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純と剣 ~元勇者は元姫と旅をする~  作者: 北條カズマレ
第四章 オークと人間
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第十二話 元姫は差別解消の糸口を語る(2)

 あのオークの言った通りだった。

 街のあちこちで騒ぎが起きていた。

 同時多発テロ、そんな印象だ。

 人こそ死んではいないが、オークの太い腕に小突き回され、怪我をした子供は何人もいる。

 ……大変なことになった。

 二人は想いを同じくする。

 狙われている子には見覚えがあった。

 すなわち、みなキラファをいじめていた子たちだったのだ。

 自分たちが関わっていないとも言えない事件であった。

 だが人間側の努力もあって、それはやがて収束していった。



「さあ、今回の件について説明してもらおうか」


 スラムの広場。

 人間の共同体の代表が多大な怪我人という犠牲の下なんとか捕えられたオーク数人に威圧的に声をかける。

 彼らはみな一様に押し黙って拘束されている現状に甘んじている。

 アダムとリーリアがその場に到着するころ、ようやっと一人のオークが話し始める。


「俺たちの友人の子供が不当な扱いを受けた。これはその清算のための報復だ。正当な行為だ」


 事前に明らかだったことだが、やはりキラファの件が原因だったようだ。


「正当な行為だと!?」


 代表が息巻く。


「お前らデカブツが子供を襲うことのどこが正当な行為なんだ! 見ろ! 怪我人が大勢でた! この始末はお前らオーク全員に払ってもらうぞ!」


 オーク達はその言葉に苦々しい表情を浮かべる。

 

「待ってください」


 リーリアが前に進み出て言った。

 オークたちを中心に人間たちは輪になって取り囲んでいて、集団から一歩前に出るだけで大層目立った。

 縛られ舗装もない地面に座るオークたちを見下ろしながら――と言ってもオークの背と短足ゆえに目線の位置は大して変わらないのだが――腕組みしていた代表がチラッと目をやる。


「誰だあんたは」

「旅の者です。もしご存じでない事実がおありなら私の方からお伝えしようと思いまして」


 アダムは事態を見守る。

 また、姫様なら解決してくれるんじゃないかという期待の下に。


「なんのことだって?」

「こうなった理由のお話です。それにしても今回の件はどうかとは思いますが……。お話ししておくべきかと思いまして」


 リーリアは今朝の一件のことを話した。

 今回襲われた子供たちがいじめの主犯であることも。

 代表は目を剥くとリーリアに怒鳴る。


「だからこの行為は正当だとでもいうのか!? バカな! だからって子供に報復と称してこんな真似をするか!?」

「それはたしかにそうです」


 そう言うとリーリアは縛られているオークの一人にこう問いかけるのだった。


「なぜ、こんなことをしたんです? いえ、理由はわかっています。なぜこんな方法をとったのか、です。この代表の方に話を通してまっとうに解決することもできたじゃありませんか」

「そんなことできるか!」

 

 オークが大声を上げる。

 

「そりゃ俺らだってそうしようとしてきたさ! だが何度話し合いで解決しようとしても冷たくあしらわれてきた。お前ら人間に!」

「しかしそれでもこのような挙に及ぶのは……」

「黙りな、お嬢ちゃん」


 皆が声のした方を見る。

 そこにはキラファの父親がいた。

 人ごみをかき分けのっしのっしと輪の中心までやって来る。


「これは俺たちこのスラムのオークと人間の話だ。よそ者は出ていけ」


 トーンこそ穏やかだが内に煮えたぎるマグマのような怒りを感じさせる物言いだった。

 リーリアは臆さずに言葉を投げかける。


「いいえ、私たちはキラファさんを通じてこの事件に関わってしまいました。もはや無関係ではありません」

「だったらどうするっていうんだ?」


 そこで人間側の代表が言葉を差し挟んだ。


「勝手に話を進めるな! 薄汚いオークめ! あなたも出しゃばりはよしてもらおうか! よそ者なのだから!」


 そうだそうだ! と囲む人間たちが口々に不満を垂れ流し始める。

 キラファの父親は一喝した。


「うるせえ! 人間ども! これからこいつらをどうする気だ!? 殺すのか! 俺の女房みたいに!」


 シーンと、辺りは水を打ったように静まる。

 どうやら、彼の妻の話はタブーだったようだ。

 アダムは辺りを見回す。

 誰もかれもがキラファの父親から目を背けている。

 ここで解説させてもらうが、オークは他種族の女をさらい、無理やり孕ませて子を作ると言う。

 しかしそれは昔の話。

 いや、今もその風習を残す部族はいるが、もはや一部だ。

 人間と共存するオークがそんな無体な真似をするはずもない。

 無論、キラファの父親はそんなことはしない、オーク同士で婚姻する文化を持ったオークだった。

 彼が皮肉を一杯にした調子で言葉を続ける。


「ほう、少しは罪悪感があるのだな。糞みてぇな人間どもよ」


 沈黙。

 しかし静まり返った場を破る声がある。

 彼女だった。


「詳しくお教え願えませんか?」

「……胸糞悪い話だ。俺の女房は無実だったのに、食い物を盗んだとの咎でリンチに遭った。後に犯人は人間だったと判明しても、こいつらは謝罪の一言もなかった!」


 そういうことか。

 憎しみは根深いようだ。

 アダムは思う。

 やはりここまで複雑な問題はいくら姫様とて解きほぐせはしないと。

 リーリアはリーリアで自分が全てを帳消しにできるなどという幼い考えは持っていないのだった。


「オークの方々……、よく聞いてください」


 厳かでたおやかな口上が始まった。


「身に降りかかる理不尽、どうか今は一切を我慢してはくれませんか」


 意外に過ぎる一言だった。

 一瞬、驚愕の気配がオークたちに流れた後、彼らの大きな口から罵声が滝のように流れ出た。


「ふざけるな! やはりお前も人間なのだな! 悪辣な! これほどまでの仕打ちを受けて黙っていろというのか!」

「はい」


 リーリアは毅然として答えた。

 少女に対する不満と怨嗟の声はますます大きく……。

 アダムも代表も含め人間たちはあっけにとられるという風でその光景を見ていた。

 代表が口を出す。


「あー、その、なんだ。それはとなりで聞いていてもあまりにも苛酷に想えるのだが……」

「ではあなたたちは今すぐ謝罪をする用意があるのですか?」

「いや、それは……」


 代表は口ごもる。 

 それを見てリーリアもオークたちも険しい顔をする。

 リーリアが続ける。


「そうでしょうとも。今はまだあなた方にはそういう誠実さを用意することはできないのです。それはわかっています。であるからこそ、オークの方々に我慢をお願いしているのです」

「不条理だ……」


 縛られているオークの一人がつぶやく。

 アダムにもその通りに思えた。

 いったい姫様は何を考えているのか……。


「オークの方々、よく聞いてください。月並みな言い方ですが、憎しみは何も生まないのですよ。ましてや今回のようなやり方は却ってあなた方の立場を悪くします。そこがわからないはずはありませんよね?」


 オークたちは答えない。

 だが聞いていないわけでもないようだ。

 元姫の澄んだ声は広場に響き続ける。


「話を聞く限り、オークの方々の御怒りはもっともです、自然な事でもあります。それでも、そこをどうにか堪えて、一旦憎しみや恨みや不満を抑えることでしか平和な明日はやってこないのです。これからあなた方はたくさんの我慢を強いられるでしょう。でもどうか耐えてください。そしてなるのです。人間の方々に尊敬されるようなよき隣人に。その時こそ、人間の方々は本来持っている誠実さを発揮してくれることでしょう。『あれは間違いだった』と、その時こそ言ってくれるでしょう」


 その場の全員が可憐で清楚な少女の過酷なるも希望ある未来の話に聞き入っている。

 そうだ。

 これなのだ。

 アダムは彼女への信仰にも似た信頼の心を感動に打ち震わせるのだった。


 集会は解散した。

 後に残るのはアダムとリーリア、キラファの父親だけだった。

 つらい過去を持つオークはむすっとして元姫を見つめている。

 ようやっと口を開いた。


「俺はよそから来た人間を信用しねえ」


 その言葉を聞き、リーリアは項垂れ、アダムはがっくり来てしまう。

 だがそれもそうか、とも思う。

 所詮、アダムもリーリアも、この難問を解決するほどの力はないのだ。

 今は本当の姫でも勇者でもないのだから。


「だがちょっとは心に来たぜ。今回の話は」


 二人は顔を上げる。


「だからって勘違いするなよ。この俺の人間への怒りが消えたとかそういう話じゃねえ。断じてねえ……ただ、一つの道ではあるわけだな。うん。悪くない。俺には……人間を恨み切ってしまった俺にはできないかもしれないが、キラファの孫の世代あたりに、大きな憎しみを生むようなことが何もなければ……」


 そう言うと自分の家の方角に去って行ったのだった。


 二人は街を後にした。

 もうできることなどなかったし、これ以上とどまって前の町のように巻き込まれる人間を出してもいけなかったから。

 馬車は二人を運ぶ。

 ゆりかごのように。


「今回も流石だと思いました、姫様」

「そうでしたでしょうか」

「そうですとも」


 アダムは後ろに乗っている彼の大事な姫に語りかける。

 今回は劇的な解決は望めなかったものの、希望の道を示すことはできた。

 それ以上何ができたというのだろう。


「なかなかままならないものですね、異種族融和というものは」

「百年で隣同士で暮らせる所まで来たんです。もう百年経てばきっともっと良くなりますよ」

「そう、そうですよね」


 それっきり、心地よい沈黙が下りる。

 二人は魔界との国境を越え、ついに人間以外の国へと入っていくのだった。


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