表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
純と剣 ~元勇者は元姫と旅をする~  作者: 北條カズマレ
第八章 三人の幼馴染達
25/33

第二十五話 元姫は純潔の本当の価値に触れる(4)

 油断した……。

 いつの間にかの包囲、幾ら夜道とは言え完全にアダムの失態である。

 相手は一体幾人いるんだろう。

 辺りに目を配る。

 十人は下らなかった。

 この中を姫様を守りながら?

 不可能かもしれない。

 魔法で切り抜けられないか……? 

 即時転移魔法は一人用だし、行ったことのある場所にしか行けないという制約もある。

 他の魔法は役に立ちそうにない。

 分が悪くてもやるしかなかった。


「勇者殿!」

「伏せていてください!」


 勇者はフレアの呪文を唱える。

 中空に出現した光球の光に町の有様がありありと浮かびあがる。

 黒装束の数がはっきり見て取れた。

 前方六人、後方五人。まだ隠れている可能性はあった。

 全員、るべきか否か……。

 邪魔な相手だけを斬り捨てて突破したとして宿屋が安全とも思えなかった。

 もしかすると馬車にも罠が仕掛けられているかもしれない。

 となるとひとまずこの場の全員をなんとか倒してひとまずの安全を確保しようと考えるアダムなのだった。

 

(自分にならできるはずだ……)


 二人同時に切りかかってくる。

 アダムは腰をかがめた低い前転で攻撃を回避し、抜剣。

 地面に片手を突いたまま振り向きざまに一人のアキレス腱を切り付け、切断する。

 彼はバランスを崩しがっくり倒れる。

 立ち上がるアダム。

 ――あと十人。

 今しがた切り付けられた男が足から血を流し、地面に倒れ這いつくばっているのを尻目に他の者の立ち位置を確認する。

 アダムとリーリアを中心に黒装束たちは道一杯に広がって円陣を組んで二人を逃さない構えだ。

 地面の男に剣を突き立て、とどめを刺す。

 リーリアが顔を背ける。

 仕方ない。

 足一本程度で戦意を喪失するほどの者が刺客をやるはずもないのだ。

 やわらかい肉にぐっさり刺さった剣を抜くと、アダムは攻撃魔法を詠唱し始める。

 敵の間に緊張が走る……。

 飛びのく者、かえって好機とこちらに突っ込んでくる気配を見せるもの、まちまちだ。

 詠唱を終えるとアダムは突っ込んできそうな人間三人を選び取ると氷雪系魔法を浴びせかけた。

 すなわち、大気中の水分と魔法により物理法則を無視して生じた水分とを氷結凝固させ、三人の足を地面に凍り付かせたのだ。

 ――これで行動可能な敵は七人!

 アダムは積極的に切りかかっていく。

 仲間の脚が凍り付いた状況にうろたえていた一人に狙いを定め、上段に構えた剣を振り下ろす。

 しかし敵も慣れたもので、適切に反応する。

 繰り出された剣撃を自分の長剣ロングソードで受け止めると、刃を鍔で凌いでアダムの胸元へと切っ先をねじ込もうとする。

 しかしそれをさらに払って逆に相手の胴に切り込むアダムだった。

 バックリと開いた腹からジワジワと血が染み出し、内臓がボロっと出てくるのがわかった。

 その男が溜まらず膝を突き、戦闘能力を喪失したのを確認するとアダムは瞬時にその体を返してリーリアの下へ向かうのだった。

 一瞬でも彼女の身から盾となる人物がいなくなれば即、襲われるのは自明だった。

 果たして、地面に臥せっている彼女に向かう敵が二名……。

 アダムは雄叫びを上げると全速の踏み込みで対応する。

 瞬きの間にリーリアと敵の間に割って入る。

 二人同時に相手取るわけだ……。

 剣先を自身の正中線上に置き、腰をかがめて敵の攻撃を待ち受けるアダムへと左の敵の剣が振り下ろされる。

 万が一にもリーリアの方に攻撃が流れてはいけないので、受けたそれを安全な方へと反らし、踏み込んでもう一人の敵に攻撃を浴びせかける。

 攻撃が自分に来ると全く思っていなかった彼はアダムの横薙ぎの一撃をまともに頭に受けて絶命した。

 その様を呆然と見ていたもうひとりの敵は、アダムの蹴りに反応できず、鳩尾みぞおちに盛大に靴のつま先をめり込ませられる。

 ゲホォッと声を上げてのけぞった彼の頭にアダムは渾身の振り下ろしを食らわせる。

 こうしてアダムはリーリアへの敵の攻撃を凌いだのだった。

 唯一の誤算は伏せっているリーリアが吹きあがる血を被ってしまった事か。

 だが傷はない模様。

 よかった。

 胸をなでおろす元勇者であった。

 ――あと四人か。

 見ると、氷で足を固められた者たちは懸命に剣をアイスピックのようにつかってそこから脱出しようとしている。

 戦闘に加わってくるのは時間の問題だが、大丈夫だ。

 残りの四人を倒してこの場を去るくらいの時間はあるだろう。

 その四人がジワジワと迫って来る。

 ジリジリと距離が詰められてくる。

 四人同時攻撃。 

 アダムが上手うわてであることを見抜いた彼らに残される道はそれしかないのだった。


「うあぁ!」


 四人が雄叫びを上げながらアダムの四方より同時に剣を繰り出す。

 全員が大きく振りかぶって叩き切るように振り下ろしてくる。

 アダムは冷静に対処する。

 相手の剣に合わせ深く身を沈ませると敵の一人の両腕を掴んで自分の後ろへと投げる。

 必然、そこは自分がもといた位置であり、そこめがけて残り三人の剣が降り注いだ。

 グシャッと三本の剣が投げられた男の身体に食い込んだ。

 集団戦に不慣れな故に同士討ちをしてしまったショックで身が固まる三人。

 それを数舜のうちに全員切り捨てるのはアダムにとって難しいことではなかった。



「さあ、なぜ居場所が分かったか吐いてもらおうか」


 アダムは足を地面へと凍りつかせている三人のうち一人をリーダーと見定めると尋問を始める。

 リーリアは起き上がると倒れた人影に目をやり悲しい顔をする。

 気に入っていた服が返り血で台無しになったことも構わないようだ。


「さあ、答えろ!」

「あんたら……とうに売られてるんだよ」


 二人は顔から血の気が引くのを感じた。

 ――魔王ヴォルフガング。

 こんな回りくどい真似をするならなぜ最初から!


「魔王が裏切ったということか!?」


 アダムはさらに男を問い詰める。


「魔王? 何のことだ? とにかく我々は魔族からの情報提供を受け……リーリア姫を生かして連れて来いと……」


 クソッ。

 おそらく事実はこうだろう。

 魔王はこの件に関しては関知していない。

 だが自分たちへの情報提供と位置把握に関係する魔族の一部が裏切り、自分たちの居場所を逐一革命政府側に伝えているに違いない。

 アダムは三人を殴りつけて気絶させる。


「もうこの町は安全ではありません、すぐに逃げましょう」

「しかし、魔王様からの使い魔が……」


 アダムはリスクとリターンを勘案する。

 魔法石を持つことはつまり敵に居場所を知られることでもあるが、これからの指針となる情報を手に入れる唯一の手段でもあるのだ。


「どうしましょう、勇者殿。魔法石は宿屋においてあります」


 考える。

 だが時間もない。

 急いで出した結論は、「この町でギリギリまで使い魔を待つ」と言うものだった。

 無論、いつまでも待つことはできない。

 こいつらは先遣隊だ。

 気が逸ったのか、早目に襲ってきてくれたので情報が洩れていることが分かったのは救いだった。

 もし軍勢に街が包囲されるような事態になればどうしようもなかった。

 まだそういう事態にはなっていないということの証左でもある。

 最悪明日の日中にはおそらく囲まれているだろうが。

 期限は日が昇るまで……。

 それまでに町を出なければ危なかった。

 二人は夜明けまでとどまり使い魔を待つため宿屋に取って返すのだった。



『キャスティ、ヴェルトゥ、ユーリを解放して欲しければ北の門まで来い』


 書置きだった。

 ご丁寧に、宿屋の部屋のなかに置いてあるのだった。


「クソ!」


 正規軍のやり方とは思えない。

 第一、何も手を出さずにいればのほほんとしていた二人は逃げ場のない状況に追い込まれていただろうに。

 おそらく、襲撃も含め功を焦る何者かが拙速で行っている作戦なのだろう。


「仕方ありませんね」


 覚悟を決めるリーリア。

 犠牲を出したくないという意思を大前提に行動していた以上、こうなってしまっては手も足も出ない。

 今逃げても三人は殺されるだろうし、逃げなくても明日には町は包囲されているだろう。

 ならば言うとおりにしてチャンスをうかがった方がよさそうだった。

 


 未明。

 北の門。

 アダムとリーリア、二人はそこにいた。

 黒装束たちが集まっている。

 総勢十人ほどか。

 もう一度先ほどの大立ち回りを演ずるのは難しいだろう。

 リーリアは血まみれだった衣服を着替えていた。

 これから自分の身柄を預けるかもしれないのに少々無礼な服装だったという理由からだ。


「三人を解放してもらおう!」


 アダムは叫ぶ。

 やや狼狽した様子の黒装束たちであった。


「解放できるのは二人だけだ」


 アダムとリーリアは顔を見合わせる。


「なぜだ!?」


 数舜の間をおいて返答がくる。


「不幸な事故だったんだ」


 何のことだというのだろう。

 リーリアは心配げな顔を……。


「お姉ちゃんが死んだの!」


 ヴェルトゥの声だった。

 二人は凍り付く。


「こいつらのせいで……こいつらは何なの? 一体……あなたたちがいなくなったら突然現れて、そんで連れ去られて、お姉ちゃんが……」

「そんな……」


 リーリアが呟く。

 アダムは言葉もない。


「我々は殺してなどいない。交換に際しての条件には違反していない。あれは事故だった」


 黒装束の頭目と思しき人間が言う。

 ヴェルトゥは大いに反論したいようだ。


「ふざけるな! あんたたちが殺したようなもんだろうが! お姉ちゃんは、お姉ちゃんは……。お姉ちゃんはやっと私の純潔を守ったんだ! こうなるくらいなら守らなくてもよかったのに! 私と同じように犯されてもよかったんだ! そうすれば一緒になれたのに! 私よりユーリを取ったんだね!? ユーリに義理立てしたかったんだね!? そんなのないよぉ!」

「うう、キャスティ……」


 泣き崩れるユーリとヴェルトゥだった。

 リーリアとアダムはだいたい状況が飲み込めた。

 汚されそうになったキャスティが自ら命を絶ったのだ。


「こんなやりかたで純潔を体現することになるなんて……」


 リーリアもアダムも怒りの感情が身の内にマグマのように昇って来るのを感じた。

 だがどうしようもない。

 ヴェルトゥとユーリ二人の首に剣が押しあてられていたのだから。

 リーリアは素直に向こう側に行くことに応じる。


「姫様……!」


 アダムを振り向くと言うのだった。


「大丈夫ですよ、勇者殿がいるのですから。お二人の無事を確保したら、即座にここを離れてください。そして、助けに来てね」


 アダムは歯ぎしりして激しく後悔する。

 何をするかもわからぬ敵の手に彼女を落としてしまうことを。

 決意した顔で黒装束たちの下へ向かうリーリアと絶望的な表情でこちらに歩いてくる二人だった。

 リーリアが彼らの下に達した瞬間、通りのあらゆる家屋から弓を構えた黒装束たちが現れ……。

 アダムは障壁魔法を唱え、ヴェルトゥとユーリ、自身の身を矢から守る。

 カツカツと幻の壁に矢が当たる音を尻目に、元勇者は二人に謝罪するのだった。

 

「本当に済まない、俺たちのせいでキャスティが……」


 憮然とした表情で、聞いているのかいないのかといった顔の二人だった。

 

「さ、今のうちに建物の影に……」


 アダムは二人を導く。

 しかしどこへ行かせようというのか。

 あの優しい姉の、貞淑な未来の妻のいない場所へ?

 ヴェルトゥがアダムの方を見返して言うのだった。


「絶対、許さないから」


 アダムは胸の痛みを感じつつ、二人の安全を確認すると、敵の手の及びそうにない場所へ自らを転送するのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ