プロローグ
私の中からモンスターが生まれた。
第一声はおぎゃーではなく。
おみゃー。
潰れたネコのような声を上げた。
顔は私と似ても似つかない。潰れたカエルのような顔をしている。
気持ちの悪い子。
でもモンスターが私の腹に宿り、生を紡いだのなら、
私はモンスターの母になるのだろうか。
私はコインロッカーの中に毛布にくるんだモンスターを押し込んで鍵を掛けた。
足早に通り過ぎるサラリーマン。
恋人と待ち合わせをしているOL。
誰も私の存在に気付かない気付こうとしない。
たった今産み落としたわが子を小さな鉄の小箱にしまったことなど誰も気付きはしない。
私はほっと息をつくと同時にさびしさが襲ってきた。
誰にも存在を気付いてもらえないことをあらためて思い知らされる。
そんな中、1人の女子高生が目に付いた。
この辺りでは見かけない制服を着た女子高生がこっちを見ている。
私は慌てて、鍵をカバンの中にしまった。
気付かれただろうか。
私は女子高生のほうを見た。
見れば見るほどこちらを見られているような気がする。
私は足早に女子高生の前を通りすぎようとした。
「人殺し」
私の後ろにいた女子高生が耳元で囁いた。
やはり見られていた。
私は動きを止め、後ろを振り返った。
しかしそこに女子高生の姿はなかった。
女子高生の代わりに立っていたのは顔中シワだらけの老婆だった。
血のように真っ赤なちゃんちゃんこを羽織って木の杖をついてこっちを見ている。
「人殺しぃ」老婆は私に向って叫んだ。
通行人が足を止め、私の顔を見た。
その顔は
潰れたカエルだった。
自分の意思とは無関係に産み落とされ、
自らの意思とは無関係にコインロッカーで命を落としすであろうわが子そっくりのカエルだった。
潰れたカエルがスーツをき、スカートをはいてこっちを見ている。
潰れたわがこがこっちを見ている。
「あぁああああああ」私は耳を押さえて走った。
無我夢中で行き着いた先は廃ビルの屋上だった。
頭上には満天の星空が広がき、眼下には車のヘッドライト、それに繁華街のネオンが広がっている。
人が生を営み、
愛を育んでいる。
それにも関わらず、私の居場所はこの中にはなかった。
緑色の転落防止のフェンスを越えると俄然見通しがよくなる。
「もうすぐ行くからね」私は両手を広げた。
「あんた死ぬのかい」
振り向くと黒い服を着た小男が屋上に座ってこっちを見おろしていた。
「生きていたって意味ないから」私は言った。
黒服はフェンス越しに私の顔を覗き込む。
「典型的な薬物中毒だね」帽子を被っているので良くわからなかったが思いのほかきれいな顔立ちをしていた。
「あんたなにやった。覚せい剤、それともヘロイン」
私はフェンスにしがみついた。誰でもいいから救ってほしかった。
腕をまくると無数の注射のあとが見て取れた。
「薬欲しさに身体を売った口か」黒服が鼻で笑う。
「あんたに何がわかるっていうのさ。すきでもない男と寝て、薬買って、ぼろぼろになって」
「わかるわけないだろ」
黒服が一喝する。
「薬にてぇ出して、現実から逃げてる奴なんてわかるわけないだろ」
「だったらどうしろっていうのさ。どうすることもできないじゃないのさ」
「きっかけは」
「クラブよ。はじめは軽い気持ちだったの。それがこんなことに」
黒服は私が持っていたクラブのチケットを半ば奪い取るようにする。
「ダークナイト」
「新しい薬だって言ってた。夢を見れるって」
黒服は口もとを緩ませる。
その笑顔が私を不安にさせる。
渋谷に奇抜な格好をしている人間がいることに不思議はない。
ただこんな都市伝説がある。
死神の話だ。自らの命と引き換えに1つだけ願い事をかなえてくれる死神の話。
「あんた。渋谷の殺人鬼なんでしょ」
私の言葉に黒服が動きを止める。
「だったら、あんたは何を願う。自らの命と引き換えに・・・」
「復讐してほしいの。私をボロ雑巾みたいにしたやつらに」
そういった瞬間、緑色のフェンスから指を離した。
私は宙を舞い。その速度をどんどんと上げていく。
私はもうすぐこの世の中からいなくなる。
しかしそのとき私を支配していたのは
恐怖ではなく。
あいつらに復讐することができると言う
喜びだった。
私は黒いアスファルトに叩きつけられながら満面の笑みを浮かべた。
神木蓮司です
今回は初めての連載ものです
感想あればよろしくお願いします