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第十八話 元姫は神と出会う(1)

 目的地は馬車で一昼夜走った先にあった。

 これまた簡素な集落だった。

 この前までいたゴブリンの集落より少し大きい程度だろうか。

 無数のテントが並び、家畜化されたモンスターがいなないている。

 どうやら牧畜を営む魔族らしい。

 一つのテントから獣のような毛皮の表皮をした男が顔を出す。

 骨格は人間のそれよりはるかに立派で頑強そうだった。

 そして頭部は犬のそれと全く同じ……。


「人間? なぜ人間がここに!?」


 馬車に乗るアダムとリーリアを見て犬男がおどろく。

 ここは犬の獣人、犬人いぬびとの部族の集落だったのだ。

 好奇と驚きの視線に構わず馬車で広場まで進む二人だった。

 何事かと集まってきた獣人たちの前で馬車のほろを畳み、簡易のお立ち台を作る。

 そしてアダムがこう口上を述べたのだ。


「我々は魔王様の特使としてここへ来た。この集落には内戦一歩手前の不和があると魔王様も聞き及んでおいでだ。我々はそれを穏便に解決しに来たのだ。これが書状だ。読み上げよう。『余は汝ら臣民に対し……』」


 そう言って魔王からの書状を見せつけるように掲げつつ読み上げるアダムだった。

 まさか人間が魔王様の特使など……。

 いや、だがみろ。あの魔法認証印はまぎれもなく本物のはず……。

 集まった犬人いぬびと達がざわざわと話し込む。

 書状は魔王の名のものとに争いを厳禁する内容であった。

 だがこれだけで事が済むなら二人に頼みごとがなされるはずもない。

 アダムが書状を読み上げ終わったとき、辺りはしんと静まり返って、ただ集まった犬人いぬびと達が馬車へと視線を注ぐのみであった。


「何の騒ぎかね?」


 現れたのはこの集落のおさであった。

 彼だけ体毛が白く、ひときわ大きな体格をしていた。


「あなたがここのおさの方ですね」


 リーリアが訊く。


「いかにも。君たちは魔王の特使ということだったがこれはどういうことかね?」


 アダムがかいつまんで説明した。

 魔王の意思を。

 今度は集落側の事情を詳しく聞く番だった。


「一体なぜ部族内の争いに発展しかけているのです?」

 

 と、リーリア。

 おさは自分のテントで詳しく話すと言い、二人を伴って広場を後にした。



「若者の中に神を信じぬものが増えているんだ」


 長は言った。

 神?

 二人はこの集落で信じられている神について質問する。

 どんな神なのか、と。

 まさかゴブリンたちの時のようにドラゴンが崇拝されているわけでもあるまいが。


「洞窟に住まう妖精神だな。それが我々の神だ。魔族や魔力を持つ人間が近づくと姿を隠してしまうのだ。ゆえに我々には存在を確認できない。だからこそ若い世代の中には神を信じない者が増えている。必然、神のために捧げものを怠らない上の世代との対立が生じてくる。貴重なリソースを何の意味もないことに費やすな、とのことらしい」


 二人はさらに話を聞く。

 集落のリソースは足りているのかと。


「残念ながら食料は今年はギリギリだな。捧げものをしたら冬を食いつなげるかわからん」

「捧げ物は具体的にどうするのでしょう?」

「燃やす。燃やしてその煙が洞窟に満ちるようにすればよい。儀式が終わって我々が洞窟の外に出た後、妖精の神々がその煙をむのだ」


 なるほど……。

 だいたい状況はわかった。

 信仰を取るのか飢えない冬を取るのかという話か。

 リーリアとアダムはそう現状を理解する。

 次は若者の派閥の話を聞きに行くことにした。



「全くの迷信と言わざるを得ません。今のままでも足りそうにない食料を燃やすなど狂気の沙汰です。このまま愚かな儀式を断行すれば餓死者が出ます」


 犬人いぬびとの若い女の話は正論に聞こえた。

 彼女のテントの中には男女多数の若い犬人いぬびとが集まっていて異様な熱気であった。


「即刻! このような風習はやめるべきです! 悪しき伝統は変えるべきなのです」


 何やらこの前のリーリアの様な事を言っている。

 ではリーリアはこの犬人いぬびとの女性に同調するのだろうか?

 アダムは思う。

 そうではないだろう、そこまで即断の人ではない、もっと慎重な人だと彼は知っている。

 事実、リーリアは判断を保留とし、若者たちのもとを去った。


 逗留を許された集落のおさのテントの中でリーリアは一人思うのだ。

 今回のことはそう単純には解決できない、と。


 朝が来る。

 今日中には結論を出さないといけない。

 儀式の結構の日は迫っていたのだ。

 昨日のように馬車の上に立って皆を集めて、アダムはリーリアの考えに期待する。

 ただ単純にどちらかの勢力の要求を全面的に通すような、のちに禍根を残すようなやり方はしないはずだと信じていた。

 年長者の意見を聞き入れれば餓死者が出るし、若者の意見を聞き入れれば年長者は納得しないだろう。

 果たして、リーリアの結論は……。


「神と、話をさせてください」

 

 ……意外なものだった。

 若者の代表である若い犬人いぬびとは信じられないという風に驚愕の表情を浮かべ、おさはあまりに不遜な物言いに憤慨した。


「バカなことは言わないでくれ! 畏れ多くも洞窟の妖精神と話をしようなど言語道断!」

「そうです! まさかあなたは本当に神がいるとでも御思いですか!?」


 馬車の上のリーリアに向けて非難が轟轟と浴びせかけられる。

 二種類の非難……。

 すなわち、神を畏れよ! というものと神などいない! というもの。

 やがて、群衆の中に異なる意見を持つ者同士が争い合う様子が見られ始める。

 それはやがて暴動と言える規模に発展し……。

 ――まずい。

 これでは内戦を止められないどころか助長している。

 アダムは焦った。

 リーリアの方を見る。

 彼女は微動だにしない。

 仕方ない。

 アダムは自分とリーリアと、それから馬車を雷撃系無効化防壁で包むと落雷を引き起こす呪文を唱えた。

 ドン、という轟音と共に雷が二人を直撃し、アース作用を持つ防壁を流れて地面へと消えた。

 あまりのことにみな争いをやめて二人の方を見やった。

 やっと口を開くリーリアだった。


「みなさん」


 いつも通りの、聞く者を優しく縛り付ける不思議な声だった。


「御覧になったでしょう。この者は魔法を使います」


 だから何なのだ? 脅しているのか? みな取っ組み合いに掴み合ったままの姿勢で固まり、理解できないという風だ。


「つまり魔力を持ちます。魔族であるあなたたちも生まれながらに魔力を帯びています」


 話が見えてきたようだ。そういうことかと分かったような表情を浮かべるものが増えてくる。


「ですから私しかいないのです。魔力に反応し、姿を隠してしまう妖精神の方々と直接お話しできるのは」


 今の言葉が意味するところを租借せんとする……。

 人々はリーリアの方を見る。

 この高貴さを漂わせる少女が彼らの神に謁見するだと?

 ……。

 それは可能かどうかはさておき許していいことなのか?


「それはならん!」


 おさが言った。

 これまでにない剣幕だ。


「畏れ多くも神聖不可侵なる神の洞窟によそ者が入るだと!? 許せるはずがないではないか!」


 しかしここでその声を遮るものが現れた。

 若者代表、犬人いぬびとの女である。


「いいや! 確かめてくればいい! 人間の女! そして嘘偽りなく報告するんだ、神などいなかったとな!」


 二人はにらみ合う。 

 長い間。

 いつの間にか広場を真っ二つに割っていた二つの勢力の構成員たちもまた、にらみ合う。

 どれくらいの時がそのまま流れただろう。

 口を開いたのはやはりリーリアだった。


「結論が出ませんね」

 

 悲しげに言う。


「ここは年長者の側に折れていただきませんと。大丈夫です。神の前ではお行儀良くさせてもらいます。ですからどうか、神様とお会いする許しを私にください」


 頭を下げる少女に譲歩したのは結局、おさであった。



「ではこの方角なのですね?」

「はい。途中ではモンスターが出ますので護衛を……」

「俺一人で十分です」


 アダムが言う。

 しかし、ここで口をはさむ者がいた。


「待った」


 見ると、離れた建物の壁に身を預けてこちらに声をかけるものがいた。

 それは白い体毛で立派な体格の壮年に差し掛かった犬人いぬびとであった。

 全身の傷のせいか毛がところどころ抜け落ち醜悪な様相だ。

 彼は戦士だった。

 この村一番の。

 そして村一番の狂信的な神の崇拝者でもあった。


「許せねえ」


 彼は言った。


「どうして人間ごときが神の元へ……」


 歯ぎしり。

 ゆっくりと歩み寄ってくる彼。

 そんな距離でもギリギリという音が聞こえて来そうだった。

 壮年の犬人いぬびとは勇者の前まで来るとこう言うのだ。


「畏れ多くも我らが神は経緯を持たない者が近づくのを嫌っておられるに違いないのだ。どうしても行きたいのなら私を倒していけ」

「おい! お前! またそんなことを!」


 おさが彼を諫めようとするが、聞かない。

 どうやら神の領域を不当に犯そうとする者に彼は容赦しない性質たちのようだ。

 実際、洞窟に侵入しようとした若者の腕を自慢の剣で切り落としたこともあるくらいだ。

 それでも、おとがめなし。

 刑事権は年長者の握るところだったので、若者が神を場を犯そうとしてそういう目に遭ったとしても年長者は誰も弁護しないのだ。

 こういう手合いのせいで世代間対立は決定的になっている、という事情もあった。


「どうする?怖気づいて帰ってくれるなら結構。それともこの剣の錆になるか?二人とも!」


 シャリーン、と壮年の犬人いぬびとが剣を抜き、切っ先をリーリアに向ける。

 その瞬間ガチャっと素早く抜刀した長剣ロングソードではたき落とすアダムだった。


「やる気十分というわけだ。やってくれるね?」

「お前……」


 おさが蒼白な顔でこの狂った犬人いぬびとを見る。

 仮にも魔王の特使に剣を向けるなどあり得ないことだった。

 結局彼は戦えればそれでいいのだった。

 アダムはあの女戦士を思い出した。

 だがこの男にはさらに信仰心が加わっている。

 ある種野良犬と言えた女戦士よりも数段手強い相手に思えた。


「お嬢様には絶対手を出すな」

「あんた一人を殺せば神の洞窟を汚されないで済みそうだな」


 壮年の犬人いぬびとはいやらしい笑みをにぃっと浮かべる。

 アダムと彼は決闘をすることになるのだった。

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