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第一話 序

 首都、王城の中。

 火を放たれたその内部。

 燃え盛る部屋にあって人間の王国の姫である少女は思う。

 何故こうなったのかと。

 確かに先代から続く魔族との戦を止められなかったのは事実だ。

 そして新たに立った革命政府がいとも簡単に講和を実現してしまったことも。

 民衆が抱える不満はあった。

 たしかに民衆が飢えと戦果にあえぎ、行き場のない憤りを募らせていたのは確かだ。

 しかし、あの優しい王である父や貞淑で清貧を体現していた存在であった母がやり玉に挙げられ、処刑台に送られる意味があっただろうか。

 革命――それが全ての原因だった。


「王族とは生贄なのだ。何かの折に、失政の咎を死で以て償うのがその役割の本質なのだよ」


 父の言葉だった。

 しかし父はこうも言っていた。

 

「王族とは規範なのだ。人を倫理的に導く道しるべであり続けることで、その存在が許されるのだ」


 姫は思う。

 自分はそこから外れてしまったのだろうかと。

 そうではないはずだ、とは自信をもって言えないかもしれないが、明確な瑕疵があったわけでもなかった。

 悔しかった。

 もっと民と心の触れ合いをしたかった。

 自分が責任を負い、民がそれを見て自分たちのあるべき在り方に気付く。

 そんな生活を……。

 火が彼女の周りを取り巻く。

 ドレスが焦げ始める。

 彼女は父の志を実現できなかった悲しさを抱えつつも、死を受け入れるのだった。

  


 澄み渡る青空のもと、茶色いマントと白いドレスが草原に敷かれた街道を行く。


「姫様、疲れませんか?」

「いえ、平気です」


 そう言って姫は額の汗をハンカチで拭う。

 帽子の下の長い金髪はじんわりと濡れていた。

 大分歩いてきたことになる。

 歩き慣れているとは言えない彼女には少々辛い道のりだった。

 姫は先を行く男の背中を見つめる。

 ――勇者。世界に平和をもたらす者。

 闇を照らし、魔界から押し寄せる黒い波を防ぐ者。

 魔王を討った暁には彼女の伴侶となるべき運命の者。

 かつてはそうだった。


「あの、勇者殿」

「何でしょう、姫様」

「やはり疲れてしまったようです。休みましょう」


 勇者は路傍にころがる岩の中からできるだけ平らなものを選ぶとそこに布を敷く。

 姫は無言でそこに腰を下ろす。

 勇者は腰に差していた剣を置いただけで立ったまま休む。

 しばらく風に身を撫でさせた後、姫は遠い目をしながらぽつりと言うのだ。


「首都はどうなってしまったでしょうね」

「……今頃革命政府がきちんと統治をしているといいのですが」


 首都の今の様子を想う姫であった。

 魔界を進む勇者に魔法で報せが伝えられたのは間一髪、姫が炎にまかれる直前だった。

 勇者は姫の部屋に即時転送魔法で駆けつけ、火の手から姫を救いだしたのだった。

 世界は変わりつつあった

 いまや魔界と共和制と化した王国(いや、もはや共和国か)は和平を結んだ。

 姫だけでなく、勇者もまた、お払い箱というわけだ。

 もうこの世界には姫のような王族を人民の上に戴く理由も、勇者に魔王討伐を要請する理由も、残ってはいなかった。


「これから世界はどうなるんでしょう」

「わかりません。魔界の方でも大きな政変があったらしいですし、いい方にも悪い方にも、どう動くかわかりません。大局を見る目のない自分にはなおさらです」

「……わたしにもわかりませんもの、仕方ありませんね」


 知りようがない、意味のない質問、益のない会話。

 逃げ出して以来、姫様はずっと心ここにあらずといった様子をしてらっしゃる。

 勇者はそう思うも、仕方ないと結論する。

 昨日までは一国の姫として十数人の侍女にかしづかれ、国民みんなから声援を受けていた立場だった。

 それが今や付き従うのは勇者、いや、勇者である意味を失った男が一人だけ。

 ショックは大きかろうというもの。

 いまだに威厳を保ち、狼狽する様子を見せていないだけでも尊敬に値する。

 ちょっと疲れた様子を見せた程度が何だというのか。


「さっき言った事の確認ですが、この先にある町ならおそらく二三日は安全だと思います。追手がかかっているとしてですが……。そこでは決して姫様だと悟られぬよう……。私も勇者、いえ、元勇者だと知られないようにします故」

「はい。わかっています……。ではそろそろ参りましょうか」

「もういいんですか? 姫様?」

「はい。それにしてもですが、もうその呼び方は危ないのでは?」

「その通りですね、迂闊でした。正体を触れ回るわけにはいきませんしね……しかし、どうお呼びすればよいでしょう?」


 姫は思案顔で遥か上の雲を見上げる。

 仕草一つにも王族の一員の気品を感じさせるも、引き伸ばされた首筋の白さに勇者は心を奪われる。


「リーリアでいいのではないのでしょうか」

「そんな! 畏れ多いですよ」


 勇者は驚いて少女を見下ろす。

 リーリア、それがこの国の姫の名であった。

 いや、かつての姫、だが。


「わかっていますよ。でもそれでは何と呼んでいただけますか?自分で決めるのはなんだか……」

「ではお嬢様にいたしましょう」

「それで結構ですよ、アダム」


 勇者は姫の口から初めて本名を呼ばれてドキッとする。

 それはさておきとりあえず仮の身分は決まった。

 リーリアお嬢様、もとい、リーリア姫、いや、元姫は立ち上がるとドレスから優しく埃を払う。

 勇者、元勇者アダムは剣を拾い上げつつ、それを見ながら言う。


「そのお召し物も考えなければいけませんね。市井に溶け込むには目立ち過ぎます」

「そうでしょうか」

「そうですとも」


 リーリアは自分の衣服を見るために体をひねったり裾をつまみあげたりしている。

 図らずも浮き出る体のラインからアダムは目をそらす。


「次の町で替えましょう。残念ですが、ドレスは売るしかないでしょうね。高い値段が付いてくれるでしょうが、モノが良すぎるので不審に思われるかもしれません。なにか上手いごまかし方があるといいのですが」

「ではこうしませんか? 屋敷の使用人と駆け落ちした貴族の令嬢」

「姫様、御戯れが過ぎます」

「でもそのくらいしか上手い言い訳が立たないでしょう?」


 そう言って力なくも笑みを浮かべる。

 あれだけのことがあった後の内面は嵐だろうに、ただ勇者を安心させんとするための悲しい笑みだった。

 傷ついた彼女の心の内をなんとかごまかそうとするように。


「ではその設定で行きましょう」


 彼ら二人の目的は元の地位に復権すること。

 それが正しいかどうかではない。

 そうすることしか知らないがゆえに、そうするのだ。

 姫という存在が象徴として上にいることによる国の安定を、勇者が民の声に応え魔王を討つという大きな物語があることによる人心の安定を信じているのだ。

 だから元勇者は再び勇者となって魔王を討つことを、元姫は王室を再興し王妃となることを希求した。

 放浪の旅は、それを実現するための一時的な回り道に過ぎない……それが二人の認識だった。

 夢が叶い、結ばれるその時まで、二人はただの高貴な人とその従者に過ぎない。

 その距離を今は、縮めてはいけなかった。

 勇者も姫も、そのことを忘れたりはしない。

 当て所もない、二人の旅はまだ、始まったばかりである。


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