様子のメグは、「一人で納得しないで!」などと喚いている。
(まぁ、それも仕方ないな……)
メグにはビッチヒロインのように『私はこの世界のヒロインよ!』というような、所謂お花畑的な前世の記憶はなく、高位貴族には多少の恐怖心を抱いているくらいなので安心だが……もともと野心からウチに来たのである。
高位貴族狙いではなくとも、学園には裕福な平民、男爵家、子爵家の将来有望なイケメンもいる筈だ。
俺のようなモブとの婚約など、そりゃ有り得ないだろう。
ビッチヒロイン回避をしなければならない程、彼女はヒロインなのだ。
愛らしい容姿に、努力家の中身。
充分にヒロインとしての資質もある。
──だが、ここはおそらく『悪役令嬢転生小説』の世界……
正規ヒロインは悪役令嬢である。
則ち彼女がヒロインとなる時は、悪役ヒロインとなる時。
気の毒だが、フラグは潰す。
全力で潰す。
「メグ……」
「なっ、なによ……」
説得はなるべくシンプルに、と心掛けながらメグの両肩に手を起き、視線を合わせる。
俺は生来の無表情をカバーすべく、目に力を込めた。
「俺では不満だろうが、我慢してくれ」
「……ッ!!!!」
言いたいことがありそうな顔をしながらも、メグはゴニョゴニョと「ああああんたねぇ……」などと言うだけで続かず。
結局、不満げな顔で俺を睨みながらも、婚約の書類には素直に名前を書いた。