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第二十六話 元姫は王族の矜持を語る(1)

「枷など要りません。私は罪人ではないのですから」

「ダメだ。お前は罪人だ。人民を裏切った罪を背負った悪党だ」


 首都へ向かう馬車の中、リーリアの求めを跳ね付ける黒装束の頭目だった。


「裏切り、ですか」


 頭目は窓の外を見たままリーリアの方を見ることもなく答える。


「そうだ。いたずらに戦争を長引かせた罪だ。一体どれだけの民が苦しんだと思う? 革命政府が立ち上がったら見ろ。すぐに講和が実現したぞ。お前らは戦争で私腹を肥やしたかったから長引かせていたのだろう。これが裏切りでなくて何だ」

「まさかそんな……」


 リーリアは反論を思いつけない。

 政治的意思決定の場に自分がいたわけではないのだ。

 戦争が長引いた理由も、政体が変わったとたんにそれが決着した理由も、彼女にははっきりとはわからなかった。

 まだ十代の少女に過ぎない彼女には民衆を慰撫する王室の飾り以上の権力はなかったのだ。

 政治のもろもろはこれから学ぶところであったのだ。

 しかし賢い彼女はなんとか自らの言葉を紡ぐ。


「『私腹を肥やしたかったから』という事実はないはずです。しかし講和できなかったことに関しては父の失政。申し開きもないことです」

「父の咎であって自分は関係ないと?」

「いいえ。誰の罪だろうと王族は連帯して責任を負うものでしょう。それが王族の役目の一つです」


 頭目はため息を一つ、吐いた。


「だったら素直に処刑台に送られることだな」


 リーリアはなおも言う。


「人民はそれを望んでいるのでしょうか」


 頭目は初めてリーリアを見据える。

 怒りを込めて。


「当たり前だ! 見ろ! 今に首都につけば沿道にあつまるだろうさ、お前に呪詛の言葉を投げかける民がな!」


 リーリアはそれ以来、黙る。

 頭目は自分の言葉に気圧されたと思い、満足した様子だった。



 やがて、首都に着いた。

 大通りを元姫の乗る馬車が通る。

 事前に先触れによって予告されていた通りの到着だった。

 集まっていた民たちは馬車を見ると口々にこう言うのだった。

 

「王族は殺せ、王族は殺せ」

 

 と……。

 中には石を投げる者もいて、車体に当たって音を立てた。

 リーリアの耳にはそれがどれほど残酷に響いたことか。

 青ざめた表情で民の怒りを見守る彼女だった。

 にやにやと意地の悪い笑みでその様を見つめる頭目。


「どうだ? これでいい加減分かっただろう? 最後には必ず民が味方してくれるなどという都合のいい話をギロチンが下りる瞬間まで信じていたんだよなあ。あんたの親父も!」


 だがリーリアは民を信じるしかない。

 王族は民を信じ、民は王族を信じる。

 それこそがあるべき在り方だと父から教わっていたから。

 例え民の側からの信頼が損なわれても王族の側は絶対に民の心を裏切ってはいけないのだ。

 ……だが裏切ったと思われている今、リーリアには正直どうすればいいかわからなかった。

 泣いてしまおうか。

 立ちふさがる運命の前に膝を屈してそれから目をそらし、涙で盲目になるために。

 だがそれは決して選択できない道だった。 


「それでも私は死ぬわけにはいかないんです」

「何? さっき責任を負うと言ったではないか」


 リーリアは静かな調子で言い始める。

 

「確かに戦を止められなかったのは事実です。そのことは十分償うべきことでしょう。しかし私まで死んでしまったら、そこで王族と民の歩んできた歴史は途絶えてしまうのです。それだけは私は止めなければなりません」

「旧態依然とした考え方だ。カビが生えてるどころじゃないくらい古いんだそういうのは」

「それは我々が歩んできた歴史の長さを認めるということですか?」

「長いから何なんだ。お前らなぞ長きにわたって人民から富を収奪してきた寄生虫だ」

「我々はそれを強制したことなどないのですよ」

「嘘をつけ!」


 馬車の戸を叩く音と振動がリーリア姫の下に伝わってきた。

 

「歴史書にはいくらでも記されているだろうが! お前たち封建君主が国家のトップに居座っていたからこそ、全てが停滞し、民が苦しんでいたのだ!」

 

 リーリアは首を横に振った。


「いいえ、私たちの一族はいつも寄進によって糧を得てきました。そこには民と王との信頼関係があったのです。封建君主のような収奪関係が形の上でもできたのはここ最近、戦争行動を円滑にするためでした」

「そういう逃げの論理を打つわけか。確かめようもないからな。過去の民がどう考えていたなど」


 構わず話をつづけるリーリア。


「今一時、人心が王族から離れてしまったとしても、このことだけをもって歴史に幕を引くわけにはいかないのです。どうか民と話をさせてください。十分に話をしてもなお民が私をギロチン台に送るというのなら、それを受け入れましょう」

「我々は民の代表だ。我々の決定は民の心だ」

「いいえ。私は何者も何者を代表することはできないと考えています」

「お前は議会制民主主義を否定する気か!」


 また馬車が揺れた。

 臆さず答える。


「それは国家の意思決定を円滑にするシステムであって、歴史の流れをどうこうする力はないと思っています。やはり、民一人一人の声に耳を傾けなければ」

「話にならん」

「あなたは――」


 リーリアは強い調子で言う。


「あなたは事実から目を背けてらっしゃる。私たちの歴史は確固たるものです。民と我々の誇りをどうか認めていただきたいのです」

「そんなものは知らんな」

「どうか話を……」


 頭目がズイと身を乗り出した。


「ギロチン台に送る前に犯してやってもいいんだぞ? お前みたいなのはそれが一番きついんだよな? 


 沈黙。

 頭目はふっと笑って背もたれに身を預けた。


「まあやらなんがな。さっきの女みたいになられちゃあ俺らがギロチン台送りだ」

「あなたは畜生です」


 バシン。

 平手打ち。

 出血こそしていなかったが、リーリアは頬とあごに感じる痛みに涙をこぼしそうになる。

 しかし耐える。

 みっともない姿など決して見せられないのだから。

 やがて、馬車は革命政府の議会場となっている、元は王族の静養施設だった建物に着いた。




「お久しぶりですな。リーリア様」

「お久しゅう。イステティズモ」


 元宰相、現人民会議委員長、イステティズモ。

 長身、痩身、黒髪をオールバックに撫でつけたこの男こそ革命の首班であった。

 革命前、王や姫に面従腹背しつつ秘密裏に事を進めていたのだった。

 

「確かに、送り届けましたぞ。将軍の軍隊は必要ありませんでした」

「左様ですか」


 イステティズモはワイングラスを片手にせわしなく部屋の中を歩き回っては書類や家具をいじっている。

 およそ落ち着きと言うものからは程遠い男なのだ。

 常に何か仕事をしていないといられない。

 仕事中毒者ワーカホリックと言えた。

 ガサガサ言わせつつ、リーリアと黒装束の頭目の方をちらりと見ると問いかける。


「姫様の頬が腫れているようですが」

「はっ、それは……」

「あなたがやったのですね?」


 沈黙。

 頭目は冷や汗をだらだらと流す。

 自分の机の上にグラスをカツリと置くとイステティズモはツカツカと彼に歩み寄る。

 うつむき加減で叱責と処分の申し渡しを待ち受ける頭目であった。 


「も、申し訳……」

「いいじゃないですか」


 驚いて顔を上げる。

 イステティズモは普段めったに見せない笑顔に頬をほころばせていた。


「人民の敵を打擲する、いやはやなんとも痛快じゃありませんか。そうでしょう? リーリア様」


 急にそんな話を振られて返答出来ようはずもない。

 リーリアは黙殺する。

 そんなことはお構いなしと言った風で、躁病患者のように身振り手振りも激しく持論を展開し続けるイステティズモ。


「まったく、近頃の人間は理性を偏愛しすぎます。極度に理性的に振る舞うことで理性からその分愛されるとでも思っておいでなのでしょう。そうではないのです、こと、王族などと言う生き物に関わっては! 彼らは地上で唯一、残虐を行使し、また、行使されるべき人格なのです。古代の例を出しましょう、飢饉、災害が王のせいとされた場合、もしくは敗戦の敵国や政争に敗れた王族の末路などは特筆すべきでしょう。目をくりぬかれ、皮を剥がれ、残虐な方法で屠殺されるのです。それまでは華美な服装に身を包んでいた当の王族がですよ? つまりは王の肉体とはつまり人間とは違った意味を持つわけですな……」

「あの……」


 頭目が口を開く。


「それとこれとどういう関係が」


 イステティズモはずっと早口でまくし立てていたが、その言葉にピタリと止まり、頭目の顔を見据える。

 頭目も背が高かったが、それ以上の長身に上から見下ろされ、思わずたじろぐ。

 そんな様子を見てにっこりとほほ笑むイステティズモだった。


「つまりあなたが打ち据えたのは王族と言う存在そのものだということです。人民の仇を討ったわけですな。いやはやなかなかできることじゃありませんよ。私でさえ手が止まります」

「はあ、どうも」


 それから二言三言やり取りがあった。

 褒められているのか何なのかよくわからないまま頭目は部屋を下がるのだった。

 彼が下がった後でイステティズモは側近に、


「あの者は処分です、直情径行の人間は危険です。無能な働き者と言えるでしょう」


 と言うのだった。

 黙ってそれを見ているリーリア。

 その男は今しがた部下の生死を決めたことなど何でもなかったというようなたたずまいでいる。

 そして彼女は視線を切り、スッと窓辺に寄る。

 外を見下ろせば、そこには多数の民が……。

 みな何か叫んでいるようだ。

 きっと、王族に対する不満と怨嗟の言葉を発しているのだろう。

 リーリアは、彼女の国の中心で一人なのだった。

 無防備にも物憂げな横顔を晒す元姫を、じっと鷹が獲物を見つめるような目で射貫き続けるイステティズモだった。

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