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第二十九話 元姫は王道を語る(2)

 リーリアは続ける。


「そして、これが皆様とお話しする最後の機会かもしれないので、自分の思いをすべて語らせていただきますね」


 民はもう完全に彼女の話に聞き入っている。

 もっとも辛辣な王政批判者でも興味津々なのだ。

 リーリアの持つ特別な力と言えた。


「私は今回の逃避行で様々なものを見させていただきました。そしてたくさんのことに口を出させていただきました。私のような弱輩の口から申すには少々傲慢だったかもしれません。しかし今もそれは確かな真理として私の血肉の中に生きているのです。間違いなく、徳として尊ぶべきものです」


 言葉は続く。


「若者がいました。些細なことで不当に人を殺してしまった若者です。私はその若者の父親に、その罪を共に背負ってほしいと言いました」


 静かだった。壇上の少女から発せられる穏やかな気が荒み切った人々の心を慰撫しているのだ。


「親が子の罪を背負うように子も親の罪を背負うものです」


 それならば、父王の罪を背負ってギロチンに向かう気があるのか、群衆はそう判断する。

 しかし話は終わらない。


「困っていた人がいました。知識ばかりが先行して体験少なく、結果、自分を侮蔑するようになってしまった人……哀れでした。彼には体験が必要でした。しかし王族に求められるのは体験ではなく想像力なのです。普通、体験は想像力を得る手段に過ぎません。体験から何をどう得るかが重要なのです。しかし特に体験を得る機会が少ない人間、王族のような存在は想像でそれを補うしかない」


 リーリアは声にたおやかさと王族の矜持とを乗せる。

 載せて届ける、民衆の心に。


「民が王族を自分から離れた特権階級として差別するのなら、身を以て民の目指すべき範として寄り沿わなければならないのです。そしてそういう態度は伝統だからといって押し付ける気はありません。民の側が受容するかどうか選べるのです。勿論、王族としては私たち王族と共に伝統に服してほしいと願うところですが、所詮願いで会って命令ではありません」


 目を閉じる。

 そのまぶたの裏に浮かぶは何なのか。


「目に見えない力も信じなければなりません。たとえ私たちの目には空虚に映る神であっても、理解できない力をみさなんに分け与えてくれているのですよ。そこを信じなければ。王族も同じ……と言っても信じてもらえないかもしれませんね。でも事実そうなのです。王族は民へ向けて日々、見えないエネルギーを届けているのですよ」


 じっと聞き入る者とばかばかしいと思うものがだんだん別れてくる。

 リーリアが皆に掛けた「魔法」は解けつつあった。


「純潔を貫くことがいかに重いかを知らなければなりません。私はそれに殉ずる人の姿を見ました。自らに課した徳と共に歩むというのは本当に覚悟の要る話なのです」

「いい加減にしろ!」


 人の群れの中、名もない一人の怒れる男の声だった。

 

「お前は一体何の話をしているんだ! まったく訳が分からん。人民への謝罪か何かならまだしもなんだというんだ」


 その男は群衆の中より手を振り上げながら壇上へと声を張り上げ届かせている。

 周りの人間は振り返ってその男を見つめる。

 男は酔ったように顔を紅潮させながらまくし立てた。


「お前は自分の立場を何ととらえているのか、そこが聞きたい! 自分の罪深さについて自覚はあるようだからちゃんと自らギロチンの前に首を差し出してくれるんだろうな!?」

「いいえ。私としてはそれは回避したいと願っております」


 ざわざわという数千の重奏した声がさざ波のように広がっていく。

 意外な答えだった。

 最も熱心に聞き入っていた者も、この語り掛けは最後の断末魔のようなものだと解釈していたからだ。

 それがどうだ、死ぬつもりがない?


「いったいどういう積りだ!」


 別の場所から声が上がる。


「死ねよ! 頼むから! もう俺たちは苦しめられたくないんだ!」


 新たに声を上げたその男は長々と王族への呪いの言葉を並べ立てていく。

 酷い認識である。

 この世のすべての悪徳は王族に集中しており、それを除きさえすれば雲が晴れるようにすべてが上手くいくと言わんばかりだった。

 こういう手合いにとって死を受け入れない王族はそれだけで災厄なのだ。

 リーリアは返答に窮する。

 そういう人間を救う手立ては彼女にはないのだ。


「私は死にません」


 それが答えだった。


「私は死ねないのです。ですが、本当の本当に今のような思いが民の総意となったら、私は運命を投げ捨てましょう。私はみなさんの意思に従います」

「だったら死ねよ! 今すぐ! それがみんなの総意だ」


 そうだそうだという声はまばらだった。

 父王の時はこういう意見への賛同者が続出したものだが今回はみな慎重だ。

 まだ対話する余地があるようだった。

 ――まだ話をさせてもらえる。

 リーリアはそう判断すると喜んだ。


「みなさん」


 優しく声をかける。


「どうして、王族がいると思いますか?」


 これにはわーっと答えが返っていた。

 万雷の拍手のような勢いだったからとても一つ一つは聞き取れなかったが、その内容を記すとこんなものになる。

 曰く、特権階級として民から収奪するため、曰く、人民の上に君臨し舌げたいという欲動を満足させるため、曰く……まあ似たようなものだ。

 リーリアに否定的だった前列の連中が特に元気よくそんな風な言葉を吐いていた。

 逆に好意的な人間たちは何も答えられなかった。


「よろしいでしょうか!」

 

 リーリアは叫ぶ。

 しかし声は呪詛の嵐にかき消される。

 ようやく群衆の叫びの中から彼女の声が聞き分けられるようになったのは数分後だった。

 少しは収まってきた騒ぎの中リーリアは話を再開する。


「どうして王族がいるのでしょう。それは民のお手本となるためです」


 傲慢だ! との声が響くが、騒ぐ人間よりとりあえずでも話を聞きたい人間の方が上回ったらしく、沈静化していく。


「決して傲慢であるつもりはありません。誇りを持っていることは確かですが。……お手本。そうあるためには誰よりも清く正しくなければならないのです。それが王族の運命……。しかし世俗のまつりごとに関わる限り常に正しくあることは不可能になります。失政は政治の本質だから……。そこに矛盾があったのです。戦争と言う闇の中、先頭に立って民を導こうとしたのはおろかな誤りでした。引くべきだったのです。魔王ヴォルフガングのように」


 意外な名に広がる困惑のさざめき。

 いまや皆リーリアの真意を知ろうと話に聞き入っている。


「政治に関しては私たちなんかよりもっとずっと聡い方々がいます。政策決定・国家としての意思決定は臣下に任せ、王族は奥で泰然自若としていればよいのです。その意識が足りませんでした。しかしもし私の王族としての復権が許されるとしたら、そういう存在になるべきと考えます」


 一瞬、広場は水を打ったように静かになった。

 そして、始まる、怒号の嵐。


「ふざけるなー!」

「元の地位に戻るだとぉ!?」

「お前はここで死ぬ予定だろうが!」


 前列の王族否定組からすれば当然の反応だった。

 今度の騒ぎが治まってリーリアが発言できるようになるまで、また数分かかった。


「……もちろん、あなた方、民の意思次第ですが」


 リーリアは顔を一旦伏せ、また民の方を見据える。

 

「しかし私はあなたがた民の皆様の目につくところにとどまらねばならないのです。どうかそれをお許しくださいませんか? 飢えの問題を解決できない今言うのは外しているかもしれませんが、でも、ここで終わるわけにはいかないのです。約束します、あなた方が皆、こうなりたいな、と思える人間を目指しますから。高潔、貞淑、聡明……王族が備えるべき徳はいくつもありますが、理想の像に少しでも近づけるよう精進します、いえ、一緒にそこを目指して精進していきましょう、みなさんより頑張りますから、どうか!」


 聴衆の中にかつて王が断頭台の前で語った話を思い返す者がいる。

 それはリーリアの言った事よりもわかりにくかったが、同じことを言っていたのだ。

 広場の反応は割れた。

 復権など認めない、今すぐ死ね! という前列強硬派と、後列の何も言えないで黙っている派だ。

 力があるのはもちろん、前者だった。

 ここにきて初めてイステティズモが声を上げる。


「聞きましたねみなさん!」


 前列の意識がイステティズモとリンクする。


「これこそ王族の醜い本質です! 元の豪奢な生活に戻りたいとのことです! 人民の富を収奪して! いやはやなんともはや……強欲!」

「強欲! 強欲!」


 唱和が繰り返される。

 リーリアの身に当てられる熱気は血を求めるものだった。

 精神的味方であるはずの後列からは諦めと憐れみしか漂ってこなかった。


「そうです! あいつは王族なのです! だから存在してはいけないのです! 人格は関係ない! その血が問題なのです!」


 わぁーっと歓声が上がる。

 熱狂。

 それに会場が支配されていた。

 処刑は……執行される運びとなった。

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