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第三十話 民はうねる(1)

 熱気、熱気、熱気……。

 リーリアが壇上から感じられたのはそれだけである。

 憤怒の表情、飛び交う怒号、怨嗟の声、負の感情……。

 それらが津波のように一体となってリーリアに押し寄せて来た。

 後ろに控えるイステティズモはほくそ笑んだ。

 これで王族は消える。

 人民の邪魔をする者はもういないと。


「これが総意だというのですか…? 本当に? 本当にそうなのですか」


 誰に言うでもなく声に出された彼女のその言葉。

 イステティズモだけがそれに答える。

 大雨の中の雨音のように民の声が充満した広場で、二人は互いの会話が何とか聞き取れるくらいであった。


「無論です、姫様。いやはや残酷ではありますが民の求めです。仕方ありませんなあ」


 ボリボリとオールバックの頭を掻く。


「まあ、死を受け入れたくないがために言葉を弄するのは人間の習い。少々見苦しいところもございましたが王族らしくない非常に人間らしいことですよ」


 強烈な侮辱であった。

 そんな理由で語っていたとでも思うのか……。

 リーリアは感情のたかぶるのを感じるが、大きく息をつくと言うのだ。


「死を受け入れたくない一心で、と言うわけではありません。確認してもし足りないくらいなのです。民の意思は。ですからどうか取り返しのつかない選択肢を取るときはもっと冷静に……」

「これが民の意思です」


 大きな声を張り上げ続ける民を見ながらイステティズモは叩きつけるように言ってのける。

 

「あなたのお父様が最後に何といったかご存知ですか?」


 ふっと、リーリアがステージ下の民の方を向くのを止め、意外なことを口にした元宰相の方へ向き直る。


「リーリアだけは殺すな、ですよ。全く、自己中心的ですよね。私なら革命のためになら息子でも犠牲にできますよ」


 リーリアは押し黙る。

 父の気持ちが痛いほどわかった。

 情で言ったのではないのだ。

 一族の運命を背負えるのが彼女だけだからそう言ったのだ。

 イステティズモはそれを分かったうえでリーリアの神経を逆なでしたいからこう言っているのか、それとも本当にわからないのか……。

 どのみち彼女にはもう関係ない。

 処刑台に向かえとの命令口調の罵声の中、彼女は自分を保つことだけに集中する。

 まだ、あきらめてはいなかった。

 力は弱いが、この場には味方がいるという確信もまた、持つことができていたのだ。

 グッと体に力を込め直し、叫ぶ。


「話を聞いてください! 話を!」

「うるさい! お前なんか穀潰しだ!」

「これ以上何の話を聞けというんだ!」


 民による拒絶。

 前列の猛りによって後列の方へはリーリアのオーラが届かない。

 ――もういい、もう潮時だ。

 そう思ったイステティズモはふと広場の端の方に目を止める。

 民衆がまた集まり始めている。

 ステージの方へ向けて歩いてきている。

 たくさん……また、数千人を数えそうだ。

 路地から、メインストリートから、建物の間から、主にみすぼらしい身なりをした、今にも死にそうなものまでもがやってきていた。

 ああ、人民みんながこの歴史的瞬間を目にしようと集まっているんだな。

 彼は感慨深げに息を吐いた。


「では始めましょう! 歴史的瞬間です!」


 全身鎧フルプレートに身を固めた衛兵が壇上に登ってくる。

 無論、リーリアをギロチン台へと据え付けるためだ。

 両脇を固められそうな段になってリーリアが声を発する。


「みなさん」


 最後の言葉なのだろう。

 イステティズモは手を上げて衛兵を制止する。


「みなさん、もう私は、王族はこの国から消え去ってしまいます。しかし、どうかご自分を正しい方向へ導ける存在を用意してください。決して正しい徳に適わないようなことはしない、高潔な人物を……。そうしなければ人は……」


 そこで言葉は途切れる。

 言うべき言葉が見つからなかった。

 リーリアは……諦めと共に衛兵の間を抜け、ギロチン台に立つのだった。

 あとは跪けば官吏が勝手に準備を進めてくれるだろう。

 だがその跪くというのがなかなかできない。

 王族のプライドだろうか。

 イステティズモは仕方なしに衛兵に一言言ってリーリアを押さえつけさせる。

 つい我を忘れてたたずんでいた彼女は不意打ちにきゃっ、と小さく声を上げるとググっと押さえつけられ無理やり跪かされる。

 そして首を差し出し……。

 と、そこでイステティズモは違和感に気付く。

 ステージ上の話ではない。

 眼下、群衆の方だ。

 はるか向こう、後ろの方が騒がしい。

 ――何でしょうか?

 疑問が浮かぶ。

 そのまま処刑を強行することはできなかった。

 なぜなら前列の群衆までもが後ろの様子を気にして振り向く人間が多かったから。

 そんな気の散った状態でギロチンの刃を落とすわけにもいかない。

 はるか奥の人の群れから聞こえる喧騒は、徐々に大きくなっていった。


「押し寄せている?」


 それは人の大波だった。

 数千、いや、万に匹敵する人が広場に押し寄せてきているのだ。

 広場の向こうからだけではない。 

 路地からも、メインストリートからも、とにかくありとあらゆる広場に連絡する道から人の波がやってきて広場の群衆をぎゅうぎゅうと圧縮しているのだ。


「何事です!」

 

 イステティズモは叫んだ。

 もはや処刑見物どころではない。

 広場の群衆は下手すれば圧死しかねない状況だった。

 たまらず壇上に登って来るもの多数。

 ギロチンにかけられつつあるリーリアの姿が人影で見えなくなる。


「い、いけません、まだ処刑は済んではいないのです!」


 広場にはさらに人が集まってきている。

 処刑の続行は不可能だった。


「っく、ひとまずリーリア姫をステージから降ろして後ろへ隠しなさい、今はまだ王政に批判的な者ばかりが壇上に上がってきていますがそうでないものが来ないとも限りません。今の演説でこの小娘に共感した層に奪還されでもされればコトです」


 イステティズモは指示を飛ばす。

 その時だった。


「革命政府は食料を出せ!」


 いくつも重なって大きくなった声が聞こえてきたのだ。

 それは新しく来た群衆が発する声だった。


「革命政府は食料を出せ! 革命政府は食料を出せ!」


 それはどんどん大きくなる。


「一体どういうことですかこれは……」


 イステティズモの困惑はもっともだ。

 ついこの間まで不満の声は聞かれていてもここまで大きなうねりとなって革命政府にそれが向かうことなどありえなかったのだから。


「何が……」


 彼には見えなかったが、広場の彼方の一角では別の雄叫びが上がっていた。


「勇者万歳! 勇者万歳!」

「本当にギリギリだったようだな……」


 勇者アダムが姿を現したのだ。


「勇者!?」

「勇者様……?

「生きていたのか」


 それは群衆に波紋のように広がっていった。

 勇者が生きて、今この広場にいる。

 王族のように憎しみを受けているわけではない彼の存在は人々に無条件で受け入れられるものだったのだ。


「革命政府は食料を出せ! 革命政府は食料を出せ!」


 この人の流れはアダムの策によるものだった。

 今朝、彼は民の前に姿を現すとこう言ったのだ。


「君たちが未だに飢えているのは王族のせいか!? 違うだろう! 革命政府だ! 彼らの失政だ!」


 元勇者の演説は奏功した。

 何事かと集まった人々の動きは一つの方向性をもって、食料を隠していると言われた革命政府議会場に進撃したのだ。


「何ということでしょう……これでは予定が滅茶苦茶です」


 イステティズモは残念そうにうなる。

 少なくとも今日の処刑決行は困難だ。

 ショー的意味合いか、さもなければ政治的シンボルの意味合いも持つリーリア姫の処刑は、まず熱狂と静謐の絶妙なバランスの下に決行されなければならなかったからだ。

 目の前に広がる状況に歯噛みする。

 そして彼は群衆の中を歩み進んで来た勇者と相見あいまみえたのだ。


「姫様はどこだ!」


 壇上にまで上がった民衆が食料を求める声を上げる中、アダムの声はそれらに邪魔されることなくイステティズモの下へ届く。


「いやはやこれはこれは……。勇者殿ではありませんか。いつ以来でしょうな?」

「そんなことはどうでもいい。姫様は!」

「リーリア姫なら今頃馬車に乗せられている所でしょうよ。罪人にふさわしい場所に護送するために……」

「解放しろ! さもなければ……」


 イステティズモは笑う。

 

「さもなければなんだというのです? 私を殺すのですか? そんなことをすればこの国はどうなるやら。混沌が支配する無政府状態ですぞ?」


 勇者はチッ、とつぶやくとステージを回って裏手へ向かう。


「捕まえなさい!」


 全身鎧フルプレートを纏った衛兵が二人、アダムに向かう。


「邪魔だ!」


 アダムは剣を抜くと殺撃――刀身を持ち鍔の部分をハンマーに見立てて打撃する攻撃――を食らわせる。

 振り回されるアダムの剣に手前の衛兵の腕が鎧ごとへし折られ、二人目が足を痛めた。

 刺客でなければ罪はなかろうという不殺の配慮であった。

 アダムは勢いそのままに馬車へ向かう。

 すでに市民は彼のようにステージ裏にまで侵入せんとしていた。

 馬車の扉を開ける。

 果たして、そこには彼の宝石が座っていた。


「勇者殿!」


 抱きしめたい、ついアダムはそう思ってしまう。

 だがそうしていい立場でも状況でもない。

 ――ここをすぐに離れるべきだ。 

 アダムはそう判断しリーリアの手を取る。


「待って!」


 しかし彼女は馬車を降りたところで立ち止まる。

 まだ、この場で言うことがあるのだった。

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