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純と剣 ~元勇者は元姫と旅をする~  作者: 北條カズマレ
第五章 ゴブリン達とドラゴン
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第十三話 元姫は伝統のあるべき姿を語る(1)

 城の外では歓声が聞こえる。

 リーリア王女は純白のドレスに身を包み、バルコニーに現れる。

 笑顔で手を振る。

 傍らには夫となったアダムもいる。

 万民の祝福の中、リーリア王女は今日も人のあるべき姿を語るのだった。


「姫様、姫様! 起きてください」


 幻想の世界が太陽の雲に隠れるように見えなくなり、代わりに現実がやって来る。

 リーリアは馬車の荷台でいつの間にか眠ってしまったようだった。

 馬車の幌から顔を出して辺りを見回す。

 枯れた木々、荒れた大地、なにより夕焼けでも染まらないような鮮血の赤に染まった異様な空。

 まさしく、そこは魔界に違いなかった。


「これからは簡単に宿が探せる旅にはならないでしょう。それから、正体がバレたら刺客だけではなく魔族からも襲われる可能性があるとお考え下さい」


 そんな不自由さはとうに説明を受けている。

 改めて解説されたそれを咀嚼しながらリーリアは訊く。


「わかっております。ではどこへ向かいましょう」


 アダムは御者席から立ち上がると指を指す。

 遥か地平線の先を。


「この方角に村があります。まだ人に対し敵対的でないゴブリンの村です。対価さえ払えば長く泊めてくれるでしょう。そこで追手がまだ来るか確かめて今後の方針を決めましょう」


 そう、なにも決まっていないのだ。

 勇者が魔王を倒す姿勢を見せ続け、人々に希望を与えること、それは決定した。

 だが他のことは何も……。

 リーリアは思い付きを口に出す。


「魔王に、会ってみませんか?」

「ええ!?」


 アダムは驚いて振り向く。 

 魔王ヴォルフガングに会うだって?

 瞬時に頭を駆け巡る思考。

 そもそも会えるのか、会ってどうするのか、会ったら自分は彼の者を討たねばならないのではないか、討たなかったらそれ以降の行動に整合性がなくなるのではないか……などと。


「無理……無理ですよ姫様。それに会ってどうなるものもないでしょう? どうする気なんです」

「アダムもこのままでは落ち着かないでしょう? 相手が本当に討ってはならない存在なのか、よく見極めねば」

 

 その通りではある。

 会いもしないで結論を出せることではなかった。

 アダムにとって、心の隅でチクチクうずいていた部分だった。


「それもそうかもしれませんが……」


 逡巡する。

 結局その場では結論が出ず、日が暮れる前にゴブリンの町へと急ぐことにする。


 歓待は予想以上だった。

 どう見てもあばら家ばかりの貧しい村なのに、村人総出で出迎えてくれる。

 来客が来たことを諸手を挙げて喜ぶ村人の群れの中から村長が姿を見せ、自己紹介をする。

 ゴブリンたちはみな緑色の肌を粗末な麻のような素材の服で覆っていた。

 村長も例外ではなく、他の者との違いと言えば、黄色い目が長い眉毛で隠れていることと尖った耳がやや下を向いていることくらいか。


「よく来なすった、よく来なすった。御覧の通り何もない村ですがゆっくりして行って下され」

「ありがとうございます」


 アダムは村長にまとまった金を渡すと――共通通貨は戦時中ですら両世界に行き渡っていた――村のある家にしばらくの間留まらせてもらうことにするのだった。

 これでやっと追手を気にすることなくゆっくりと姫様に羽を伸ばさせてあげられる。

 そう思うのだった。


 この村にしては大きめのその家は集会場も兼ねる村長の屋敷に次ぐ広さだった。

 みすぼらしい見た目ながらも逗留する者のプライバシーが守られる程度にはきちんとしたつくりの部屋をいくつか備えていた。

 リーリアは割り当てられたこの家で最もいい部屋――それでも町の宿屋の方がどれだけマシか――に入ると、ふーっと息をついて服もそのままに臥台にドサッとその身を投げ出す。

 疲れていたのだ。これまでずっと働き通しと言ってもよかった。

 自分の中の回答を全力で表に出す……。

 そんなエネルギーを要する行為を何度も繰り返して……。

 消耗は予想以上だった。

 ――せめてこの村での滞在期間中は何もありませんように。

 リーリアはそう考えるとその小さくもふくらみのある唇から疲労の色濃い息をふーっと吐き出した。


 食事は想像よりはるかに豪勢なものが振る舞われた。

 まず目立つのは肉の量だ。

 特大のスープの器の中、香草の浮かぶ中に大量の肉が沈んでいる。

 こんな食事など本当に久々であった二人にとって、これは大いに舌鼓を打つに値する食事であった。

 それにしても珍しい肉のようで、食べたことのない味と食感であった。

 魔界中の珍味、ワイバーン、二頭牛、巨大化したもろもろの野獣たち……を常食していた元勇者アダムにとっても初めての食事体験だった。

 気になる。

 アダムはにこやかに二人の食事風景を見守っていた村長にそのことを訊いてみる。

 彼は二人の食事を見守るためにわざわざやってきたらしかった。


「ああ、それですか……。本当に知りたいので?」

「ええ、これだけの肉、あなた方の村には大層な出費でしょう。いくらこちらが金銭を出しているとはいえ、こちらの地方ではなかなか物品に変えるのも難しいでしょうし……」

「本当に何の肉か知りたいので?」


 言葉のリフレインにどこか不気味な響きを感じるアダムとリーリアであった。

 しかし質問を続ける。

 そう言えば、この村には肉にできそうな家畜も、周りに獲物を取れそうな狩場もなかった、とアダムは思い至る。


「え、ええ。一体何の肉なのでしょう」

「これですじゃ」


 老人は厨房から一人のゴブリンを召すと、持って来させた籠の中のものを二人に見せた。

 果たして、それは薄々予想していた通りのものであった。

 中にはゴブリンの子供の頭と手首足首が……。


「うっ!」


 リーリアがえずく。

 アダムにとっては予想通りであったがそれでも戦慄を感じる。

 随分バクバクと食べてしまったものだ。

 言葉も通じるはずの相手を。

 ――よくも。

 アダムはこれまで感じたことのない衝動に駆られる。

 ――よくも。

 立ち上がって剣を抜くとそれを振りかざして叫ぶのだった 


「よくもこんなものを食わせてくれたな! 俺はいい! だが姫様が……。畏れ多くも貴き姫様の血が穢れてしまっただろうが!」


 息も荒くそんなことを口走る。

 自分でもわけのわからない衝動だった。 

 しかしそれこそが彼の奥底にある……。


「よいのです、アダム」


 リーリアは手を上げて制止する。

 素直に剣を収める元勇者だった。

 彼女の吐き気は収まった様だ。


「やはりお知らせするべきではありませんでしたな」


 村長は暗い顔で言う。

 リーリアが改めて向き直って言うのだった。


「その……この村ではいつも旅の人間にこうして……その……このような食事を振る舞うのですか?」

「はい」

 

 村長は自然な、よどみのない調子で答える。

 さも当然という風である。


「やはりいけませんでしたか……?」


 しかし完全にこのもてなしが問題ないと考えているわけでもないようである。

 前にもこうして人間相手にこの手のもてなしをして強い拒否反応を受けたことがあるのだ。

 しかし風習はやめられない。

 これこそがこの村が来客に振る舞える最大限のごちそうだったのだ。


 自室に下がった両名は気持ち悪さや吐き気と戦う。

 何という物を口にしてしまったのか。

 おそらく最初に村に来たとき飛び上がって喜んでくれたあの子供たちのうちの誰かだろう。

 そう思うと哀れやら情けないやら、悲しみともやるせなさとも言い難い不快な感情に支配されるのだった。



「みなさん、どうか話を聞いてください」


 次の日、気持ちの悪さが治まると、リーリアは村長に掛け合って広場にみんなを集めるよう伝えたのだった。

 村長は素直に応じ、手が離せない作業をしている者以外、村のみんなが集まった。

 リーリアは台の上に登ると、正式な姫であった時代、民衆に演説する時にそうしたように、演説をするのだった。

 ――また、姫様の玉の鳴るような声が聴ける。

 群衆の後ろ、リーリアの目の届かぬ場所で、アダムは幸福を感じるのだった。


「この村にある風習……来賓を歓迎するためにあなたたちの子を食物として提供するというそれに、私は疑問を感じます。あの子は……私が……食べてしまった……子は、その、どちらの……」


 群衆が一人の家族を指さす。

 ゴブリンの家族……。

 髪のあるゴブリンの女が乳飲み子を抱き、幾人かの子供たちがその足に縋っている。

 夫らしきしょぼくれたような様子のゴブリンが一人、まるで従者のように付き従っていた。

 子供たちは衆目に晒されて震えている。

 まさか、こんな風におびえる子供を……。

 嫌な想像だが、リアルだ。


「あなたですか……その、何といえばいいか……本当に申し訳ないことを……」

「かまやしませんよ。そんなの。昔から続いている風習だから」


 あっけらかんとした様子で応えるゴブリンの母親だった。

 何も感じていないのか……?

 アダムは訝しむ。

 さらに母親は続ける。


「まあ何せこんだけ子供がいるんだからね。一人くらいなんだっていうのさ」


 絶句である。

 リーリアもアダムも言葉が出なかった。

 いったいどうすればこんな価値観を持つにいたるのか。

 子供がかわいくないのか?


「それは……どういう……」


 リーリアはなかなか二の句が継げない。

 さすがの彼女も大河のこちらの岸とあちらの岸ほどに離れた価値観に戸惑いを隠せないでいる。

 いい淀む彼女の代わりにさらに母親は言葉を発する。


「いいのさ! どうせ二人を残してドラゴンに捧げなくっちゃいけないんだからね! お客様に食べ物としてお出しするならそっちの方がいいくらいさ!」


 不気味な違和感すら覚える明るさで言うのだった。

 待て、ドラゴン?

 アダムもリーリアもその単語に反応する。


「ドラゴンとは何のことでしょう? よく聞かせていただけませんか?」

 

 曰く、この村の伝統なのだという。

 いつから始まったのかはわからないが、とにかくこの村では毎月子供を持つ親は、一家族につき残りの子供二人になるまでドラゴンに子供を捧げなければならないという話だ。

 愚かな風習に思えた。

 そういう風習があるからこそこのような発想が生まれるのだ。

 リーリアはこの村の伝統に憤慨する。

 そしてアダムはそういうドラゴンこそ本来自分の討つべき「魔王」なのだと確信する。

 

「そのような存在がいることが全ての原因なのです」

 

 リーリアは珍しく怒りをあらわにした。

 しかし村長は言うのだ。


「しかしあのドラゴンは我々にとって神であり、王なのです。伝統と共に存在してきた大切な存在なのです」


 それは本当なのだろう。

 リーリアがドラゴンを悪し様に語った時、多くのゴブリンたちが反感の表情をあらわにしたのだ。

 絶対的な暴君でも彼らにとっては大切な存在らしかった。


「生贄を求める神がいますか。いるとしたらそれは悪神です」


 リーリアははっきりと言う。

 アダムも同じ考えだった。

 必ずその存在を誅さねばならぬとまで考えるようになっていた。


 結局、二人はドラゴンのいる場所を教えてもらえることになった。

 たかが人間二人が我らが神の下へ行ったところで食い殺されるだけだろう。

 そういう見通しがあったからだ。

 勇者が行くのだとわかっていれば止めただろう。

 二人は馬車を駆る。

 村から半日の距離にある岩山へ。


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