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第7話

前回までのあらすじ

女子高生の香田あずさは綾咲裕美のクラブを訪れる。

そこは厚生労働大臣吉本忠義が大手製薬会社と画策した悪魔の市場だった。

新薬をめぐる抗争の末、あずさは自らおとりとなり、裕美を逃がす決断をする。

捕らわれの身となったあずさはひとり黒幕の男と対峙するのだった。

ホテルのロビーは人でごった返していた。

多くのホテルマンが集団客の接客に追われていた。

2階へとつながる階段の下に設けられた待合のソファーに矢倉がどっしりと腰をかけ、あずさを睨みながら自らの左膝を撫でている。

「綾咲裕美さまですね」1人のボーイがあずさに向って頭を下げた。

「ええ」あずさはさらりと言ってのけた。裕美は今頃どうしているのだろうか。そればかりが頭の中によぎっていた。

「お連れ様がお待ちになっておられます」耳がこそばくなるような言葉遣いだった。

お連れ様とはもちろん電話の男であることは間違いない。あの無機質で抑揚の無い声が頭の中で再生される。このあと自分がどうなるのか想像できなかった。

「悪いが俺たちもついていくぜ」矢倉がソファーから立ち上がる。

「原西がまだですけどどうします」そばにいたホリが矢倉に聞いた。

原西とは野球帽を被った男で三人組の中でもっとも下っ端だった。

「車を止めるだけでどれだけ時間を掛ければ気が済むんだ。気にするな。何かあったら連絡の一つでもよこすだろう」

ボーイの案内で私たちはエレベーターにのる。向った先はホテルの最上階、俗に言うVIPルームという奴だ。

ボーイがノックし、部屋の扉を開ける。

薄暗い部屋の中に一面に東京の街の夜景がまるで宝石箱をちりばめたように光った。

「ようこそ」部屋の奥から電話で聞いた男の声が響いた。

黒い皮のソファーに座っている男は背を向けているため、その表情を知ることはできない。

「2人で話をさせてくれませんか」後ろにいた矢倉は始終不機嫌そうでは合ったが、男の指示にしぶしぶ従う。

「何かしでかしたら承知しないからな」矢倉は捨て台詞を吐くと扉を力いっぱい閉めた。

「電気はつけなくていいの。これじゃあ、あなたの顔も見えないわ」私は蛍光灯のスイッチを探した。

「せっかくの夜景が台無しになります。少々薄暗いですが、このままでお話しませんか」

男の言葉に私は探すのを中断した。

「そちらの椅子に腰をかけてください。込み入った話になるでしょうから」男の指示通り私はソファーに腰をかけた。

「姿を見せないのなら名前だけでも教えてよ。それとも名無しの権兵衛って言われるのがお好みかしら」

「これは失礼しました。私の名前は『モグル』。しかしその名前で私のことを呼ぶ人間は少ないですね。大概の人は私のことを悪のセールスマンと呼びます」

「悪のセールスマン」

都市伝説に出てくる怪物の1つ。悪のセールスマン『モグル』。

酷い頭痛が襲った。私は男を知っている。

「すべての計画は5年前にさかのぼります」

「5年前」

「組織は当時12歳になる少女を誘拐しました。少女の名は綾咲裕美」

5年前、当時小学生だった裕美は男たちに誘拐された。

誘拐したのは3人の男たちだと言っていた。

そんな裕美を助けたのが殺人鬼『Jack the Ripper』、男たちを殺害し、裕美を助け出した。

「実はこの話には続きがありましてね」

私は全身から汗が噴出しているのを感じた。

「組織が誘拐したのは少女は2人いたんです」

そうだ。当時小学生だった私は裕美と同じく男たちに誘拐され、小さな個室に閉じ込められた。

そこで見た赤黒い液体。

私は両手で頭を抑えてその場にうずくまった。

「思い出しましたか。綾咲裕美、いえ香田あずさ」

「あれはクスリなんかじゃない。まぎれもなく人間の血だった」私は首筋をかきむしった。あのときの不快感が蘇る。

男たちが身体を押さえつけ、注射器を首筋に突き刺す。

身体中を火掻き棒でかき回されているような感覚に陥る。

今ならわかる気がする。

どうしてはじめてあったばかりの裕美に心惹かれるのか。

どうして身をていし、助けようと思うのか。

私たちは文字通り血を分けた姉妹だった。


 *


裕美の口から語られる話はにわかには信じられないものだった。

「新薬が人間の血液から作られているなんて信じろって言うほうが無理だ」

「人間の血液からクスリを作り出すことは今に始まったことじゃないんです。旧ミドリ十字の薬害エイズ問題にしても原因となったのは血液凝固因子製剤に含まれていたウィルスだってことは先生だってしっているでしょ」

※薬害エイズ問題:1970年代後半から1980年代にかけて、主に血友病患者に対し、加熱などでウィルスを不活性化しなかった血液凝固因子製剤(非加熱製剤)を治療に使用したことにより、多数のHIV感染者およびエイズ患者を生み出した。

「私は組織に協力する代わりに、いえ協力するふりをして新薬の成分を分析した」

「結果は」

「生体電気信号」

「生体電気信号」聞きなれない言葉だった。

「人体にはごく微量ではあるけども、電気が流れているんです。その電気によってものを見ることができるし、人に意思を伝えることができるんです」

「その生体電気がなんになるって言うんだ」

「まれな症例ですけど輸血によって人格が変わることがあります。手術前、温厚だった人間が急に狂暴化したり」

その話は守屋も聞いたことがあった。臓器移植をした女性に見ず知らずの男の記憶が宿る。その男とは彼女に臓器を提供した男だった。

「おとぎ話の世界だ」

「生体電気信号は体内に取り込まれると脳内において生体電気信号回路を形成します」

「生体電気信号回路」

「簡単に言うと他人の記憶を移植することが人為的に可能になったんです」

佳代がおこした不可解な行動。

それがすべて移植された他人記憶のせいだとしたら。

(あんたになにがわかるっていうのさ。すきでもない男と寝て、薬買って、ぼろぼろになって)

佳代の言葉が頭をよぎった。

あれが他人の記憶によるものだとしたら。

俺は救われるのか。

不意に目尻から涙がこぼれた。

しかしそんなことはありえない。この数日で起きたあまりにも非現実な出来事に感覚が麻痺しているのだと自分に言い聞かせる。

「そんなことは不可能だ」言葉では言っても、心の中でそうであってほしいと願い続けていた。

佳代の言葉であってほしくない。

「私、正確には私とあずさの中に、ある男の記憶が移植されたんです」

「ある男」

「渋谷の殺人鬼『Jack the Ripper』」裕美は笑って答えた。


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