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プロローグ


 生前。

 特に裕福でもなく、困窮していた生活でもなかった家庭で産まれ、育った。

 近所の家庭では、長男は跡取りとしてしつけが厳しかった為に、考え方が〝大人〟だった。

 俺は長男だったが、のんびりとした性格をしていた。逆に、弟は賢く、誰からも頼れる性格で、母にはよく弟のようにしっかりとしなさいと苦言を呈されたものだ。しかし、陰では、逆だったらよかったのにと不満を漏らしていたようだった。

 一方、父はあまり口を挟むことはせず、諭すような教育をする人だった。



「清く、正しく生きなさい」



 父によく言われた言葉。

 床の間を背に座った父と向かい合うように正座をする。

 海軍兵学校へ行くと決めた時、俺は一度だけ父に言った。


「僕にはなにが間違いで、正しいのか分かりません。なので、その答えを探す為に軍の道に入ることをお許しください」


 強く父と視線を交わし、深く頭を下げた。

 暫く経ってから、父の溜息が聞こえた。


「お前が決めたのなら仕方がない。例え海軍になろうとも、清く、正しく生き、高島家を背負うものとして、背筋を伸ばして歩きなさい」


 そう静かに言うと、父は部屋を去った。

 残された俺の元に、弟の広次こうじが部屋に入ってきた。


「兄さん」

「広次。これからは一人で部屋を使っていいからね」

 嬉しいだろう? そんな意味を込めて笑うと、広次は不愉快に顔を歪める。予想に反した反応で、どうしたらいいのか分からなかった。

「兄さんはずるい」

「え? そうかい?」

「僕も兄さんみたいに自由に生きたかったよ」


 海軍だろうが、陸軍だろうが、入ってしまえば規律だらけで自由などない。しかし、広次がそれを理解していないわけもない。

 急にどうしたんだろう? と呼び止めようとしたが、広次は俺を振り返ることなく自分の部屋に戻っていった。


「広次……」

(広次を傷つけるようなことをしたのだろうか)


 たった一人の弟にさえ、なにを間違ってしまったのか分からない。傷つけてばかりだ。

 この時の俺が分かっていたこと、そして心に決めていたことは、せめて、決して嘘はつかないでいよう。嘘は人を傷つけることしかできないから。これはきっと〝正しい〟ことに違いない。



 それから、兵学校を経て、海軍の航空隊に迎えられてからは、一度もこの家に帰ることはなかった。

 遺骨さえも、帰らなかった。

 何故なら、未帰還だったから。

 今も尚、行方を誰も知らない。


 そして、俺さえも長過ぎる時が経ち、語るほどの記憶は無くなっていた。


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