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第4話

【前回までのあらすじ】

クラブ『ダークナイト』では違法にドラックの売買が行なわれていた。

同級生の裕美から新薬の情報を聞きつけたあずさ。

ちょうどそのころ渋谷の殺人鬼『ジャック・ザ・リパー』の報復が始まった。

黒いレインコートを着た男が天井に向って銃弾を発射させた瞬間、あずさと男の目が合った。フードを被っていたので表情は見て取れなかったが、その目はあずさが今まで対峙してきた人間と共通の負の因子を宿していた。

それはただ無差別的に殺人を繰り返す人間ではなく、確固たる意志を持った殺人鬼の目だった。

客引きのサイケの機転で私たちはカーテンで覆い隠された非常口から店の外に出た。

非常口の鉄扉をあけた瞬間に夏の生温かい風が頬を撫でる。額に玉のような汗が浮かび上がっている。

すぐにでもその場を離れたかった。

今までにもクスリに溺れ、発狂した人間を数多く見てきた。

クスリに狂って家族や周りの関係の無い人間に危害を加えたものや自損行為に走り、左手の指をすべて切断してしまったものもいた。

しかし今回の犯人について言えばそれらについて当てはまらないと言える。

室内に入って銃弾を天井に向けて発砲する行為は無関係な人間に危害を加えるつもりはないという意思表示ともとれる。

犯人は薬物中毒者ではなく、物事を冷静に考えることができる頭のいい人間。

その目的はおそらく。

私は裕美の顔を見た。切れ長の目には微塵も不安を感じさせない。

反面、私の胸の中に黒い渦が漂っていた。

嫌な予感がする。

犯人が頭の切れる人間で私たちが裏口から逃げることも想定に入れていたらどうか。

球の切れかけた街灯の明かりにぼんやりと映し出されるように3人の男が見えた。その手には黒く長いものが握られている。

ストリート系の男たちが手にしていたのは工事現場で見かける1メートルほどの鉄パイプだった。

3人は私たちの進路を妨害するかのように立ちふさがっている。

不安が的中した。

「あんたたちクスリがほしいんでしょ。中にいっぱい入ってるからとってきなさいよ」裕美が非常階段を指差した。

「あんたを殺せば使い切れないくらいのクスリをくれるって約束してくれたんだ」野球帽を被った男がそういいながら私たちに迫る。

私は裕美の手を引いて男たちのいるほうとは反対方向に走った。

隣のビルとの境界に設けられた緑色のフェンスに足を掛け、隣の建物の2階によじ登る。

「きゃぁ」裕美がフェンスに足を掛けたとき、追いかけてきた男に足を掴まれたのだ。

私はそばに落ちていた廃材を手に取り、男の顔面に向って叩きつけた。

「ぎゃぁあ」男が悲鳴を上げ、その場にうずくまった。

「今のうち」裕美が2階によじ登り、私たちは開いている部屋の中に隠れた。

人1人がすっぽりと入りそうなダンボールの横に2人並んで体育座りする。

隣で座っている裕美の体温それに小刻みに震えているのが伝わってきた。強がっていてもただの女子高生には変わりない。

「大丈夫。きっと大丈夫だから」私は組んだ腕の中に顔を押し込みながら裕美に言った。

「五年前・・・」今まで震えていた裕美が口を開いた。

「私、誘拐されたの」

「誘拐?」

「そう、身代金目的の誘拐。小学校からの帰り道。白いワンボックスに連れ込まれた。犯人は3人いたし、そのころの私は小さかったから何もできなかった。死にたくなかったらおとなしくしろ。金さえもらえば無事に家に帰してやるって男たちは言ったの」

「……」

「あの時も、今日みたいな小さな部屋に閉じ込められて、1人待っていたわ。きっとパパが助けてくれる。私のために飛んできてくれるって」

裕美はさびしそうな目をする。

「いつまで待ってても助けは来なかったわ。男は私にこういうの

お前は父親に見捨てられたんだぞ。

そのころのこどもの気持ちがわかる?

絶望よ。死刑宣告を受けたに等しかった。私はここで死ぬんだって本当に思った」

「でも今、ここにいる」

「ええ、奇跡が起きたの」

「奇跡」

「私だけのヒーロー」

「誰なの」

「Jack the Ripperよ」

「渋谷の殺人鬼?」

「ええ、はっきりと見たわけじゃないけど。黒い服を着て、小男だった。あっという間に男たちをなぎ払って私を助け出してくれた」

「それで都市伝説の怪物を描き続けるんだ」

「怪物なんかじゃない。私を守ってくれるヒーローたちよ。だから大丈夫。今回もきっと彼らが助けてくれる。私たちは死なない」

私はポケットの中に入っていた裕美のイラストを取り出した。

『Jack the Ripper』裕美の描いたイラストには顔が無かった。黒いマントを羽織った小男が殺人鬼で、ことの気まぐれに五年前に誘拐された裕美を救った。

たとえ凶悪な誘拐犯であれ、男たちの喉や心臓に無情にもナイフを突き立てた人間が英雄であっていいわけが無い。私は奥歯をかみ締めた。

「誰も助けてくれなんかしないよ。逆境は自分で打開しなくちゃ」

金属パイプがコンクリートの床をこすり付ける音が響いた。

「お譲ちゃん。出ておいで」男がゆっくりと部屋の扉を開けていく。ドアの隙間明かりに照らされてダンボール箱の横で隠れている裕美の姿が明らかになる。

「ひぃ」裕美が声を上げる。

「やっぱりここにいた。俺たちと一緒に楽しいこと・・・」男が一歩踏み込むと同時に扉の陰に隠れていた私は男の膝目掛けてフルスイングした。

「ぐあぁ」膝を抑える男に向って、何度も何度も角材を叩きつける。

「裕美」私は裕美の腕を掴んで部屋の外に出た。

「あずさぁ」衝撃を受け、私はよろめいた。部屋の入口で待ち構えていた男が鉄パイプを振り下ろしてきたのだ。かろうじて頭部への直撃を避け、左肩の打撲で済んだがもう1人の男が私の首に右手をかけ壁に押し付ける。私の身体が地面から浮き上がる。

成人男性に片手で女を持ち上げるほどの力は無い。

きっとステロイド系の薬物を使用している。

ぎりぎりと首の締め付けが強くなるにしたがって私の意識が遠のいていく。

このまま死ぬのか。私が死を覚悟したとき男の手が緩んだ。

裕美が男に向って角材を振り落としたのだ。

「私の友達は私が守る」裕美が叫びにも似た声を上げる。

男の注意が裕美に向くと私は最後の力を振り絞って男の手を振り払い。床に膝を着いて空気を肺にめいいっぱい吸い込んだ。

「このあまぁ」鉄パイプを持った男が裕美に向って襲い掛かった。

私は呼吸を整え体当たりを試みるが、難なく首を絞めてきた男に邪魔され、その場に尻餅をついた。

裕美の叫び声がこだまする。

私はそれをただ見ているしかなかった。

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