ぺクさん
夜の八時、西日暮里駅のガード下の居酒屋を出たところで、俺はぺクさんに再会した。
十年ぶりだというのに、ぺクさんは感心するほど容姿が当時のままだった。
痩せた頬、突き出た額、毬栗頭、度の強い眼鏡、デニムのパンツに、帆布のようにごわついた白い上着。あの頃も確か、同じような格好をしていたような気がする。
「やあ、なんか、顔が変わったな。」
ぺクさんは、「よお。」と挨拶した俺に、開口一番こう言った。
そりゃあそうだよ。十年も会わなかったんだから。
でも、変わらないぺクさんから変わったと言われると、何だか、自分が変わってしまった事が、恥ずかしい事のように思えて来る。
「俺も歳食ったからな。その後どうだい。仕事の方は。」
ぺクさんは俺の質問に軽く苦笑いして、小首を傾げながら、「どうも俺は、今の仕事には向いてない気がするよ。」と言った。
十年前も、ぺクさんは同じ事を言っていた。
「向いてないと言いながら、十年以上も続けてるんだから、ぺクさんは偉いよ。それに、ぺクさんは人当たりが良いから、サービス業に向いていると思うよ。」
「そうかなあ。」
ぺクさんはどうも分からないという困り顔をしているが、俺なんか、職場の人間関係が嫌になって、これまでに四回も転職しているのだから、苦手な仕事を辛抱して続けているぺクさんは、実際偉いと思う。
「よっぽど今の仕事がつらいなら、別の仕事を探した方がいいと思うけど、他に何かやりたい仕事があるの?」
俺が聞くと、ぺクさんは少し考えて、また諦めの滲んだ薄笑いを浮かべながら、
「特にないね。自分に向いてる仕事がどんなものかも分からないし。」と答えた。
「俺は転職を繰り返してるから、偉そうな事は言えないけど、この歳になったら、転職といってもなかなか次が見つからなくなる。転職するにしても、今の仕事を続けながら、他に良い所が無いか、時々職安に行くなりして、探してみておくのが良いと思うよ。」
ありきたりの助言しかできないのが情けないが、ぺクさんもそこは察してくれたようで、
「うん。」
と同情をこめて俺に笑いかけると、「じゃあ、お互い頑張ろう。」と頷いてから、紙袋をぶら下げて、ガード下の向こうの街灯りの方へ、のそのそと歩いて行った。
たぶん、またしばらく、会う事はないだろう。
今度再会する時も、ちっとも変わらないぺクさんだといいんだが。
了