捨てられるなら反撃するけど
「ビクトリア・ルース・エンティア!いたら返事をしろ!」
唐突に響き渡る声に、会場にいた人々が声の主に視線を向ける。
今日は王立学園の卒業を祝う卒業パーティーだ。
突然名前を呼びつけられた令嬢は、驚きもせずただ静かに声の主の元へと歩み寄った。
「突然何でしょう?ハインリヒ殿下」
さも不快だと言わんばかりの表情に、呼びつけた方も顔を顰める。
彼はこの国の第二王子だ。
呼びつけられた令嬢は、第二王子の婚約者のビクトリア・ルース・エンティア公爵令嬢だ。
プラチナブロンドの美しい髪に、エメラルドの瞳の美女たるビクトリアは、誰もが憧れる令嬢だ。
それに引き換え第二王子のハインリヒは、あろうことか学園で他の女生徒に懸想し、婚約者であるビクトリアを蔑ろにしていた。
そもそもこの卒業パーティーで婚約者であるハインリヒがエスコートもせず、ビクトリアは一人で会場入りしたのだ。
それなのにこのように不躾に呼びつけられるいわれはない。そう思っていたが、ハインリヒがさも不快そうにフンと鼻を鳴らし、蔑むような視線でビクトリアを睨みつけた。
「ビクトリア。今日この場を持って、貴様との婚約を破棄する!」
堂々と言い放つハインリヒは見下すようにビクトリアを眺め、口元を歪めて笑みを浮かべる。それをしれっとした顔で見ていたビクトリアは、ハッと鼻で笑い飛ばした。
「いいでしょう。ではさようなら」
こちらもニヤリと笑みを浮かべて了承すると、今度は訝し気な顔でハインリヒが睨みつける。というかいちいち睨まないで欲しいと思ったのは内緒だ。
とにかく用は済んだとビクトリアが立ち去ろうとすると、慌てたようにハインリヒが引き留めた。
「ま、待て!立ち去る前にエルマに謝れ!!」
「は?」
唐突に言われた言葉にビクトリアが眉を顰める。するとよく見ればハインリヒの後ろにしがみつくようにプルプルと震えながらこちらを見ている女生徒の姿があった。
ピンク色のフワフワとした髪に、大きな垂れ目の可愛らしいご令嬢が、涙を浮かべてこちらを見ている。が、ビクトリアには全く見覚えがない。
「エルマ…とはどなたの事でしょうか?というか、謝るとは?」
「しらばっくれるのか!」
「しらばっくれたいのはやまやまですが、意味がわかりません」
「クッ、生意気な女だな!貴様はここにいるエルマに嫌がらせをしていただろう!」
教科書を破ったりドレスを破ったり、噴水に突き落としたり男子生徒をけしかけたり…と延々と嫌がらせらしき行為を語り出す。それを生暖かい目で眺めながら聞いていたが、段々と退屈になってくる。思わずあくびをしそうになり、慌てて口元を扇で隠すと、ヒクッとハインリヒが口元をヒクつかせて怒りをあらわにした。
「聞いているのか!貴様がエルマにやった事だ!!おまけに身分が低いからと言って差別したそうだな!貴様のような女は王子妃に相応しくないっ!よって貴様との婚約を破棄し、ここにいるエルマ・ハーボット男爵令嬢を未来の妃にする!」
ババーン!と効果音がつきそうなくらいにこちらを指さして言い切る。どうだと言わんばかりの態度に大きく溜息をつき、ビクトリアはめんどくさそうに口を開いた。
「一つ一つ否定するのも面倒ですが、どれをとっても心当たりがございません」
「嘘をつくな!」
「そうだ!お前が彼女に嫌がらせをしていたのは分かっているんだ!」
「そうだよ。往生際が悪いんじゃないの?」
突然横やりを入れられてそちらに視線を向けると、そこには宰相の息子と騎士団長の息子、そして魔術師団長の息子が立っていた。どの令息もハインリヒの側近候補と言われている人達だが、この人達ってこんな頭悪かっただろうか?
「嘘つき、お前、往生際が悪い…ですか」
「何だ、事実だろう!お前など殿下に相応しくない!」
「そうだ!エルマのような可憐で優しい女性に嫌がらせをするなんて、お前のような悪女が王家に入れると思うな!」
「エルマは僕達の天使なんだよ?ほんと、むかつくよね。大体学園では身分は関係なく平等なのにさ、エルマが男爵家の令嬢だからって見下すとか最低だよね」
何と言うかアホの集団なんだろうか?
この卒業パーティーは国王や王妃は勿論の事、卒業生の親たる貴族達も出席している。つまり彼らの両親もだ。
周囲を見渡してみると、国王は勿論の事、宰相夫婦や騎士団長夫婦の顔は青ざめ、魔術師長夫婦は恐ろしいくらいの真顔だ。
「何の証拠があってこのように糾弾されているのか分かりませんが、そもそも責められるべきなのはそちらの方では?」
「何だと!?」
だからいちいち目くじら立てるのはやめてください、ハインリヒ殿下。
ビクトリアが心の中で悪態をつき、そして再び溜息をついた。
「先程から申しましたがそちらのハーボット男爵令嬢は今日初めてお顔を拝見しました。それに失礼なのは貴方達でしょう?」
「だから何故俺達が失礼と言うのだ!」
「言わないと分からないようですので説明しますけど、まず婚約者がいる男性に色目を使う時点でそちらのご令嬢はアウトです」
「そんな!私、色目だなんて使ってません!」
胸の前で手をぎゅっと握り締め、庇護欲をそそる仕草をする姿はさすがだ。そんな彼女を四人はデレデレした表情で見つめていて、はっきりいって気持ち悪い。
「話している途中で遮るのもマナー違反ですね。そして嘘の報告をして殿下を始めとするそちらの男性達を騙した事、どう責任を取るおつもりです?」
「わ、私、嘘なんて言ってません!ビクトリア様に嫌がらせされてました!」
「名前で呼ぶ許可はしてませんわ」
「そんな…ひどいです!」
「ひどいのはそちらでしょうが。婚約者奪って冤罪で皆の前で断罪とか、どこのロマンス小説ですか。それと殿下」
ダメだ、この娘は会話ができないアホだ。仕方がないので矛先をハインリヒに変える。
「な、何だ!」
「私にハーボット男爵令嬢を虐めた罪を認めて謝罪しろと言ってますが、このような場で数人の男性で寄ってたかって責め立てるのは、私に対するいじめですね。王族としてどうかと思います」
「なっ、これはいじめではない!」
「では何です?」
「それは…エルマを虐めていた事の謝罪を…!」
「虐めてないって言ってるでしょーが。それに謝罪なら別にパーティーでしなくてもいいですよね。嫌がらせですよね、コレ?明らかにイジメですよね?王族がそんな事していいんですか?」
衆目での断罪は確実にビクトリアの評判を落とす為だろう。今にも怒鳴り散らそうとしている両親を視線でなだめ、ビクトリアはハインリヒを見下すように冷めた目で見つめる。
「そもそも何の権限があっての婚約破棄?大体この婚約、私達は最初から嫌だって言ってたのに、王家の方からお願いしてきた婚約ですよね?で、私には厳しい王子妃教育させて、王子であるアンタは学園で女の子追っかけまわして遊び惚けて不公平だよね?そもそも王子妃は常に冷静であれ、表情で心を悟らせるな、浮ついた行動を取るなと言われてきたのに、何その子?マナーもへったくれもない、感情豊かなお嬢さんみたいですけど。そういうのが良かったのならあの王子妃教育何なの?これも嫌がらせ?そういう風に教育しておきながら、アンタはアンタで私にいつも何つった?無表情で無感情で人形のようなつまらない女、でしたっけ?そうしろって言ってんのは王家でしょーが。アホですか?アホですよね?え、それで表情豊かなそこの男爵令嬢に篭絡されてんの?バカでしょお前。もう王子やめれば?」
「なっ…!」
一気にまくしたてたビクトリアにハインリヒは顔を真っ赤にして震えている。かなりご立腹なようだが、ビクトリアはフンとそっぽを向いて扇で口元を隠している。黙って聞いていた四人だったが、騎士団長の息子が最初に吠えた。
「きっ、貴様!王子殿下に向かって無礼な!!それに何だその物言いは!公爵令嬢として恥ずかしくないのか!?」
「あら、さっきはそこの令嬢に身分で見下すのは最低だとか、学園では身分は関係ないとか言ってたじゃない。なのに今王子って身分を盾にしたり、人の事公爵令嬢だからってそんな事言うんだ。あーサイテー」
「そ、そんなの屁理屈だっ!」
「その屁理屈でさっき糾弾したよね?てゆーかもう一回言うけど私その男爵令嬢の事虐めてないけど」
「まだ言うかっ!彼女がお前に虐められたと言ってるんだ!しらばっくれるな!!」
「だから証拠は?」
「証拠など、エルマがそう言っているのだから間違いない!」
「アホでしょあんた。あ、そうか。全員アホなんだわ」
「「「「何!?」」」」
見事に全員の声がハモる。
すると我慢の限界なのか、エルマがハインリヒの後ろから飛び出してきた。
「ビクトリア様!いい加減に認めてください!私、本当に辛くて…悲しかったんです!でも、ここにいるみんなが慰めてくれたから…だから…!」
「だから、何?」
「え」
「『え』じゃなくて『だから』の続きは?」
「だ、だから……その…謝ってくれれば…許します……!」
「許したらどうなるの?許したって婚約破棄して貴女が婚約者に収まるんでしょ」
「それは、ハインリヒ様が…」
「最後まで言う」
「ハ、ハインリヒ様がそうしてくださると!私を選んでくださると仰いましたので!」
「へー、そうなんだ。ヨカッタネ。でも謝っても謝らなくても私困らないから」
「えっ」
ポカンとするエルマを一瞥し、ビクトリアは視線をハインリヒに戻す。するとハインリヒはビクリと動揺し、少々挙動不審になっているようだった。
「ハイン、お望み通り貴方とは終わりにしてあげましょう。というかようやく解放されてせいせいするわ。愛しの男爵令嬢と婚約でも結婚でも好きになさってくださいな」
「トーリ、お前…!」
「あ、それと。殿下が『婚約者費用』を流用してそこの男爵令嬢に宝石だのドレスだのをプレゼントしてたのは『横領』ですので。ちゃんと個人資産で返済してくださいね。私、殿下から何も貰ってませんから」
「なっ…!」
この場で言わせてもらいますね、と優雅に微笑むと、あきらかにハインリヒが慌てふためく。さすがにこの件については黙っていられなかったらしく、宰相がスタスタとこちらに近付いてきた。
「殿下!今の話は本当ですか!?」
「ち、違う!」
「ではビクトリア嬢がアレコレ欲しがるからと言って申請してきた書類は全て本当なのですか!?それにしてはそこの男爵令嬢がお召しになっているドレスは、この前請求してきたドレス費用と同じ物のようですが!?」
「こ、これは…サイズがビクトリアに合わなくて、それで仕方なくだな…!」
「オーダーメイドでサイズが合わないのですか?それはさぞ腕の悪いドレス職人ですわね」
「お、お前は黙ってろ!」
「まあ怖い。あ、そうだ。もう婚約者ではないので、お前だなんて呼ばれる筋合いはございませんわ」
ホホホホと高笑いするとギロリとハインリヒに睨まれる。全く怖くないですが。
「財務官を呼んでくれ!それと…ハーボット男爵令嬢。失礼ですが貴女が身に着けているその指輪とネックレスは、私の見間違いでなければ王家の宝物庫に保管していた宝石のようですが。何故貴女がそれを?」
「えっ?こ、これはハインリヒ様がくださったんです!」
「ほう?王家の物をですか。殿下、説明を」
「こ、これは…!エルマは俺の婚約者になるのだから問題ないだろう!」
「問題しかありません。彼女はまだ婚約者ではありませんし、そもそも結婚されていないうちから他人であるご令嬢に王家の宝を渡すのは犯罪です」
「はあ…やっぱりバカなんですね。宰相様、さっきの私に対する話には証拠は何一つありませんけど、これに関しては証拠しかございませんね」
「う、うるさいっ!お前はいちいち癪に障る!!」
「お前と呼ぶなっつったろーが、このバカ王子」
「な、何だと!?」
ああいけない、ついうっかり素が出てしまった。
思わず口元を隠して視線を逸らすが、信じられないものを見るような目でハインリヒに見られている。
「…トーリ、お前…それが本性か?」
「何をもって本性と言われてるのかわかりかねますが、今までの私も今の私も全て『私』でございます。それに婚約者のくせに私の事を知りもせず、アホみたいに文句しか言ってこなかった男に理解してもらおうなんて思ってないのでご安心を」
「いちいち嫌味を入れないと喋れないのか!」
「そちらもいちいち怒鳴らないでください。この野蛮人が」
「なっ…!」
つーんとそっぽを向くが、四人共呆気に取られている。
するとそこへ衛兵達がわらわらと集まって来て、突然ハインリヒを含む四人の男性とエルマを拘束した。
さすがにそれに驚いた五人が目を見開いて抗議する。
「なっ、何をする!」
「きゃっ、離してよ!何なのよ急に!」
「おい離せ!俺は宰相の息子だぞ!」
「僕にこんな事をしてただで済むと思うなよ!」
「クソッ!何故俺がこんな目に…!」
口々に文句を言う五人を呆然と眺めていると、ビクトリアの背後から一人の男性が近づいてきた。
「お前達には失望したよ。ビクトリア、大丈夫だったかい?」
「マクシミリアン王太子殿下…何故ここに…」
「弟の卒業パーティーだからね。そりゃあ出席するよ。けどこの騒ぎはないよなぁ」
「……」
何とも冷え冷えとした視線でマクシミリアンはハインリヒを眺めている。その視線が居心地悪いらしく、ハインリヒは視線を逸らした。
ハインリヒの隣でマクシミリアンに熱い視線を送っていたエルマにビクトリアが気付く。この女、やっぱりただの男好きだと確信した瞬間だったが、それもマクシミリアンの行動で思考が思わず停止した。
彼が、エルマのすぐ前まで近づき、あろうことか彼女の顔を覗き込んだのだ。
「ふーん、君がハインリヒのお気に入りか」
「あ、そ、そんな…」
真っ赤になって俯く姿はさすがだ。可憐な少女が恥じらっているようにしか見えない。けれどビクトリアは見た。エルマの口元が勝ち誇ったように歪んだのが。それを知ってか知らずかマクシミリアンがニコリと笑顔を向け、そして今度はハインリヒの肩をポンと叩いた。
「知ってるか、ハインリヒ。この学園の防犯設備がどうなっているか」
「は…?」
唐突な話題にハインリヒが間抜けな声を出す。マクシミリアンはそれが可笑しかったのか、クッと喉の奥で笑って見せた。
「王族が入学するとよくあるんだよね。よからぬ事を企てる輩が現れたりする事が。だから父上が学園に通っていた頃から、王族が学園に通っている間は全ての施設での映像記録を残すようになっている」
「は?」
「えっ!?」
エルマが思わず声を上げ、あっと口元を押さえる。その顔は心なしか青ざめていて、居心地が悪そうだ。
「だから、お前がさっき言っていたビクトリアがそこの男爵令嬢を虐めていたのが本当なら、映像として記録が残っているはずだ」
「…!そうか、成程!さすがは兄上、これでビクトリアの罪を明るみにできます!良かったな、エルマ……、エルマ、どうした?」
「わ、私……」
カタカタと震え出すエルマを不審に思ったのか、ハインリヒが訝し気な顔をする。
さすがにハインリヒもエルマの様子を見て、嫌な予感が胸をよぎった。
「…まさかエルマ、ビクトリアが虐めていたと言うのは嘘なのか?」
「ち、違います!本当で、す……けど!え、映像は…残ってないかも……!だ、だって人通りのない場所が多かったし!」
「だが君は噴水や階段から落とされたと言っていただろ?さすがにそんな場所、人目に付く」
「それは……」
「それ以上は可哀そうですよ、殿下」
「トーリ、だが…」
「あら、婚約者ではないので愛称で呼ばないでもらえます?誤解されると困るので」
「…細かい事を言うな、ビクトリア」
「呼び捨てもやめてください、殿下」
「…ビクトリア嬢」
ニッコリと笑うと、ハインリヒが苦虫をかみつぶしたような顔をする。そしてエルマを一瞥すると盛大に溜息をつき、そしてビクトリアを見つめた。
「…エルマが嘘をついたと言うのか」
「ハインリヒ様!う、嘘じゃないんです!」
「だが君は映像記録があると聞いてから態度がおかしい。嘘をついていないのなら堂々とするべきだ。…ビクトリア嬢のようにな」
「それは…」
ぐっと言葉を詰まらせ悔しそうに唇をかみしめる。何ともお粗末な結末だ。どうせ陥れるのならもっとしっかり準備しておくべきだろう。相手は公爵令嬢なのだからなおさらだ。
「ま、虐めが嘘かどうかはどうでもいいです。それを差し引いても殿下はハーボット男爵令嬢を愛しておいでなのでしょう?妃にと望まれているようですし、さっきの騒ぎは不問にしますわ」
「ま、待て!」
「待ちません。このようなおめでたい場を冤罪で騒がせ、公爵令嬢である私の名誉に泥を塗り、浮気を公然と皆さんに公表して婚約破棄をされたのですもの。不問にはしますがなかったことにはできませんわよね。ああ、慰謝料は勿論請求しますので」
「い、慰謝料だと!?」
「当然でしょう?殿下と婚約してからの5年間分ですわ。その間にできた事を全て投げ打って妃教育をさせられてたんですよ?5年分の私の人生を思えば安くない金額を請求できますもの。勿論王家としてはお支払いしてくださるんでしょう?マクシミリアン王太子殿下」
「まあ仕方ないだろうね」
「あ、兄上!?」
クスクスと笑うと、ハインリヒはガックリと膝をつき、項垂れている。それからビクトリアは、青ざめた顔でエルマを見つめている三人の令息達に視線を向けた。
「貴方達もご自分の立場をわきまえた方がいいわ。そもそも自分の婚約者を蔑ろにして彼女に入れ込んでいたんですものね?色々とお仕置きされる事を覚悟なさってくださいな。ああ、殿下と同じで貴方達も婚約者のご実家から慰謝料請求されるんじゃないですかね」
「ぼ、僕達は別に婚約破棄してないだろっ!」
「こんな騒ぎをするような愚かな夫が欲しい家はないと思いますけど?」
「なっ…」
言われるまで気付かないのか、このアホボン達め。
視線で侮辱してから鼻で笑うと、ビクトリアは後ろに控えていた彼らの婚約者達に視線を移した。
「そういう訳ですので皆様方、後はお好きなようになさってくださいな」
「ありがとうございます、ビクトリア様」
「わかりましたわ」
「勿論きっちりけじめをつけさせていただきます」
恐ろしい程の笑顔で立っている婚約者達を青ざめた表情で眺めていた彼等は、助けを求めるように視線をさ迷わせる。が、誰も目を合わせてはくれず、視界に入ってきた両親にいたっては殺気すら感じる。
「ひっ」
喉の奥から悲鳴がこみ上げ、情けない表情をするのは騎士団長の息子だ。多分この後父である騎士団長に地獄のお仕置きをされるだろう。ご愁傷さまだ。
宰相の息子も、父である宰相にジロリと睨まれ、心なしか青ざめて下を向いている。魔術師団長の息子も然りだ。
そんな彼らの様子を見て可笑しそうにケタケタと笑っているのは、何故か王太子であるマクシミリアンだ。
「あっはっはっはっ、傑作だね!君達学園では好き放題傍若無人に振る舞っていたのに、何そのハムスターみたいな態度!あーおっかし…!」
「兄上!そのように笑う事はないでしょう!俺達はただ…」
「真実の愛だっけ?そこのハーボット男爵令嬢に?四人の高位貴族の男を侍らせる女に?」
「エ、エルマを悪く言わないでいただきたい!」
「おや?あんな嘘をついていたと分かった今でも彼女を愛しているんだ?」
「そ、そうです…!」
「ハインリヒ様…!」
後ろ手に拘束されながらも目を潤ませてハインリヒを見つめるエルマに、ハインリヒも蕩けるような視線を向ける。それを見てマクシミリアンがさも可笑しそうに二人を眺めて口を開いた。
「ならその真実の愛、しっかり見させてもらうよ。陛下、お言葉を」
「うむ、よかろう」
「…!ち、父上、俺は…!」
「黙れ。国王陛下のお言葉を遮るな」
「…!」
急に声のトーンを変えてマクシミリアンがハインリヒを窘める。その言葉にハインリヒもぐっと言葉を詰まらせ、悔しそうに睨みつけた。
そんな様子をただ黙って見ていた国王と王妃はゆっくりと当事者の元へと歩み寄る。そして会場の中央に立つと、騎士団長が声を上げた。
「控えろ!!」
その言葉にその場にいた全員が膝を折る。勿論王太子であるマクシミリアンも迷う事なく跪いた。
「ハインリヒ、お主の気持ちはよくわかった」
「…!で、では父上…!」
「発言を許した覚えはありませんよ、黙りなさいハインリヒ」
「…は」
王妃がハインリヒをキッと睨みつける。ハインリヒが黙ったのを確認し、再び国王が発言した。
「そちらのハーボット男爵令嬢との婚姻を望むと言う事で間違いはないのだな?」
「は、はい!」
「ハーボット男爵令嬢、お主もそれで構わんのか?」
「はいっ!勿論です!」
頬を紅潮させてエルマが答える。嬉しさを抑えきれないようで、口の端がわずかに持ち上がっていた。その様子をビクトリアは目ざとく気付いたが、我関せずの姿勢を保ったままだ。
「よかろう。ではこの場でハインリヒとビクトリア嬢の婚約を破棄ではなく白紙にし、新たにハーボット男爵令嬢との婚約を認める」
「父上!ありがとうございます!」
「ハインリヒ様!」
「ただし!」
「「え?」」
喜びの声を上げる二人を遮るように国王が話を続ける。それをきょとんとした表情で二人が見上げると、意地の悪い顔をした国王の表情が目に入ってきた。
「ただし、ハインリヒは王族の籍を抜き、ハーボット家に婿養子として降下させる。ハーボット男爵家及びエルマ・ハーボット男爵令嬢に拒否権はなく、二人の離婚はもとより愛人を作る事も禁ずる。これを破れば厳しい処分にあう事を理解しておけ。あ、それとハインリヒに持参金は持たさんぞ。国庫を使い込んだのだ、借金を背負って男爵家に入るがいい」
「なっ…!そ、それはあんまりです、父上!!」
「嘘っ…!ハインリヒ様が王子様じゃなくなるなんて、そんなのダメです!」
突然の事に二人が立ち上がり抗議する。が、再び衛兵に無理やり座らされ、ハインリヒはすがるように国王を見つめた。
「な、何故です父上!婚約の白紙をしていただけるのに、何故俺が王籍を抜けないといけないのですか!」
「何故、と聞くのか」
「え…」
「お前は王家の婚姻を何だと思っておる。ビクトリア嬢が言っていたようにエンティア公爵家にはこちらから頼んで婚約者になってもらったのだ。その意味を全く考えずビクトリア嬢に歩み寄ろうともせず、好き勝手してビクトリア嬢を蔑ろにしていたではないか。それだけでもエンティア家に対する侮辱だ」
「そうですよ、ハインリヒ。それなのに事もあろうかこのような祝いの席で冤罪による断罪をするなんて。仮にも第二王子の貴方が確たる証拠も用意せず、そこの男爵令嬢の言われるがままにビクトリアを陥れようとした事実、軽く見る事は許しません」
「し、しかし…」
「わ、私…借金なんて払えませんから…!」
「エルマ?」
ポツリとこぼした声を拾ったハインリヒが、訝し気にエルマを見る。が、エルマは見たこともないような醜悪な表情を浮かべ、ビクトリアを睨みつけていた。
「これは全部貴女の差し金でしょッ!ビクトリア様が私を羨んで陥れたんだわ!」
「まあ」
まさかの八つ当たりをされ、ビクトリアが驚きでわずかに目を目開く。そしてすぐにフッと目元を緩めて笑みを浮かべ、エルマの元へと近づいた。
「何故怒っているのかしら?」
「何故って、当然でしょ!」
「だから何故?」
「~~~っ、何よ!ハインリヒ様が第二王子様じゃなくなったら、今までみたいにできないじゃない!それに借金と一緒に我が家に来るなんて聞いてないわ!!うちはお金持ちじゃないのよ!?国庫の使い込みの返済なんてできる訳ないじゃないっ!!」
「つまり、返済できないくらいのお金を貢がせた自覚はあるのですね?」
「なっ…そ、それはっ…」
言った言葉は取り消せないとはよく言ったものだ。サアッと顔を青ざめさせたエルマはハッと我に返ったらしく、周囲を見渡した。そして自分を見つめる冷たい視線に気付き、思わず俯いてしまう。そんな彼女の様子を見ていた四人の男達は、愕然とした表情を浮かべていた。
そんな中、この場に似つかわしくない明るい声でマクシミリアンが手をパンと打ち鳴らす。
「うん、これで全部解決だね!衛兵、ハインリヒ達は騒ぎを起こした反省の意味も込めて一晩牢屋で宿泊だ。ご案内してやれ。ああ、間違っても貴族用の牢に入れるなよ?」
「はっ」
「なっ、何だって!?」
「嘘だろ!離せ!!」
「くそっ!何で僕がこんな目に…!」
「やだやだ!牢なんて入りたくないッ!」
「まーだ自分の立場分かってないのか?お前達は騒ぎを起こしたんだよ。一晩で済むのを有難いと思え」
剣呑な目をしてハインリヒ以外の四人を睨みつける。すると縋るような瞳でエルマがマクシミリアンを見つめた。
「マ、マクシミリアン様!どうか…どうかお助けください!私…私、ハインリヒ様に逆らえなくて、それで…一緒になろうって言われた時も、相手が王子様だから逆らっちゃいけないって…」
「は!?エルマ、何を言う!君は俺の事を好きだと、ずっと一緒にいたいと自分から言ったじゃないか!」
「そんなの知りません!ねえマクシミリアン様、お願いします…。私を助けてください…!」
「…エルマ、嘘だろう…」
エルマの変貌ぶりにハインリヒがガックリと膝をついて項垂れた。まさかの裏切りに心がついていかないようだ。
一方縋られたマクシミリアンはじーっとエルマを見つめる。それを期待に満ちた表情で、うっとりとエルマが見つめ返した。
そんな様子を一歩下がった場所で見ていたビクトリアは、何となく面白くない気持ちになる。マクシミリアンが好きという訳ではないが、この女のこの態度は好きではなかったのだ。
何となくやり返した達成感はあったが、女としてダメージを受けさせてやりたい。そう思うのはやはり形だけとは言え婚約者を奪われたという、不名誉な中傷に対する憤りのせいかもしれない。
「私の婚約者を略奪しておいて、この期に及んで私の初恋の人まで篭絡するおつもりかしら?」
「え?」
「は?」
「トーリ?」
そっとマクシミリアンの腕に自身の手を添え、フワリと花が咲くように笑みを浮かべる。まさかビクトリアがそんな行動に出るとは思ってもみなかったらしく、マクシミリアンも、エルマとハインリヒも驚きで目を丸くしていた。
そんな三人の反応にビクトリアが愉悦の表情を浮かべそうになるが、ここはぐっと我慢する。そしてマクシミリアンにそっと身を寄せ、恥じらうような表情で彼を見つめた。
「傷物になってしまった私には王太子殿下のお相手は務まりません。ですが、想う事だけはお許しください」
「ト、トーリ…君は…」
「ハーボット男爵令嬢、貴女は公衆の面前でハインリヒ殿下との愛を誓いましたわ。何のつもりか知りませんけど、私の王太子殿下に言い寄るようなそぶりを見せるのはやめてくださいませ。不快ですわ」
「なっ、一体いつ貴女のものになったのよ!マクシミリアン様はまだ婚約者すら決められてないじゃないッ!」
「君に名前で呼ぶ事を許可した覚えはないけどね、ハーボット男爵令嬢。それにトーリは公爵令嬢だ。その不敬な物言いも耳障りだ」
「マ、お、王太子殿下…ですが!」
「それに君とハインリヒはたった今国王陛下の勅命により、婚姻を結ぶ事になっている。離婚も愛人を作る事も許されない。それならばこんなバカげたことをするよりも、ハインリヒと仲良くする算段でもつけるんだな」
「ひ、ひどい…」
「まあ、酷いのは貴女でしょう?ハインを弄んで王子じゃなくなると思ったらすぐに捨てるだなんて。とんだ悪女ですわね」
そう言ってチラリとハインリヒを見ると、落ち込みすぎてゲッソリやつれているように見える。顔色もすこぶる悪い。
結局王妃が衛兵に合図をし、五人は会場から引きずり出されてしまった。
その後、卒業パーティーを仕切り直して再開したが、注目を集めてしまって居心地が悪くなってしまったビクトリアは早々に邸に帰ったのだった。
そして後日。
何故か王宮のサロンに呼び出されたビクトリアは、冷ややかな目で目の前に座るマクシミリアンを見ていた。
「そんなに見つめられると照れるけど」
「見つめてません。睨んでるんです」
あの日、確かに意趣返しの意味合いでマクシミリアンに想いを寄せていると言ったが。
まさかのマクシミリアンとの婚約の申し入れの打診が王家から来たのだ。
「マックス!どういう事!?アレはあいつ等に仕返しする為に言ったんだけど!そんな事、説明しなくっても貴方ならわかるでしょう!?」
「うん、まあそうだろうとは思ったよ」
「なら…!」
「でもま、私も君が好きだったから丁度いいかなって思って」
「…は!?」
「ハインリヒに先を越されたんだよね。だからまあ、どうやってあいつから奪ってやるかずっと考えてたんだけど」
手間が省けたよね、なんて言いながらケラケラ笑っているマクシミリアンを、信じられないとばかりにビクトリアが眺めた。
「…何の冗談ですの?私、もう婚約なんてこりごりなんですけど」
「ええ?じゃあトーリはハインリヒとの婚約が白紙になった後、どうするつもりだったんだよ?」
「とりあえずしばらくは領地経営をお父様に教わって、ゆくゆくはエンティア家が預かっているトーグス領にでも居を構えようかと」
「トーグス領って、取り潰しになってエンティア家が引き継いだトーグス男爵領の事?」
「ええ。今は家令が代理で領地を治めてるんだけど、そこを継ぎたいと思ってるわ。お父様にも話は通しているし、時期を見て引っ越すつもりだったのだけど」
「それを私が許すとでも?」
「許すもなにも、マックスには関係ないじゃない」
「あんな公衆の面前で告白しておいて?」
「なっ、あれは…初恋の人だと言っただけで、今も好きだなんて言ってないでしょ!」
「私の王太子殿下って言ってたよね」
「……!」
ニヤリと不敵に笑い、マクシミリアンが距離を詰めて来る。それを仰け反るように後ろに下がるが、マクシミリアンはグイグイと近づいてくる。
「マ、マックス。近いわ」
「知ってる。近づいてるから」
「こ、こんな事国王陛下や王妃様がお許しにならないわよ!それにお父様やお母様だって…!」
「あの人達は喜んでたよ?そもそも君と私が婚約するはずだったのを、ハインリヒが邪魔をしたせいで私と婚約できなかったんだから」
「…それ、どういう事?ハインリヒがそんな事するはずないと思うけど」
ハインリヒは最初からビクトリアに冷たかったのだ。わざわざ兄の婚約者を奪うなんてして、何の得があると言うのか。
理解に苦しむ話にビクトリアが首を傾げると、そのすきをついてマクシミリアンがビクトリアの腰をぐっと引き寄せた。
「わっ!ちょ、マックス!何するのよ!」
「捕まえた」
「捕まえたって…」
「君が好きだよ」
「…!」
囁くように耳元で愛を告げられ、ビクトリアの顔が一気に赤く染まる。驚きで口をパクパクしていると、クスリとマクシミリアンが笑い、ビクトリアの頬にちゅっと唇を落とした。
「なっ!何す…!」
「バラ園の東屋で昼寝していたトーリが好き」
「えっ…」
「図書館でうたた寝していたトーリも好き」
「ちょ…」
「噴水の縁で寝転がって、足元が水に浸かったまま服が濡れるのを気にせずに眠っていた君も好き」
「ちょっと!全部居眠りしてるところじゃない!」
羞恥で顔が赤くなるのを押さえられず、両手で頬を隠す。が、それをそっと外され耳元に再びキスをされ、恥ずかしさのあまり倒れそうになる。
文句を言おうとマクシミリアンを睨みつけると、予想外にも蕩けるような笑みを浮かべてビクトリアを見つめていた。
「マ、マックス…」
「トーリ」
ビクトリアをベンチに座らせ、その前に跪く。そしてビクトリアの手を取り甲に口づけを落とした。
「ビクトリア・ルース・エンティア嬢。私と結婚してください」
その言葉に気が遠くなりそうになるのを、ビクトリアは必死で堪えたとか。
二人がその後どうなったかは、また別のお話。
よくある話になっちゃったけど、読んでると書きたくなる題材ですよね(笑)
ハインリヒが兄とビクトリアの婚約を邪魔した理由はご想像にお任せします。




