に。
件の娘を伴い父がやってきたが、そこにいたのは父であり父に非ず。
トップにはピッチピチの腹が見える革のジャケットを身にまとい、ボトムには裾が足首のところですぼまった幾化学模様のパンツ。マフラーっぽい謎の羽飾りを揺らす……オレンジのサングラスでキメた、ド派手なオネエである。
父は男爵でありながら、王都でも有名なデザイナーでもある。
──ただし、高位貴族向けのドレスは作れていない。
流行は、貴族から下々に流れていくものでなくてはならないからだ。
柵に組み込めない父が、如何にいいデザインを手掛けていても、搾取されるか潰されるかの二択であった。
しかし、話題の令嬢が夜会で着たらどうだろうか。
父にはそのあたりの思惑もあるのではないかと思う。
「どう?! 可愛いでしょう?! ああアタシの創作意欲も沸き立つわァ!!」
父はそう言いながら、自分の作ったドレスで着飾らせた娘を紹介する。
……いやまて、単純に可愛いものが好きなだけな気もしてきた。
そういや亡き母も腹黒系童顔美人だったっけ。
『どう?!』と言われたのでとりあえず娘を見ると、確かに可愛いが……彼女はデザイナーモードの父を見たことがなかったようで、若干引いている。
俺は慣れているのでなんてことはないが、確かに男爵モードとの落差は激しい。
辛うじて笑顔を保っているところは、褒めてやりたい。
父はテンションアゲアゲで話にならないので、適当に自己紹介をしつつ、娘のゲスヒロイン度を推し量ることにした。
「俺はジェラルド。 ボッズ男爵家嫡男だ。 なにかと戸惑うことも多いだろうが、全て俺に任せておけ」
実際、面倒をみるのは俺だ。
言うことを聞かず単独行動をされると困るので、目を離すことはできない。
残念ながら俺には表情筋があまりないので、丁寧に言ったにも関わらず、尊大にとられていることだろう。
俺あるあるだ。
こういう時『せめてイケメンに生まれたかった』と思うが、まあ仕方がない。
父の後ろで萎縮しながら娘はおずおずと前に出た。
そのおずおず出っプリといったら……まさに、ヒロイン。
「あの……マーガレットと申します!」
戸惑いつつも、思い切って前に一歩踏み出すと、盛大にお辞儀をする。
無論、淑女の礼などではない。お辞儀だ。
「……顔を上げて」
そう声を掛けると、上目遣いで不安そうに顔を上げる。
なんたる庇護欲爆盛り仕様か。
『私、平民だから、不安でいっぱいなの……!』
──を見事に体現している。
(ふっ……しかしそんなモノに、俺は騙されぬ!)
出来すぎているのだ。
板に付いている、と言い換えてもいい。
俺の中でのヒロイン=ゲスインの可能性が上がった。
「マーガレット」
「あ、メグと……」
なるべく柔らかく声を掛けると──出た……!
『気軽に愛称で呼んでね♡』!
これもヒロインあるあるだ。
『アナタは特別な人だから』と思わせといての『平民なら普通よ!』と誤魔化せる言動である。
だが……舐めて貰っては困る!
顔を上げてはにかみ、平民よろしく握手を求めようとしたメグの手を、俺は素早く叩き落とした。
「きゃっ?! …………あっ、あの……?」
困惑を隠しもしないメグ。
きっとこのまま冷たくすれば、ドアマットヒロインよろしく『貴族の家に貰われたものの、酷い仕打ちをうけている』などを匂わせに匂わせたトークを、攻略対象にひけらかすに違いないのだ。匂わすだけなのがあざとい。
まだ攻略対象と会っていない今のうちに、そうしないように躾けねばならぬ。
「君は、貴族の中でも恥ずかしくない所作を覚えねばならない──今のは落第点だ」
「え……えぇっ?」
まずやるべきこと──それは天真爛漫系無作法ヒロインのフラグを叩き折ること。
つまり、マナーを身につけさせるのである。
オドオド歩いて庇護欲をそそるなんて以ての外だ!
幸い俺は幼少期、父のインスピレーションの為に散々女装させられており、ついでに学んだおかげで淑女マナーもバッチリだ。人生なにが役に立つかわからない。
きっちり基本の『き』から教える。
「姿勢を正せ。 腹に力を入れ、胸を張って背筋を伸ばし、顎を引いて視線は真っ直ぐ。 上から糸で吊られているように意識しろ。 ……はい!」
「は……はいぃ?!」
「口角は柔らかく上げてごく僅かに弓を描くように……目元が笑っていないぞ」
「ななななんですか……いきなりっ?! 男爵様ッ……男爵様ぁ!」
「……ふん」
目の前の人間より権力のある男に助けを求めるとは……ゲスイン決定だな?
──だが、甘い!
「父上、彼女が夜会に出ても恥ずかしくないよう、俺にお任せを。 是非高位貴族の流行りを塗り替えてやりましょう」
父の扱いは心得ている。
俺の言葉に父は、なんだかよくわからない羽飾りを揺らし、満足気にふんすと鼻を鳴らした。
「流石はアタシの息子ね!」
「だ……男爵様……?」
「──はっ!? キタキター!! 降りてきたわよ! インスピレーションが……ッ!」
『滾れ迸れアタシのデザイナーズ魂!!』とかなんとか宣った父は、厚底の靴をゴトンゴトン鳴らしながら、作業部屋へと走って行く。
……最初の勝負は俺の勝ちだ。
玄関ホールで延々これを繰り返し、『淑女たる立ち姿』ができるようになるまで、俺はメグを部屋まで案内しなかった。
割烹でアドバイスをくださった皆様、ありがとうございました!
流れが面倒になりそうな為改稿はせずに、無理矢理くつけることにしました(笑)




