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中二脳婦警

中二脳婦警に恋した男

作者: 川里隼生

「何だそれは」

「テニスウェア」

「制服を着ろ」

 北海道函館市の追町おいまち駐在所には責任者のおれ哲矢てつや、『中二脳婦警・闇林檎やみりんご』こと烏丸からすまりんの2人しかいない。烏丸は最近、コスプレに興味があるらしい。コスプレは中二らしさの欠片もないが、それでも中二脳婦警の名は変わらない。


『俺』という珍しい苗字をしているこの男は、烏丸が配属されてから毎日のように文句を言っている。主に烏丸の服装や勤務態度についてだ。彼女が大学を卒業し、この駐在所に来て初めての冬が来たが、一向に改善されない。ただ、それを楽しんでいる自分もいることに俺は気付き始めていた。この感覚は高校3年の初恋以来だ。


 だが俺は烏丸へ本心を告白していない。なぜなら、交際を申し込んで断られるのが怖いからだ。彼女は元から無表情で言葉にもあまり抑揚がない。いかにも何の感情も持っていないように感じる。無論、それが中二脳婦警と呼ばれる彼女の個性であることは俺も理解しているつもりだ。


 話は変わるが、烏丸が俺に隠れて日記を書いていることを俺は知っている。その上たまに盗み見ている。例えば昨日は「松本まつとも李花りかとじゃんけん。結果は14勝21敗」とある。本当に14勝21敗だったのかは置いておいて、李花というのは小学1年生の子で、頻繁に彼女の日記に登場している。好かれているのだろう。


 話を戻して駐在所とは、警察官が宿泊して勤務する場所だ。

「買い出し行ってくるから、留守頼む」

「ラジャー」

 烏丸が右手を額に当てる。敬礼だ。

「他の返事はないのか?」

「ない」

「そうか」


 俺は30分程で帰ってきた。

「今日はオムライスにするぞ」

 留守の間を利用してナース服に着替えた烏丸が振り返った。オムライスは彼女の好物だ。しかし彼女自身はオムライスを上手く作れない。そのため、オムライスを食べたければ俺にリクエストするしかないのだ。


 追町は今日も日が暮れる。そろそろ少年少女たちは公園から両親と夕飯が待つ家へ帰る時間だ。その道中には不埒な考えを持った輩が潜んでいるかもしれない。彼らから子どもたちを守るため、毎日この時間帯にも見回りを行う。見回りはいつも烏丸が行っている。事務仕事をしなくて済むからだ。


 その間にあるものを用意しておく。オムライスと、メッセージ入りチョコレートが飾られたケーキだ。店員に頼んで『Happy Birthday RIN』と書いてもらった。今日2月15日は烏丸の誕生日。23歳になる。不器用な男にとっては、これが精一杯の祝福だ。実は配属された初日も同じケーキだった。俺は烏丸がやって来て、名前と誕生日だけは最初に覚えた。特に誕生日は覚えやすい理由があった。


「パトロール終了」

「おう。オムライスできてるぞ」

 わざと烏丸を先に行かせる。障子を開けた烏丸は固まった。何も反応しないので、俺が事情を説明し始める。

「今日誕生日だろ? だから」

 これしか言えなかった。なぜ普通に「おめでとう」と言えないのだろうか。


「私は……」

 私は、で一旦区切る言い方を彼女は気に入っているようだ。

「私は、プレートのチョコ食べたい」

 振り返って言った。俺の目は見ていない。俯いている。芝居がかっているのもいつも通りだ。

「それはいいが、まずオムライス食べるぞ。早く座れ」


 烏丸が泣き出した。

「どうした?」

「なんでも……ない……」

 嗚咽を挟みながら言っても説得力がない。5分ほどで泣き止み、普段通りの無表情に戻った。

「おいしい」

 オムライスとケーキの感想はどちらも同じ一言だった。それが烏丸である。


 翌日。俺は烏丸が朝の見回りに行ったのを確認し、日記を開いてみた。最新の日付は2月15日。

「先輩がケーキを奢ってくれた」

 日記の中でだけは俺を先輩と呼んでいる。

「駐在所勤務初日と同じフルーツケーキだったが、チョコに誕生日おめでとうと書かれていた。とてもおいしかったし、嬉しかった」

 ここで終わりかと思ったら、次のページに一文だけ続きがあった。

「昨日の先輩の誕生日とバレンタイン、スルーしてごめんなさい」

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― 新着の感想 ―
[気になる点]  「俺は気付き初めていた。」の“気付き初めていた”ですが、“気付き始めていた”じゃないかなと思います。 [一言]  葵枝燕と申します。  『中二脳婦警に恋した男』、拝読しました。  […
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