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サイバー・イン・サイダー 2

  2


「おい」

 と、あたしは反射的に左手を挙げた。別にタクシーを呼びたいわけじゃない。

「デートの時ぐらいは禁煙しないと……身体に悪いぜ?」

 と、西上はあたしのタバコを箱ごとポケットにしまった。そして、あたしを抱き寄せる。

「折角オシャレな格好して都心まで来たんだからさ。もっと若々しく行かないと」

「気分は大学生ですって? 馬鹿か。性格まで若作りしてたら身体が持たない」

 今のあたしは白衣を着ていない。眼鏡もいつもと違う。あたしが身に纏っている洋服は全て西上プロデュース。あたしは西上の着せ替え人形らしい。殺意を催すほど気に食わないが文句も反論もできない。

「毒っちのピンチを救ったのは誰だっけぇ?」

 西上が心底嬉しそうな顔をして問い掛けて来た。

「……西上」

「俺は毒っちの上司なんだけどなぁ」

「……西上……所長のお陰です」

 と、あたしは引きつった笑顔で西上の両眼を睨んだ。

「上手に言えたねぇ。ご褒美にクレープあげる」

 西上はあたしを引っ張って路上駐車しているクレープ屋台に歩み寄った。クレープ屋のバイトがあたし達にテレパシーを発している。リア充爆発しろ、と。

「どのクレープにする?」

「チョコバナナホワイトクリーム」

「じゃ、彼女のリクエストを一つ頼むぜ」

 と、西上は店員にウインクした。そして、出来あがったクレープをあたしの口へと差し出した。

「はい、あ~ん」

 これじゃあ犬の餌付けだ。

「普通に食わせろ!」

 と、あたしは西上の手からクレープをかっさらった。

「つれないねぇ。ま、そこがまた可愛いんだけど……」

 西上があたしの肩を抱きながら都会の雑踏を歩く。大通りを歩いていると落ち着かない。

『イリュージョン・ウォー・ファンタジーのユーザー数が3000万人を突破しました! これを記念して各種キャンペーンを実施いたします! 第一弾としては――』

 ビルの電子広告が次から次へと新しい情報を発信してくる。情報社会ってのは何時も決まって忙しい。あたしがクレープを食べている間にも多くの情報が生まれ、死んでゆく。西上に対する「好き」という感情も数秒後には消滅してしまっているかもしれない。だから、あたしは生き急ぐ。

「そんなに急いで歩かなくてもいいじゃない」

「あたしは早くこの罰ゲームを終わらせたいだけだ」

「次はどこに行こうか?」

「どこでもいい」

 と、あたしはクレープを頬張る。

「それじゃ、映画館に行って推理対決をしよう。ちょうど三十分後にミステリー映画が上映される」

「上等だ。あたしが勝ったらこのデートは即中止だからな」

「だったら、おれが勝ったら向かい側の洋服屋さんで一人ファッションショーを開催して貰おうか」

 あたしはここで口を滑らしたことを後悔することになる。そんなことを数時間前のあたしが知るわけもなく、二人で仲良く映画館へと入った。




 数時間後、あたしは洋服屋の試着室にいた。両手に大量の洋服を抱えて。

「くそっ……こんなはずじゃ……」

 推理対決を制したのは西上神鬼朗。あたしの推理は見事に外れた。主人公が全ての事件の黒幕だなんて誰が想像出来ただろうか。あたしは屈辱に満ち溢れた表情で服を着替えた。

「ほら、お前のお望み通り着てやったぞ」

 と、あたしは試着室のカーテンを開け放った。最初は、レザージャケットとタイトジーンズでカッコよくキメたクール系ファッション。

「おれの思った通りだぜ。ハルにゃんはこの手の服がよく似合う」

 と、西上が満足そうな顔をして言った。

「満足したか? なら、さっさと次いくぞ」

 あたしは再び別の服に着替えてカーテンを開け放つ。次に着たのは、白Tシャツとショートパンツで軽めに着こなすストリート系ファッション。

「最近の流行りを取り入れるとこうなるのかぁ。けど、ちょっと幼ない感じが出ちゃってるねぇ」

「あたしは全然アリだと思うけどな。まぁいい、次」

 あたしは再度別の服に着替えてカーテンを開け放った。最後に着替えたのは、フリフリドレスとギョロ目カチューシャで気品溢れるゴスロリ系ファッション。

「ちょっと冒険しすぎたかな? ミスマッチ感が出てきた」

 と、西上は笑うのを堪えながら言った。あたしはすぐさまカーテンを閉めた。完全に遊ばれてる。

「もういいだろ。くだらないファッションショーはお仕舞いだ」

 と、あたしは試着室の中から声を上げた。

「いやぁ眼福眼福! 白衣以外のハルにゃんが見れて楽しかったぜ」

「ふん、こっちは恥ずかしくて顔が赤色灯になるところだったよ」

「是非とも写メらせてもらいたかったね」

「そんなことしたらお前はスマホと一緒に即スクラップだっただろうな」

 と、あたしは試着室から出た。試着した服を西上に預ける。

「最後のフリフリ以外は買いだな。レジ行ってくる」

「……勝手にしろ」

 あたしは逃げるようにして店の外へ出た。店の中から西上の声が聞こえる。

「ここってカード使えますか? あ、使える! 良かった、じゃあ、カードで――」

 久しぶりの休暇。笑顔が絶えない雑踏。ゆっくりと流れる時間。本当に、今日は平和な一日だ。そういや、さっき観た映画の主人公も同じようなこと言ってたな。映画だと、この後主人公の目の前で殺人事件が起きるんだっけか。

「あれ? あの画面壊れてね?」

「でっかいビルにくっついてるやつ?」

 あたしの目の前で若いカップルが歩みを止めた。

「見て見て! あのビルのモニターケラケラ生放送やってるよ!」

「え、でもそういう動画ってパソコンとかスマホで観るもんじゃないの?」

「なんか始まったよ。テレビ番組の企画とかかな?」

 女子高生三人組が交差点の手前で立ち止まる。あたしも洋服屋の店先からビルのモニターをそれとなく眺める。荒い画質だ。何も映っていない真っ黒な画面でも画質の悪さが確認できた。やがて、動画のタイトルが表示される。

『うるさい上司の黙らせ方』

 あたしはイヤな感覚を覚えた。西上が大きな紙袋を両手に持って店から出てくる。

「ハルにゃんどうしたの? 怖い顔しちゃって」

「あのモニターを見てくれ」

 と、あたしは問題のモニターを指差した。その時、動画が始まった。



 部屋の中で椅子に座っている男性。顔には麻袋。手足は電気コードで拘束されている。やがて、画面の外から一人の男がやって来て……男性を絞殺した。バイクのヘルメットで顔を隠した殺人犯は、男性を引きずりながら画面の外へとフレームアウトしていった。コメントが動画の表面を流れていく。

「え? これマジ?」

「死んだ」

「ちょww警察ww」

「救急車呼べ」

「犯行の瞬間拡散希望」

「ヤバくない?」



 交差点の周りには人だかりが出来ていた。老若男女問わず、その目はビルのモニターに釘付けになっていた。その場にいる全員が気になっていることはただ一つ。

「これってウソ? ホント?」

 おっと、どこかの誰かさんが皆の気持ちを代弁してくれたようだ。そして、人々は一斉にスマートフォンに問い掛ける「ケラケラ動画 殺人 生放送」。しかし、そこに答えは存在しない。

「今日のデートは仕事に変更……いや、お仕事デートってことなら問題ないか」

 と、西上があたしの耳元で呟いた。

「あたし達は探偵だ。依頼が無ければ人が死のうが火事が起ころうが関係ない」

「ハルにゃんは冷たいなぁ。そういう子には天罰が下るぞ~?」

 と、西上は不敵な笑みを浮かべた。その笑みに応えるかのように、あたしの携帯電話が鳴り響いた。

「ほーら来た」

「黙ってろ。もしもし?」

「律香です。姉さん、実はさっき――」

 律香が今朝の出来事をかいつまんで説明する。USBメモリの依頼人のこと、中二病占い師が来たこと、チンピラが乗り込んできたこと、あたしのパソコンがハッキングされたこと。要するに、あたしは否が応でも探偵稼業に戻らなければならないってことらしい。

「律香、身体の方は大丈夫なのか?」

「なんとか大丈夫。これから調査に出かけようと思ってるんだけど……」

「無理するな。今日は一日寝てろ」

「え? でも、調査は早い方が――」

「ダメだ。本格的な調査は明日からにしろ。その『スピリット』の事前調査は()()に依頼しておく」

 律香は五感が敏感なんだ。事故とはいえ、電子ドラッグを摂取してしまった影響は大きいだろう。

「明日の昼ぐらいに事務所で()()と合流しろ。あと、今回の依頼中は遊々子と二人で行動してくれ」

 と、あたしは上司として部下に厳しい指示を下した。しかし、携帯越しに律香が微笑んでいるような気がした。

「ありがとう。姉さん、優しいね」

「……仕事に支障が出るから注意しただけだ」

「何かあったらまた連絡するね」

「ああ。気を付けろよ」

 電話が切れる。あたしの脳味噌がプライベートからパブリックへと切り替わった。

「優しいお姉さん」

「うるさい」

「律香のことが心配だから遊々子をサポートにつけたんだろ?」

 と、西上がニヤニヤと笑う。

「ふん、仕事の効率を上げたいだけだ。あたし達も仕事を始めるぞ」

 と、あたしは西上の車が停めてある駐車場へと身体を向けた。

「We started a whole new week.It’s Monday.」

 西上が冗談交じりに口ずさむ。新しい一週間が始まる、今日は月曜日だ。確かに、月曜日の真昼間からデートしようなんて考える方が間違ってたよ。でも、一言だけ言わせてくれ。

「Take it easy」

 久しぶりの大仕事だ。気楽にやろうぜ、西上。

 


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