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この冬の終わり

作者: 壱葉竹鶴

 この冬はほとんどが、寒くはあっても骨が痛むほどの寒さは少なかったように思う。水道の水も凍らなかった。

 この家に越してきて一番、体の具合いの良い冬だった。そして抗がん剤による維持療法が終わる。とりあえず腫瘍の種類がかわらなければしばらくは生き長らえるだろう。

 少し前に偶然出会った銅壷を我が家に迎えてから、以前いただいた火鉢を夫が出してきてくれたのだがそれを掃除している夫を座って見ていると突然驚きの声が上がった。何ぞあったのかと訊ねて覗き見ると、火鉢の中でヤモリが二匹冬眠していた。夫婦して動揺し「起こしてごめんね」と何度も言いながら近くにあるものの中に移しかえて葉をかけた。つがいだったのだろうかと話しながら夫は再び火鉢の手入れをし、私は腰を下ろして先程のように見ていた。中の灰の様子をみながら夫は「これは良い灰です」と言った。説明を聞きながらいろいろ感動していたわりにあまりはっきり覚えていないのは私の阿呆さ故か。

 いやしかし、私はそうとう好きな調味料のにおいが夫の作る料理の中から漂ってきても「あ!あの、あの美味しいやつのにおいがします!」と盛り上がるのにひたすらそのにおいがクミンであると結び付かないこと七年。今更な気がしないでもない。

 話は逸れたが夜にはその火鉢に銅壷を入れ、熱燗を二人で呑んだ。夫が料理を作ってくれている間に台所で一緒に呑むのが少し前から続いている。起き上がった状態を維持することが無理だった少し前までは出来なかったこと。呑みながら話をして、笑って、我が家の白猫にやきもちを妬かれ他の四匹からはおやつちょうだいと叫ばれる夫。なぜ一度出がらしのいりこをもらったことをひと月以上忘れぬのか。猫とはそういう生き物だったのか。猫がいる暮らしが初めての私は夫に聞くも「いや~、三日くらいで忘れるはずなんですが」と返ってくる。野良と多頭飼い崩壊から我が家で暮らすようになった猫たち。食い意地の強さでがんばれたのだろうか。

 そういう私はその日のお気に入りのおかずを少し残して最後に食べようとしていたのを、悪戯心の夫につまみ食いされて数日ほとんど口をきかなかった過去がある。

 先日夫が、いただいたカップ麺を食べて具合を悪くした。たまたま翌日が休みだったのでずっと横になっていた。その様子を見ていると以前住んでいた家の庭で炭で焼き肉をして食べ、二人して体を悪くしたのを思い出す。あれから牛肉は煮込み料理でしかいただいていない。

 うちの梅の木の花を出掛けた帰りに夫に見に連れてもらい、剪定する枝を決めている声を聞きながらああ、近頃の朝昼と明るい時間に動くことが難しくなっていたのはこのためかと改めて思う。光が瞼を押さえ付け、その時間が伸びる分体が弱り始める。一年のうちで一番体の具合がましな季節が終わりに近づいている。それでも蛙の鳴き声を聞ける日を望んでしまうのは、日々が幸せだからなのだろう。

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