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サイバー・イン・サイダー 5

   5


 わたしは鏡に映る自分の姿を目の当たりにして言葉を失っていた。

「これが……わたし……?」

 と、わたしは在り来たりなセリフを口元から零した。

「律香先輩! すごく似合ってますよ!」

 わたしの背後から声をかける一人の少女。彼女がわたしをわたしでなくした張本人だ。その両手にはメイク道具が握られている。彼女は、自身のメイクアップした作品に満足しているようだ。顔から笑みが溢れ出ている。

「こ、こんな格好! 恥ずかしいよ! やっぱりいつもの服装に戻るっ!」

 と、わたしは上着を脱ごうとする。

「ダメですよ先輩! 折角一時間もかけてトータルコーディネートしたのに!」

 と、後輩がわたしの強行を止めにかかる。

「二十三歳にもなってこの格好は恥ずかしすぎるって!」

「律香先輩は若いから大丈夫です!」

「どうせわたしは童顔だよぉ!」

「そのアドバンテージを活かしましょう!」

 こんな具合で小一時間ほど押し問答を続けた後、ようやく話がまとまった。

「今日は一日この格好で活動します! いいですね?」

 と、わたしの後輩、湯泉 遊々子は片手に持ったアイライナーブラシを振りかざして言った。

「うう……わかりました……頑張ります」

 わたしは鏡の前に正座していた。確かに、不特定多数の人に接触するから変装は大事だけどさぁ……まさかここまで変身させられるとは思わなかった。

 もう一度、鏡の方を向いてみる。赤茶色の髪に真っ黒な伊達眼鏡。ティアドロップ型のペンダントにパステルピンク色のブレスレッド。そして、極めつけは、わたしの全身を包んでいるセーラー服。白と水色を基調にしたデザインで、水色のスカートの下の方には白いラインが入っている。

「さぁ、そうと決まったら遊び――じゃなかった――聞き込み捜査に出発しますよ!」

 と、遊々子はアイライナーブラシを天高く掲げた。

 湯泉(ゆのかわ) ()()はわたしの後輩。肩までかかる長めのツインテールが特徴的な17歳の高校生探偵だ。当然、探偵事務所の中では最年少の幽霊探偵である。遊々子は探偵事務所に入社してまだ一年にも満たない新人探偵だが……彼女の能力には目を見張るものがある。

 まずは変装術。すでにわたしの顔で実証されているように、遊々子はメイクが上手い。さらに、持ち前のファッションセンスを巧みに駆使して必要な状況に最も相応しい外見を作り上げる。それに加えて、遊々子の凄い所は自身の内面までも別人のように変えられる所にある。ギャル、委員長、不良娘、地味子、スポーツ系女子……どんなキャラでも本性を見破られずに演じ切ることが出来るのだ。

 そして情報収集技術。携帯電話はスマホ三台ガラケー二台の五台持ち。それらをカバンにくくりつけ、まるでキーホルダーのように携帯電話をぶら下げている姿は探偵事務所の名物になっている。LINEやツイッターを始め様々なアプリを軽々と使いこなし、あらゆる方向から情報を手に入れる。何万何千という情報の中から真実を見つけ出すことが出来る能力はわたしにとっても大きな支えになっている。

「先輩、体調の方はもう大丈夫なんですか?」

「もう大丈夫! すっかり元気になったよ!」

「それはよかったです! でも、先輩が事務所で倒れたって聞いた時は冷や冷やしましたよ」

「はは、ごめんね。遊々子ちゃんにも心配かけちゃって……」

 昨日は一日事務所で安静にしていた。夜まで希星さんが看病してくれたこともあって、わたしの体力は元通り元気な状態に回復した。本当に、姉さんの配慮に感謝したい。

「希星さんにもお礼を言いたかったんだけど……わたしが寝てる間に帰っちゃったみたい」

「希星魔璃先輩……私の情報網を持ってしても詳しいことがわからない謎多き人物ですね。未だに連絡先を教えてくれないんですよ」

 と、遊々子は自慢のツインテールを整えながら言葉を返した。

「そもそも携帯電話を持ってないのかも」

「テレパシーとか使えそうですもんね」

 二人の口元に笑みが零れた。

 わたしと遊々子は仲がいい。元々若い女の子同士ということもあり、お互いに話しやすい存在だった。最初こそぎこちない関係だったが、今では事務所の同僚としてではなく親友としての付き合いが続いている。

「スピリットに関する情報はどれくらい集まったの?」

 と、わたしは学生鞄を手に持って言った。

「ざっと14651件ですかね。」

 と、遊々子はセーラー服のリボンを結び直して言った。

「そんなに有名なんだ」

「一種の都市伝説みたいなもんですよ。ネットサーファーはその手の話が大好物ですから」

「でも、どうするの? 10000件もの情報を一つ一つ調べてたらキリがないよ?」

「安心して下さい。調べる必要があるのはそのうちの3件だけです。残りの14647件はガセネタ」

「え、本当の情報って3つだけなの?」

「ネットの世界なんてそんなもんです。ほとんどがスピリットの名を語った模倣犯か愉快犯でしたし」

 画面の中はウソだらけ。昔、姉さんが毒づいた一言をふと思い出す。ウソがホントになって、ホントがウソになる。今の世の中は末恐ろしい。

「馬鹿げた嘘は真実のグロスを塗ってお出掛けするんです」

「でた、遊々子の名言」

「恥ずかしいからやめて!」

 遊々子が頬を赤らめる。

「でもさ、たった1日でそこまで情報を絞り込むなんて……やっぱり遊々子ちゃんはすごいよ」

「もう! 褒めても何も出ませんよ!」

 と、遊々子は照れくさそうに微笑んだ。

 遊々子は時々とても鋭いことを言う。天真爛漫な性格からは想像もつかないような発言を耳にするたびに驚かされる。実際、西上所長は遊々子の哲学者っぽいところが結構気に入ってるらしい。

「じゃあ、わたし先に外行って車出しとくね」

「ダメですよ」

 玄関先で思わず立ち止まる。(とが)められる理由が見つからない。

「マイカーで通学してくる女子高生なんていませんよ」

 そうだった。今日のわたしは女子高生。遊々子の先輩でダンス部に所属しているという設定だ。

「ごめんごめん、すっかり忘れてた」

 今日は一日女子高生として過ごさなければならない。高校生の日常に潜入する。それを知った時、わたしの心は期待と不安でいっぱいになった。しかし、目的を見失ってはいけない。何としてもスピリットの正体を明らかにしなければ。



「最初の聞き込み相手はここにいます」

 わたしと遊々子は電車で都心へと来ていた。楽都島中央区アスノ地区。アスノ地区一帯は楽都島一の歓楽街として知られている。レストラン、セレクトショップ、スクランブル交差点――流行の最先端をゆく人々が集まるこの島の中心地だ。高層ビルが立ち並ぶこの地区は眠らない街としても有名だ。

莉愛(りりあ)伊久美(いくみ)芽衣(めい)。いわゆるクラスのキャピキャピ系女子グループですね。おそらく、今日も学校をサボって遊んでるはずです」

「きゃ、キャピキャピ?」

「クラスの中心的な存在になっている女子のことですよ。ほら、教室の中で化粧したり写メ撮りまくってる女の子が一人や二人いたでしょう? 彼女たちにとって学校のトイレは噂話の情報発信局」

 いまいち理解が追いつかないが、あまり真面目ではない子たちだということはわかった。平日の昼間からゲームセンターに入り浸っている女の子達が健全だとは言い難い。

「女子高生の設定、うっかり忘れたりしないで下さいよ」

 と、ゲームセンターに入る直前、遊々子に小声で忠告される。正直言うと自身がない。だって、わたしは高校生を経験した記憶が無いのだから。

「おー! 遊々子じゃん!」

「マジ? ホントだ、遊々子だ!」

「わー! 久しぶりー!」

 莉愛、伊久美、芽衣の三人は入り口近くのUFOキャッチャーの前にいた。各々がこっちを向いて声をあげる。派手なメイクに着崩した制服。なるほど、キャピキャピの意味が少しわかったような気がする。

「やっぱりここにいた。相変わらず学校はサボってんのね」

 と、遊々子は苦笑して言った。

「いーじゃん、別に毎日じゃないし」

 UFOキャッチャーのジョイスティックを握る莉愛。

「そういう遊々子もサボりだろ?」

 タバコ片手にキャッチャー台によりかかる伊久美。

「ちょっと待って今ライン返してるから」

 二人の後ろでスマホをいじる芽衣。

 三人とも……なんというか、凄く個性的だ。

「今日はうちらに何の用? てか、そいつ誰?」

 と、伊久美の目が若干鋭くなる。わたしのことを警戒しているようだ。

「ちょっと聞きたいことがあってね。で、この人は私の先輩」

「律香です。よろしく」

 女子高生っぽく無愛想に挨拶する。いや、女子高生っぽいのか?

「ふーん、いつもは一人で来るのに珍しいね」

「最近ずっと先輩と一緒にいてさぁ。もうすっかりニコイチ! ね、先輩!」

「う、うん!」

 必死で笑顔を取り繕う。ニコイチの意味もさっぱりわからない。先行き不安になってきた。

「私、一週間前ぐらいからずっと家出しててさ。先輩の家に泊まらせてもらってるの」

「え、家出――」

「先輩が一人暮らしだから泊まらせてくれるんですよね?」

 と、遊々子がわたしの言葉を遮った。遊々子のひきつった笑顔が物語っている。黙っていろ、と。

「そ、そうそう。遊々子が困ってたから、しばらくわたしの家に居ていいよって――」

「高校生で一人暮らしとかうらやまー」

 芽衣がスマホをいじりながら話に入ってくる。自然な相槌はありがたい。ゲーセンの騒音もわたしの緊張を抑えてくれている。

「まぁいいや。それで? 聞きたいことっていうのは?」

 伊久美の表情が和らいだ。伊久美が三人のリーダー的存在なのは明らかだった。一番ワルそうだし、一番頭がキレそうだ。

「スピリットって聞いたことない?」

 と、遊々子は言った。

「……知らないな。二人とも知ってる?」

「莉愛飼ってなかったっけ?」

「それスピッツ。遊々子が犬の種類なんて訊くわけないじゃん」

「あ、そっか」

 無駄足か。わたしは残念そうに目を伏せた。しかし、

「いや、待てよ。確か……凛菜が前にやった薬の名前じゃなかったか?」

 伊久美が何かを思い出したようだ。

「どういう意味?」

「学級委員の桜音(おうね)凛菜(りんな)が薬をやった。そんな噂が一時期うちらの学校に流れたんだ。結局、凛菜が入院したのは病気が原因だったってことで終わったんだけど……その時、話題になった薬がスピリットって名前だった気がする」

 予想外の話に思考が固まる。スピリットは人の名前ではなく薬の名前だったの?

「それ、スピリットじゃなくてサイダーじゃない?」

 と、再び芽衣が横槍を入れる。

「本当かよ。また犬の名前じゃないだろうな」

「ちょっと! さっき間違ったからって疑わないでよぉ!」

「いや、芽衣の言ってることはガチな話。あたしも聞いたことあるよ、サイダーってヤクの名前」

 と、莉愛が芽衣をフォローする。莉愛がそのまま話を続ける。

「ヤクっていうとやっぱり注射器とか白い粉末をイメージすると思う。けど、サイダーってのは他のヤクとは全然違う。イヤホンで曲を聴くだけでたちまち気分がハイになる。なんて言ったっけな……機械ドラッグじゃなくて……そう、電子ドラッグ」

 電子ドラッグ。その言葉を聞いた瞬間わたしの緊張が一気に高まる。

「電子ドラッグは安くて足がつきにくい。ひとつ三千円から五千円。中学生のお小遣いでも買えるのが売りなんだってさ。しかも、スマホとかiPadに隠しちゃえば証拠も一切残らない」

 伊久美と芽衣は黙って莉愛の話に耳を傾けていた。それなりに思うところがあるらしい。

「アスノ地区とか隣のデンノウ地区ではもう常識になってる。夜中に路地裏でサイダー欲しいってツイートすれば闇の売人が飛んでくるって話だよ」

 わたしは遊々子とアイコンタクトを交わした。遊々子、凛菜って子のこともう少し聞いてみよう。先輩、いきなりビンゴみたいですね。

「あのさ、莉愛。なんでそんなに……詳しいの?」

「芽衣!」

「ご、ごめん伊久美……」

 莉愛は自分の財布から五百円玉をつまみ取り、目の前のキャッチャー台に投入した。

「別にいいよ、大した話じゃないし」

「莉愛、凛菜ちゃんについて……もう少し聞いてもいい?」

 と、遊々子は食い下がった。

「凛菜とは中学校からの同級生でさ。あたしが今の高校に入れたのも凛菜のおかげなんだ。真面目で、優しくて……あたしとは正反対の性格だったけど、結構仲良かったんだ。でも……」

 アームの動きが止まった。もうこれ以上横には動かせない。

「凛菜はサイダーをやった。いや、サイダーを聞かされたんだ」

「聞かされた?」

「うん、凛菜は聞きたくて電子ドラッグを聞いたわけじゃないみたいなんだ。ただの音楽だって言われて聞かされた物が電子ドラッグだったって言ってたし」

「誰かに騙されて電子ドラッグを聞かされたってことだよね。それ……誰だかわかる?」

「いや、わからない。凛菜も教えてくれなかった。でも、犯人は絶対あいつに決まってる」

 再びアームの動きが止まった。もうこれ以上縦にも動かせない。

「あいつ?」

 と、遊々子は目を細めた。

「ストーカーだよ。凛菜のことを付け狙ってた男が……凛菜にサイダーを無理やり聞かせたんだ!」

 と、莉愛はキャッチャー台を叩きつけた。

「凛菜はサイダー事件のちょうど半年前ぐらいからストーカーに狙われてた。同じ学校で不登校の小形(おがた)(たく)って男子生徒にしつこく付きまとわれて困ってるってあたしに相談してきて、なるべく二人で一緒に帰るようにしてたんだ。けど、あの日は――」

「うちらと遊んでたから凛菜は一人で帰った。そうだろ?」

 黙っていた伊久美がふと呟いた。莉愛は小さく頷いて、

「伊久美たちと遊んだのが悪かったわけじゃない。でも、あの時一緒に帰ってれば……凛菜は……!」

「り、莉愛は悪くないよ! 悪いのはそのストーカーでしょ!」

 と、芽衣が声を張り上げる。わたしは話の収拾がつかなくなりそうになってきたので、会話に口を挟むことにした。ここで自分も同情していたら調査が進まない。

「凛菜ちゃんは今学校にいるの? 本人から話を聞いてみたいんだけど」

 と、わたしはわざと抑揚のない声で三人に質問した。

「凛菜は転校したよ。今話した諸々の出来事が原因で」

 と、伊久美が冷たい返事をする。わたしは視線を莉愛へと送った。 

「凛菜が入院したって聞いて病院に飛んで行ったんだ。そしたら凛菜、あたしのこと突っぱねてさ「あなたみたいな友達がいたからこんなことになったのよ!」って言ってきて……」

 アームがゆっくりとプライズめがけて降りていく。

「それ以来凛菜とは絶交状態。だから、転校先も知らない」

 UFOキャッチャーのアームは、ぬいぐるみの首を掴み損ねて上昇した。ショーケースには莉愛の悲しげな表情だけが映っていた。

「ありがとう。えっと、ストーカーの方は何か知ってる?」

 これじゃあ完全に警察官の職務質問だ。事務的な対応しかできない自分に嫌気がさす。

「私と一緒のクラスだけど、小形くんってずっと不登校だから全然見たこと無くて……」

 と、芽衣がおずおずとした表情をして言った。

「わかった。遊々子、わたし先に外出てるね」

 わたしは無愛想な表情を変えずにゲームセンターを後にした。

「何? うちらなんか悪いことした?」

「先輩は不器用な人だから……ちょっと困惑しちゃったんだと思う。莉愛、ちょっとそこどいてくれる?」

「え? まぁ、いいけど」

 と、莉愛がキャッチャー台から離れた。すかさず、遊々子はジョイスティックを操作してアームを動かし始める。UFOキャッチャーのアームが迷いなくぬいぐるみに向かって下降していく。アームはぬいぐるみの足をしっかりと掴むようにして上昇し、そのまま景品ダクトへとぬいぐるみを放り投げた。

「すごーい! 莉愛が何回やっても獲れなかったのに!」

「お礼になるかわからないけど……これ、受け取って」

 遊々子はキャッチャー台の搬出口からぬいぐるみを引っ張り出して、莉愛に手渡した。

「このぬいぐるみ欲しかったんだよね。あーあ、最初から遊々子に頼めばよかったなぁ」

「ふふ、何かあったらいつでも呼んでね。なんでも獲ってあげる」

 と、遊々子は三人組に背を向けて走り出した。

「遊々子! 遊々子が普段なにやってるかわかんないけど……頑張って!」

 莉愛の声はゲームセンターの喧騒に包まれて掻き消された。しかし、遊々子は振り返って、

「ありがとう。じゃ、またね!」

 と返事をした。




「律香先輩!」

 ゲームセンターから遊々子が飛び出してきた。

「うう……わたし……絶対あの三人に嫌われた……」

 と、わたしはその場にうずくまる。

「大丈夫ですよ! ちょっとクールな人なんだなって思ったぐらいですよ、きっと!」

「……本当に?」

「本当です!」

 遊々子の笑顔に励まされる。もっとコミュ力上げないとなぁ。

「ごめんね……頼りにならない先輩で……」

「もう! 塞ぎ込まないで下さいよー」

 と、遊々子がわたしの背中を揺する。

「そうだ! カラオケ行ってテンションを取り戻しましょう!」

「カラオケ?」

「次の聞き込み相手はデンノウ地区にいます。まだ、待ち合わせまで時間があるので先に行って遊んじゃいましょう! ほら、立って下さい! 今すぐに!」

 と、わたしは半ば引きずられるようにして隣のデンノウ地区へと連れて行かれた。


 





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