王子さまがやらかした
着替えに戻って薄化粧を施し、髪を結わえて、冷蔵庫の牛乳を飲んでから、再び一階に降りて、話を聞いてみたところによりますと。
この馬と王子様は、異世界からやってきたらしい?
普通なら、どう見ても変質者、場違いな格好に場違いな所持品、場違いな馬に場違いな物言いが項を奏して「ハイハイ、じゃあちょっと署の方へ」とか、「ああ、そういう設定なんですね、じゃあちょっと署の方へ」とか、「今日はおうちのかたはご在宅ですか」ってなるはずなんだけども。
「私ははぬりゆた王国の第三王子、フユナサと言います。この度、私の妻を迎えるために参上しました。長居する気はありません。お騒がせしているようですね。」
「身分証明書はありますか。」
「フム…、書類?有りませんが、私のしかにやたやをお見せしましょう。」
「しか…?なんです、それ……。」
グゴガグワァァァァァ!
ズザッシャアアアアン!
フンヒルルルルルルル!
やけに穏やかに語る王子様は、ありえない魔法?を披露し、厳つい警察の皆さんもちゃらちゃらしたマスコミの皆さんも目を剥いている。
あかん……。
この王子様、本物の異世界人だ……。
「僕は薫に逢うために世界を渡ってきたんです!薫を連れてすぐに帰りますから、ご安心ください!」
「あんたね、人をさらうって言うのは、この世界では犯罪になるんですよ。」
「そんな危ない魔法を使う人がいたら、一般人が怖がるんです。」
「そもそも馬を住宅街に持ち込むなんて無謀すぎる!…うわ、馬糞が!」
「未知の病原菌をまき散らす可能性もある、……隔離だな。」
「待ってください、そんなことをして刺激をして、先ほどの炎や雷を連射されては!」
揉めに揉めているお巡りさんの前で、実に優雅に植え込みの緑を食む馬、やたらとこちらににこやかな笑みを向ける王子様!
…ちょっと待ってよ、こういうのってさあ、トラックにぶつかって異世界転生するってのがセオリーなんじゃないの?
なんでいきなり一人で通常世界に乗り込んできちゃってるわけ?
明らかにこの王子様、空気読めてないんですけど。
こちらの事情などまるで気にしていない、ごり押しの無理やり感?
なんの問題もなく、私がついていくと決めつけているオーラ?
なに、王子様って、実際に見ると、こんなにも残念な感じなわけ……?
明らかに、落胆する気持ちがですね。
うん、正直げっそりなんですけど。
そもそも、何でこうなった……?
……夢見がちな子どもであったことは、認める。
いつか、私だけを愛してくれるステキな王子様が現れると、信じていた時代は、確かに、あった。
夏休みの読書感想文で、理想の王子様について切々と書いた。
中学生の頃には、王子様を夢見て同人誌まで作った。
が、大学生になった辺りでプツンと熱が冷めちゃってさ。ノートもグッズも同人誌も全部捨てたんだよね。
イマイチ現実の男子にトキメキを貰うことができないまま、花の独身生活を全力で満喫し続け、25年あまり。もはや他人との生活など一ミリも考えられない、お一人様が当たり前となっている毎日。
リアルな恋愛を諦め、永遠の独り暮らしを心に決め、ワンルームマンションを一括購入したのは30歳も半ばを過ぎた頃だったか。
明日には45歳になるという、秋晴れの二連休1日目の本日、まさか幼き日に夢見た王子様が私の目の前に立ちはだかろうとは。
……30年越しの願い成就とか聞いてないんですけど。
「王子様はどう見ても二十歳そこそこですねえ、お相手の方はずいぶんお年を召していらっしゃいますが、その辺は?」
「王子様はなぜこちらの年配女性をお選びになったんですか!」
「王子様、他にも素敵な女性はいらっしゃると思うのですが!」
「王子様、こちらの女性を幸せにする自身はございますか!」
「王子様の資産はどれくらいでしょうか?」
「日本では結納制度というものがありますがご存じですか?」
なんかめちゃめちゃ失礼なことを聞いてるマスコミがいるな……。
王子様はにこにこしてるけどさあ。
口をポカンとあけて、状況を見守っておりますと。
「薫さんはこんな若い男性に見初められてどう思いますか?」
「薫さん、全世界の期待はあなたにかかってると思うんですけど、まさかお断りしませんよね?」
「薫さんの理想の男性が現れたという事で…ふふ、ステキな男性です、ねwww」
「これから異世界に行く意気込みをお願いします!」
……なんか、めちゃめちゃ腹立つんですけど。
「私は王子様に付いて行くつもりは……!」
「薫!!遠慮しているの?大丈夫、何も心配しなくても、僕は君を必ず幸せにするよ?」
……ひらりっ!!!
バッ、スタっ……!!!
王子様が、煌びやかなマントを翻しながら、見上げる高さの馬の背から、華麗にお降りあそばれたアアアアアアアアアア!!!
「……さ、おいで。」
若くてピチピチの王子様が、白髪の混じり始めた私の頭を見下ろしてにこりと微笑む。
シミひとつない美しい皮膚には、すらりと高い鼻、血色のいい唇、琥珀色の瞳が張り付いていて、風になびく髪は見たこともないような水色!!!
下手すると息子といってもいいくらいの年齢差、くたびれたババアにキラッキラの好青年、どう見てもこんなん、無理がある!!
「ごめんなさい。」
おおおと、騒めく声があたりに響く。
「ちょっと待ちなさい、断って済む問題じゃない!もしこの彼が…腹を立てて暴動を起こしたらどうなると思っているんだ!!!」
「もはや君一人の問題じゃないんだ、口を慎みなさい!」
「国防庁長官が面会を希望しているそうです!」
「ダメだ、Twitterで情報が錯綜して!!!」
「他国が注目し始めてる、保護しないと危険だ!」
お巡りさん連中に、取り囲まれた!
ちょっと待って、もしかして私、人身御供にされるんじゃ……!