ご。
まだ1ヶ月という短い期間ではあるが、メグが真面目で努力家であることはよくわかった。
権力欲は強いが、彼女の育ちを鑑みれば当然のこと……『上昇志向』とも言い換えられるし、なによりメグは自らの贅沢の為だけに動いている訳では無い。
つまり、『いい子』なのである。
彼女が『ラッキースケベ』により誤解を受けずに幸せを掴むのであれば、男爵家にも被害はない。ただし、養女であれ後見人であれ、成人するまで男爵家に責任は付き纏う。
養女となれば、彼女が成人して嫁いでからでも『ラッキースケベ』によって責任問題になるかもしれない。
『ラッキースケベ』の本質を理解し、メグを守ってくれる男が現れるまでは、俺が全力で彼女を守ると決めた。
「なななな何を言ってんのよ……アンタばかぁ?!」
俺が決意を口にすると、メグは慌てふためきながらどっかで聞いた事のある台詞を吐き出した。
「馬鹿にしようが構わんが、俺以外の男にこんな姿を見せる訳にはいかん」
「見せたくて見せてるんじゃないわよ?!」
「勿論それはわかっている。俺はメグを疑ってはいない……だが、メグを知らない他人は誤解するかもしれない」
「!!」
考えてみれば、『ラッキースケベ』は男主人公にはオイシイが、それを受ける女性側は迷惑千万なミラクルであることは間違いない。
偶発的なので相手を責めることも出来ず、泣き寝入りするしかないのだ。
言わば、見られ損に触らせ損──更に『誘った』などのあらぬ噂を立てられたら、たまったものではない。ハイダメージだ。
なので俺は、彼女のスキルを『アンラッキースケベ・スキル』と呼ぶことにした。
「……それよりいつまで乗っている気だ?」
我に返り、素早く俺から離れ立ち上がった彼女に、再び「安心しろ」と声を掛けた。
しかし
「あっ……アンタみたいなひ弱な男に守られたって、安心なんか出来るわけないでしょ?! 」
顔を真っ赤にしながらそう言われてしまった。ツンデレか。
ツンデレ属性ならばまぁ、問題はないだろう。
それに──
「…………うむ、一理あるな」
「は?」
確かに俺には力が足りない。
実は脱ぐとそれなりに筋肉はついているが、そもそも細身で小柄な方である。
そして体質的に、何故か太れない。
謎のスレンダー仕様だ。モブなのに。
脂肪をある程度つけてから筋肉にするのが最も効率的らしいが、学園入学まであと11ヶ月──これは厳しい。
それにただ筋肉をつければいいというものでもなく、目的が先だ。
結局、パワーは重視せず体型はほぼこのまま……代わりに体幹と瞬発力を鍛えることにしたのである。
その為に走り込みなどの基礎トレーニングは勿論、スポーツを始めた。
体幹と瞬発力を上げるのにうってつけのスポーツ……それは、サッカーである。
サッカーとはいっても、あくまでも『アンラッキースケベ発動防止トレーニング』……擬似サッカーであり、サッカーに似て非なるもの。球を蹴ることはない。
沢山球を用意し、俺を囲った複数の使用人に多方向からランダムに球を投げさせて、それをダッシュで拾いに行き、胸で球の勢いを殺しながら受け止める。
つまり、サッカーの胸トラップのみ。
徐々に半径を広げ、投球スピードを上げていくのだ。
球は誰が放つのかわからないので、注意が必要……受け止める時には勢いを殺さなければ、球(※想定メグ)が怪我をしてしまうか、『アンラッキースケベ』の餌食である。
「ボールは友達ィ! ……いや、メグ!!」
「ちょっとなにその掛け声?!」
そこにメグがやってきた。
メグは今、新たに家庭教師として雇い入れたマグリッドという女性から、淑女マナーやダンスを教わっている。
彼女は平民に嫁いだ、元貴族の未亡人だ。
父はあまりお貴族様からよく思われていないので、伝手がなく、修道院から条件にあった人を探して頼み込んだ。
ビッチヒロインではないが、『真実の愛』によって家を捨てた女性なのが少々気になるところだ。
メグは俺に投げつけるようにタオルを渡し、「お茶を淹れる練習してるから、飲みなさいよ!」と言う。
どうやらお茶休憩の誘いのようだ。
……とんだツンデレである。
「──あの」
「ん?」
「ぁ……あのトレーニングって」
「ああ。 体型はさして変わらないが、大分鍛えたので安心しろ」
メグはまたツンデレるかと思っていたが、バツの悪そうな顔で『何故そこまでするのか』と尋ねてきた。
「別に君の為だけじゃない、俺の為でもある。……それよりも、」
『アンラッキースケベ・スキル』が発動したら、まさにアンラッキー。
メグのピンチは男爵家のピンチだ。
攻略対象なんぞを、そんなかたちで籠絡されては困るのである。
他の男に助けを求められ、よもや『アンラッキースケベ』が発動しようものなら一大事なので、念を押しておいた。
「いつでも君のピンチに駆け付けるのは俺だ。 それを忘れるな」
「なっ……」
しおらしくしていたのが一転、再びメグは『アンタばかぁ?!』とアレっぽいツンデレ台詞を口にしたので、俺は満足した。
しおらしいのは問題があるが、ツンデレならば問題はないのである。
『悪役令嬢転生小説』のビッチヒロインに『ツンデレ属性』は必要ない筈なのだから。
役どころ的に。




