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第6話

前回までのあらすじ

女子高生の香田あずさは綾咲裕美のクラブを訪れる。

そこは厚生労働大臣吉本忠義が大手製薬会社と画策した悪魔の市場だった。

新薬をめぐる抗争の末、あずさは自らおとりとなり、裕美を逃がす決断をする。

しかしあずさが連れ去られた直後、裕美の前に殺人鬼『Jack the Ripper』が姿をあらわせる。

『Jack the Ripper』の正体はあずさの担任『守屋和正』だった。


「私ね。赤ちゃんができたの」彼女は指を組んで俺に微笑みかけた。

彼女の告白に思わずむせこみ、飲んでいたジュースを吐き出した。

「大丈夫ぅ」彼女が俺の背中をさする。

彼女の名前は丸山佳代。

かつての教え子であり、学園始まって以来の問題児だった。

結局、彼女は校内で喫煙しているのが学校側にばれ、卒業式を待たずして退学となった。

佳代との付き合いが始まったのはその年の春のことだ。

在学中幾度と無く警察に出向き、頭を下げたこともあった。

思いっきり殴り飛ばしてやりたいと思ったこともあった。

それでも彼女は笑ってこういうのだ。

「ごめんなさい」舌を出して笑いながら。

俺はその笑顔に見せられていた。

「だめ」佳代は俺に背を向けていった。

「私を捨てるだなんて言わないでよね」

栗色の髪がなびいた。

「先生はいつまでたっても私の先生でいなくちゃならないんだから」

「私たちどちらかが死ぬまで一緒なんだからね」

彼女はそういって俺に微笑みかけた。

そんな彼女が忽然こつぜんと姿を消したのは彼女が妊娠の報告をしてから3ヵ月ほどが過ぎたころだった。そろそろお互いの将来について真剣に話を進めようとしていた矢先に彼女は姿をくらました。

気が気ではなかった。彼女だけでなく、お腹の子どもの心配もあった。

妊娠は5ヵ月目に差しかかろうとしていた。この間あったときは彼女のお腹がやや膨らみ始めそれを喜んでさすっていたのを思い出す。

仕事は手につかず、授業が終わると真っ直ぐに渋谷に向った。

何か事件に巻き込まれたのか、それとも事故か。

気が気ではなかった。そして彼女がいた。

俺は忘れもしない。

コインロッカー前で彼女を目撃したのだ。

「佳代」俺が呼び止めると彼女はひどくおびえた表情をしていた。

何かとてつもないものを目撃したといった表情を見せる。

「待ってくれ」俺が彼女の手をつかもうとする前に彼女は俺の前から走り去ってしまう。

彼女のあとを追いたどり着いた先は今は使われなくなった廃ビルだった。立入禁止の黄色いフェンスをチーマーたちがこじ開けてたまり場にしている。守屋は佳代が荒れていたころ、ここで仲間たちとクスリをしていたことを知っていた。

コンクリートの階段を駆け上がる。体力では断然、守屋のほうが佳代より上回っているはずなのだが、一向に佳代に追いつくことが出来ない。

屋上に着いたときにはすでに息が上がってしまっていた。

慌てて辺りを見渡すとすでに佳代は転落防止用のフェンスを乗り越えているところだった。

「死ぬな」守屋は声を張り上げた。

佳代はゆっくりとこちらを振り向く。そして言うのだ。

「生きていたって意味ないから」

フェンスに近づいた。彼女の顔がすぐ目の前まで来ていた。

佳代の目は典型的な薬物による症状が現れている。高校を中退し、正確には守屋と付き合うようになってから彼女がクスリをやることは無かった。時々クスリによる禁断症状が出ることもあったが無理やりにでも我慢させた。

「何をやった。覚せい剤か。それともヘロインか」

「あんたに何がわかるっていうのさ。すきでもない男と寝て、薬買って、ぼろぼろになって」

それが佳代の答えなのか。

俺は愕然がくぜんとした。

呆然ぼうぜんして叫んでいた。

「わかるわけないだろ」

「薬にてぇ出して、現実から逃げてる奴なんてわかるわけないだろ」

「だったらどうしろっていうのさ。どうすることもできないじゃないのさ」

「なにがきっかけなんだ」

「クラブよ。はじめは軽い気持ちだったの。それがこんなことに」

佳代は震える手で紙のようなものを取り出す。それを半ば奪い取るように取り上げた。

「だーくないと」

渋谷にある会員制のクラブの名前だ。こんなところに出入りしていたなんて。

「新しい薬だって言ってた。夢を見れるって」

佳代の目には涙が浮かんでいる。そうとうつらかったのだろう。

そんな佳代の目を見ていることができずに俺は彼女に背を向ける。

「あんた。渋谷の殺人鬼なんでしょ」

佳代の言葉にぎょっとして振り返った。

彼女は虚ろな目でそういった。

渋谷の殺人鬼。女子高生の間で話題になっている都市伝説だ。

佳代が話しているのを聞いたことがあった。

1つだけ願い事をかなえてくれる殺人鬼の話を。

語りだしは確かこうだ。

「だったら、あんたは何を願う。自らの命と引き換えに・・・」

歯を食いしばり、涙があふれ出るのをこらえた。

「復讐してほしいの。私をボロ雑巾みたいにしたやつらに」

佳代の目はきらきらと輝いていた。そしてそれが彼女の最後の輝きとなることをそのとき確信していた。

彼女がフェンスから指を離した瞬間、頭の中で映像がスローモーションのように再生される。

彼女の栗色の髪が風になびいた。

声も出せず、ただ涙が溢れ、その場に崩れ落ちた。


あれからどう歩いて、どうしていたのかわからないが裏路地のゴミ捨て場で寝ているところを男に声を掛けられた。

「お困りのようですね」それは喪服のようにも見える黒いスーツを着込み、右手にアタックケースを持っている。年齢は四十過ぎ、中性的な顔立ち、表情は色白でひどく不健康そうなイメージを他人に与える男だった。

男はかぶっていた帽子を取ると、深々と頭を下げた。

「このたびはとんだご不幸で・・・」

「何のことだ」

男はアタックケースから小型のビデオカメラを取り出す。

そこには守屋が廃ビルに入っていく様子が映し出されていた。

「このあとの映像もごらんになられますか?」男は相変わらず、無表情で言った。

「警察にでも提出するのか」

質問に男は首を振る。

「いいえ。そんなことは致しません。ぜひともあなた様に買っていただきたい商品がございます」

男は懐から黒い布に包まれたものを取り出す。

守屋は一目でそれが何かわかった。テレビでしか見たことはなかったが、この世に生きている人間ならその存在を誰しもが認識しているものであった。

「ニューナンブ。38口径のリボルバー式回転拳銃です。日本警察で使用されている最もポピュラーな拳銃です。装填数は5発・・・」

「いくらだ・・・」おそらく買わないといえば、ビデオテープを警察に匿名で送りつけるつもりなのだろう。それならいっそのこと佳代の言うとおりやつらに復讐してやるのも悪くはないと考えていた。

「御代はあなた様の未来」

「未来・・・」

「この世の中には想像も出来ないお金持ちの皆様がいらっしゃいます。中には一国を動かすだけの権力をもたれている方も、何を考えているかは私には理解しかねますがね」

男は拳銃を再び、しまうとこう付け加える。

「契約成立ですね。納品は2日後」

「あんた。名前は?」

「申し送れました。私はモグルといいます。人は私のことを『悪のセールスマン』と呼びますがね」

男は帽子をかぶりなおすと振り向きながら路地を後にしようとする。

「そういえば名前を聞くのを忘れていましたね」モグルが振り向きながら言った。

「名前・・・

俺の名前・・・」

(あんた。渋谷の殺人鬼なんでしょ)

佳代が頭の中で叫んでいた。

渋谷の殺人鬼。

そう俺は佳代の願いをかなえるために生まれた殺人鬼。

名前は

「ジャック。Jack the Ripper。それが俺の名前だ」


 *


目の前に栗色の髪がなびいていた。佳代と同じ色の髪を持つ少女の名は

綾咲裕美。

かつて、いや現在も俺の教え子であり、学園始まって以来の問題児だった。

そして最愛の人、丸山佳代をクスリ漬けにし、死に追いやった人間。

今夜俺は3人の人間の命を断った。

1人は後頭部を撃ち抜き、

もう1人は顔面を砕き、

最後の1人は脳をえぐってやった。

(復讐してほしいの。私をボロ雑巾みたいにしたやつらに)

死んだ佳代の言葉が頭の中でめぐった。

佳代が自らの命と引き換えに願ったとおり、俺は男たちをボロ雑巾のようにして殺してやった。

しかし最後のターゲット綾咲裕美を前にして俺は躊躇ちゅうちょしていた。

ズボンのベルトに掛けたニューナンブが重く感じられた。

それは裕美がかつての恋人『丸山佳代』と重なってしまうからだ。

「先生。お願い。助けて」裕美は泣きながら守屋に請うた。

『1時間以内に新薬を届けなければあずさを殺す』

なぜこの場に『香田あずさ』がいるのか見当もつかなかった。

『香田あずさ』も守屋の教え子の1人ではあるが、クスリとまったくと言っていいほど縁遠い人間であった。

(新しい薬だって言ってた。夢を見れるって)

死の間際、佳代が発した言葉。新しい薬。それが新薬。

つながった。

つながったよ。佳代。

裕美がコインロッカーの鍵を開ける。

守屋が佳代を見つけた場所であり、守屋が『悪のセールスマン』と取引に使用したコインロッカーであった。

すべてはここで始まったのだ。

今更ながら実感する。

裕美が扉を開け、30センチ四方の箱の中に新聞紙にくるまれたものが入っていた。

それをゆっくりと開く、中には赤黒い液体の入ったアンプルが入っていた。

「これが・・・」

「ナイト・メア」

「佳代を死に追いやったクスリか」

裕美が振り向き、守屋の顔を見上げた。その手には液体の入ったアンプルが握られている。

「先生だよね。クラブを襲ったの」

守屋はメガネを引き上げ、ベルトに掛けていたニューナンブのグリップを握った。

「みんなを殺したんだよね」

その目は守屋と同じ目をしていた。

大切な人を殺された人間の目だ。

「だとしたら・・・」

俺を殺すか。

お前の大切な仲間を殺した俺を・・・。

「協力してほしいの。これ以上大切な人を失わないために」

神木 蓮司です

今回はジャック改め、担任の教師守屋がどうして殺人鬼になったのかを書いてみました

プロローグとあわせて読んでもらえると幸いです。

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