第十七話 元勇者と元姫は貴き人に会う(2)
翌朝。
二人。
談話室。
いただいた魔界の紅茶を飲みながら今日のことを考える。
味わったことのない香りのハーブティーであった。
それにしてもかつての敵国の姫の復権のための策を考える……。
魔王にしてはお人よしにすぎるような気もしたが、彼の人徳と打算によるものだと納得する。
だがリスクが見合うようにも思えない。
きっと何か要求してくる。
アダムは思うのだった。
今度は謁見の間ではなく、密室での話し合いとなった。
謁見の間の脇の小部屋に通された二人はヴォルフガングを待つ。
果たして、魔王は護衛一人だけを連れて現れた。
昨日よりよほど彼我の距離は近く、テーブル一つ分だ。
――本当に背が小さいのだな。
魔王は170センチとそう高いわけでもないアダムより頭一つ分小さい。
リーリアと比べても目で見てわかるほど。
そんなことはどうでもいい。
問題はどういう話を持ち掛けてくるか、だ。
「これから述べることは重大な内政干渉、いえ、破壊工作ともいえます」
その言葉を聞き、二人は身構える。
「その前に言っておくことがあります。勘違いしないで下さい。余が協力するのは信用あたう存在が政治的中枢にいた方が物事がうまくいくと判断したからです。正直なところ政治的な付き合いをする相手として共和制国家というのはこれまでなかったが故、腹の中を探りがたいところがあるのです。あの共和制国家が君主を再び招き入れ、君主制に移行し、あなたと平和なやり取りができるとしたら最善ですが、しかしそうは上手くいかないでしょう。そして、そうなれてもやはり私と同じようなお飾りとしての、政治的に利用されるだけの存在でしょう。しかしもし本当にあなたが人心を掌握し続けることができるなら、その存在感は決して無視できないものになる。平和を追い求めると誓いますね?」
リーリアは当然、
「はい」
と答える。
よろしい、とヴォルフガングは頷く。
きっとまだ信用しているわけではないだろう。
「イステティズモという男を知ってますね?」
「宰相の、ですか?」
アダムも名前だけは知っている。
かつての王国の宰相の名だ。
「実のところ彼こそが革命の元凶です」
ヴォルフガングのその言葉はリーリアにはあまりにも意外なものだったらしい。
硬直。
身も心も数舜全く動けなくなってしまう。
――まさか彼が……。
リーリアの心は凍りつく。
最も信頼していたはずの人物が父母を不当に処刑台に送った張本人だなんて……。
「あなた方は今の王都の状況をご存じないでしょうから余が知りえた情報をお教えしますね」
そう言ってヴォルフガングは自ら人間の国の首都の状況を教えてくれるのだった。
革命の嵐吹き荒れる街では人心は荒み、貴族たちの死体で街が溢れかえっていること。
急進派の苛烈さに対する批判がくすぶっていること、など。
「ひどい……」
自分が暮らしていたころとはあまりに違う首都の様相にリーリアはその端正な顔を悲しみにゆがめる。
ヴォルフガングが続ける。
「まだ人心は王族から離れていないと聞いています。急進派首班である彼を討ち、勇者殿が何がしかの正当性を示すことができれば……。最小の流血で王族復権への政治的突破口が開けるかもしれません」
リーリアの顔がパッと明るくなり、勇者の方を見る。
微笑み返すアダムだった。
「ですがこの賭けをただでオススメするわけには参りません」
来た……。
対価の話だ。
二人は身構える。
「あなたの問題解決能力を測らせてもらいます。それは……」
それは対価というより試験であった。
詳細を聞くにつれリーリアの顔が険しくなっていく。
……最後まで話を聞いたとき、二人の顔は曇っていた。
随分ふっかけられたものだ。
会談は終了した。
魔王側は宰相イステティズモの情報提供、リーリア側は申し出のあった案件の解決、それぞれを負う。
席を立っていざ王城を去ろうという時、アダムは一つだけ魔王に質問をした。
「私が恐ろしくはないのですか? 政治的射状況が落ち着いたら私は再度あなたを倒すことを求め始めるかもしれない」
ヴォルフガングは優しい顔で答えた。
「それも仕方のないこと。魔王は恨まれていますからね。しかし私は死ぬわけにはいかないし、死んでも何の意味もない。」
「そしてあなたを討つことにも何の意味もない」
「わかっておられるではないですか」
「それでもあなたを敵視することで治まるものが……」
「なるほど」
「申し訳ありません」
魔王に対してこんな気持ちになるなど思いもかけないことであった。
「姫様が上に立って人心が洗われ、魔王への憎しみが消えるその日まで……」
「この世代では実現できないでしょうな」
「少なくとも勇者が不要なところまでは今世代でなんとか持っていきます」
貴き人との話し合いは終わった。
次は頼まれた仕事の解決である。
青の鱗が一緒に運んできてくれた彼らの馬車に乗って、二人は王城のある山岳地帯を抜けていく。
もう来ることはないだろう。
魔族の密偵が得たイステティズモや人間の国の首都の状況に関しては逐一蝙蝠型の使い魔による伝書で伝えてくれる手はずだった。
そして今回の任務の成否もその方法で伝えることになっていた。
「私にこんな役が務まるでしょうか」
「魔王たっての頼みなのです、やるしかないじゃないですか。いえ、きっとできるはずです。今までやってきたことから見れば、ほんの少し難しいだけですよ」
魔王の頼み……それは、内戦に発展しかけているある部族内部の争いを止めること……。
できなければ協力はしないということだった。
なるほど。
アダムはなんとなく合点がいく。
これくらい解決できなければ姫に返り咲いても平和維持能力を信用できぬということか。
そう考えると合理的であった。
二人は行く。
自らの使命の道を……。




