なな。
商家であるウチは領を持たず、主な取引先はここ王都と王家管轄地のそこそこ裕福な市民がメイン。
今は亡き母は、元々隣国の貴族である。
その伝手から手広く輸入品も扱うが、主な産業は勿論、服飾小物のデザインと販売。
その昔は子爵家で、領もあったらしい。
だが領地経営が上手くいかず、没落しかけて領地は国に戻し、降爵──没落しなかったのは、養子となり金銭援助を行った父のおかげである。隣国の貴族令嬢である母を娶るが為に、金で爵位を買ったようなものだ。
養子である父と、元々の子爵家との間に血の繋がりはない。
尚、子爵家はどこの伯爵家とも特別な関わりがないようなので、副伯としての授爵ではない模様。階級制度はフランス流ではないようだ。
領地を返還したせいか、かつての子爵家の資料はあまりなく(ゴタゴタしてる間に処分されたようだ)、当時はあくまでも『母を娶る為の手段』に過ぎなかった父は、今になってそれを少々悔やんでいる。
何故なら、この国の貴族との繋がりが薄いからである。
まぁ、その分柵も薄いのだが、商人というよりはデザイナーとしての欲が出てきたのだろうと思う。
──そんな父である。
「まぁぁぁぁ!! 侯爵家のお嬢様とお茶会ですってぇぇぇッ?!」
マグリッド先生の話に、一番興奮したのは父であった。
「え、ええ。 ですからふたりの外出許可を」
俺らと共に許可を受けに父の執務室へ入ったマグリッド先生は、大興奮のあまり男爵モードの姿なのにも関わらずデザイナー(オネエ)モードに変貌した父に一瞬固まったが、鉄壁の淑女スマイルで対応した。
「──見ろ、あれが高位貴族の振る舞いだ。 元だけど」
「元でこれなんて……私、社交界が怖くなってきたわ……」
『とても真似できる気がしない』と小さく震えるメグ。
デザイナーモードには慣れてきたメグも、男爵モードでの父の急なデザイナーモード変貌はそれなりに衝撃的だった様子。
それに全く動じないマグリッド先生にも。
「高位貴族や社交界を怖がることは良いことだ」
「そうかしら……」
なによりビッチヒロイン回避に繋がる。
(いやまてよ……)
「──だが女の子の高位貴族を怖がって、遠ざけてしまっては逆にまずいな……」
「えっ?」
男は馬鹿である。
だからこそ社交界で女性が幅を利かせていると言ってもいい……男は女のように『噂』を信じたりはしないが、目で見えるものは阿呆みたいに信じたりする。
つまり、女性らの態度に簡単に感化されるのだ。
「ただでさえメグは平民……しかも可愛いから嫉妬されるだろうに、更に女子から舐められたら大変だ」
「──ふぇっ?!」
「ここぞとばかりに強引に迫ってきたり、或いは『俺が君を守ってあげる』などと甘い言葉を囁いて、不埒な行為に及ぼうとする輩が続出するに違いない」
「はぁ!!? ななっなにをイキナリ」
俺も似たような台詞を吐いたが、俺は輩ではなく本気でメグを守る気だ。
勿論、俺自身の為でもある。しかし、
「俺もまた男爵家という平民と大差ない身分……メグを守るにはさりげなくやらないと不敬で死ぬ恐れがあるのに、大量にそんな輩が現れては捌ききれる気が」
「ななななんなのさっきから!!」
──おっと、ウッカリ口に出していたようだ。
メグだけでなく、マグリッド先生と父も俺を見ている。
(まあそれもいいだろう)
なにしろこの懸念については、ふたりに相談しておくべきだと思っていたのだから。この際この場を使うことにする。
特に父には牽制も兼ねて。
仮に攻略対象がメグに引っかかったとなれば、排除しようにも父の横槍が入るかもしれないことが気になる。
そもそもそのつもりでメグを引き取ったのだから、当然だ。
それが婚約者のいない相手ならばいいかというと、そういうわけでもない。
何故なら、『実は王太子の傍で、虎視眈々と王太子の婚約者である悪役令嬢(※正規ヒロイン)を狙っているストーカー的・腹黒ヒーロー』も、『悪役令嬢転生小説』のテンプレ黄金パターンだからである。
攻略対象と思しき輩には、たとえ婚約者がいなくても近付いてはならない……ヤツらに掴まろうものなら、メグは上手いこと唆され、王太子にちょっかいを出し、なんやかんやで最終的に破滅する恐れがある。
(無論、そんなことにはさせん)
「そういうわけです、お二人共。 社交界までとはいかずとも、学園は魑魅魍魎の巣窟」
「いやそれは言い過ぎじゃないかしら?」
「元高位貴族にはそれがわからんのです!」
マグリッド先生は「別に私偉くありませんわよ?!」と言うが、そういうことではない。
ほんの茶目っ気、前世ジョークだ。
「つまり……あくまでもメグには女性同士の付き合いでのみ、交流を広げるべきかと。 不貞を疑われて女性の敵になるなんて、一銭の得にもなりません。 それにメグの清純なイメージは商品イメージ……悪い虫が付かないようにしなければ」
俺は以前、メグが俺に話したようなことを話し、父を説得した。
「成程。 ……わかるわ~。 女性は難しいからこそ、アタシもこうなったんだもの」
父は納得した様子でうんうんと頷き、デザイナーモードの片鱗を見せて小さくそう零すと、通常の男爵モードに戻った。
「お前の言い分はよくわかった。 確かに私はメグの器量と向上心を買ったが、商品イメージは大事だ……慣れない社会で上手く立ち回るより先に、潰されかねない」
チラリとマグリッド先生を見て続ける。
「幸いこうして友人を作る機会を得た。 そちらの方から人脈を伸ばしていくようにすべきだろう。 お前の言う通り、余計な虫は付かないように……
──ジェラルド。 お前がメグの婚約者になりなさい」