青い空遥か
雨の日は嫌いだ。濡れるのも悪くないなんて言う人の気が知れない。
「はぁ、早く止まないかな」
思わず口を突いてでた呟き。灰色の空は更に心を落ち込ませる。やっぱりゴローの散歩なんて引き受けるんじゃなかった。
そんなわけで、彼は今雨宿りをしていた。彼の心を徹底的に落ち込ませている廃ビル達は大規模な工事が行われたが建設半ばで中止になって現在では灰色がむき出しのコンクリの塊と化している。地元の小学生達がゴーストタウンと誇張しているがあながち間違えではないと彼は思っていた。
携帯を忘れたので傘を持ってきてもらう事もできない。時計も持ち合わせておらず、時間の感覚が分からなくなっているがそろそろ20分位経つと思っておりやや苛立ってきた。最初はただの夕立だと考え余裕をかましていたのだが、これだけ長い間降っていれば違うとも思えてくる。ニュースで言っていた台風が予定より早く来たのかもしれない。
バチャバチャバチャバチャ
雨の降る音に混じって違う音が聞こえた気がした。最初は気のせいだと思った。この辺りはあまり人が来ない。雨ともなれば尚更だ。しかし、雨の音が響く中その音は確実に大きくなっている。雨の音も大きくなった気がした。
バチャバチャバチャバチャカッカッカッカッ
足音であろうその音から水を跳ね上げる音が消え、くぐもった、それでいてよく響くコンクリートを叩く音が聞こえた。彼のいる廃ビルは唯一簡単に内側に入れる場所で中はむき出しのコンクリートの箱になっている。だから、音が急に響くようになったのはそのせいだろう。彼は少し怖くなった。また雨の音が大きくなった気がする。
「ハァハァ、フゥー」
入ってきたのは全身をびしょ濡れにした女の子だった。年齢は彼と同じくらいかもしれない。女の子や少女と言うには大人びているが、女性と言うにはあどけない、まさに子どもから大人へと変化を遂げる最中のそんな感じの少女だ。美人の表現は大外れにはならない美貌を持っていてびしょ濡れになったブラウスが張り付いているのは彼をどぎまぎさせるには十分過ぎる程艶やかだ。走ってきたからか息を切らしている。そのせいで肩が上下するのは彼をさらにどぎまぎさせていた。
「あ、あの、大丈夫ですか?」
気がついたら声をかけていた。彼からはすっかり恐怖感が消えていた。むしろ、自分から全くの他人に声をかけていた事に驚いた。学校でも1人でいる事も多くあまり他者に興味を持たなかった彼が生まれて初めてこの人に興味を持ったのだ。少なくとも彼はそう思っていた。雨の音は尚も強い。
「ハァハァ、はいなんとか」
そう言いながら彼女はハンカチで頭を拭いている。が、明らかに焼け石に水状態である。今も水が髪の先から垂れている。彼は首にかけていたタオルを彼女に渡した。彼女はキョトンとした顔を彼へ向ける。瞳は無垢な女の子のものでそれは彼には眩しかった。雨の中に太陽を見た気分だ。
「も、もしよかったら使ってください」
彼は火照っている顔を見られないようやや背けながら言った。彼女は納得したようで
「ありがとうございます」
と満面の笑顔で言った。彼は顔を真っ赤にして、俯いた。それからしばらく彼と彼女の他愛のない話をし続いた。彼は初対面の人とこんなにも長い時間話すので常にドキドキしていた。気が付くと雨の音はすっかり遠退いていた。
「ウフフ、ところでお名前は?」
彼女は全てを納得したように微笑んだ。廃ビルの中に光が差し込んだ。
「ハルカです。晴れに夏で晴夏。あなたは?」
「じゃあ、私と正反対ね。私はユキ。あの白い雪よ」
きっと何か縁があるのね。と言って彼女は嬉しそうに笑った。因みに、彼女の名前の由来は雪のように煌めいた存在であれという願いだそうだ。話してくれた彼女の顔は誇らしげで、きっと自慢の名前なのだろうとすぐに分かった。空を見れば、雨はすっかり止んで晴れた青空が気持ち良い。
「また明日ここで会いません?」
乾き出したブラウスを風にはためかせながら彼女は尋ねた。彼はもちろん「はい」と答えた。学校でも見せたことのないあどけなくも爽やかな笑顔で。
じゃあね、そう言って彼女は廃ビルから光の中へ消えていった。
風に秋の匂いがし始めた。その先にある秋と冬の向こうには彼らの春が待っているだろう。彼と彼女は『彼氏』と『彼女』になって。
雨も雨宿りも悪くないと青い空遥かに彼は思った。
相変わらず短いですね。短編、書いてて楽しいんですけど書き方がコロコロ変わりそうで怖いです(汗
読んでいただきありがとうございました!!