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第十七話 動きだすもの

 随分長い時が経った。随分長く、時が経ったような気がした。

 十年前、血まみれのバートリーが禁忌の子を抱いて現れた忌まわしきあの夜のことを、ラヴァルは今でも昨夜のことのように思い出す。あの夜からバートリーは――いや、ラヴァルとバートリーの関係は一変した。

 バートリーの罪を周りに吹聴する気はない、しかしもし他の吸血鬼に秘密がばれてしまったら――容易に予想できるバートリーの破滅に、かの子供を早く始末するべきだと言わざるを得なかった。当然、そんな忠言を聞く耳をバートリーが持っているはずもなく……それ以降、ふたりの間柄はもはや『友』と呼べるような関係ではなくなってしまった。

 そんなバートリーが、かつて出会った時のように目の前にいる。

「………………」

 何か喋ろうとして、しかし言葉が出ない。会話? 今更何を話すというのだ。バートリーの瞳は十年前とは違っている。見ているものも、求めているものも、かつてとはまるで違っているのだ――今、ラヴァルがバートリーを友だと思えないのと同様に。

 だが……もしまた、かつての関係に戻れるのなら。

「……バートリー」

「あーっ、いたいた! やっと見つけた、バートリーさん!」

 ようやく名前を口にした瞬間、ふたりきりだったバルコニーに闖入者が現れた。料理方の格好をした吸血鬼は嬉しそうにバートリーに手を振り、直後バートリー達に漂う重苦しい雰囲気に気づいて気まずそうに手を下ろした。

「……何か邪魔しちゃいましたかね?」

「いや、いいんだ。大したことじゃないから……」

 と言いながらラヴァルに背を向けたバートリーにああ、と小さく息を漏らす。そうだ、まったくもってその通りなのだ。

「ならいいんですけれど……そうだ、エルジエちゃんですよバートリーさん! エルちゃんがあなたを探して泣いてるんです!」

「なんだって!?」

 その言葉に泡を食ったように立ち上がるバートリー。やはりあの娘を連れてきていたのか。そのくせ置き去りにしてこんなところで……知らず知らずのうちに溜め息をついていたラヴァルに気づいたのか、バートリーが気まずげにこちらを振り返った。

「あ…………」

「……なんだ」

 仏頂面で応じたラヴァルに、バートリーはためらいがちに口を開きかける。しかしラヴァルはそれを遮った。

「『家族』が待っているんだろう? さっさと行ってやれ」

「…………!」

 驚いたようにバートリーは息を呑む。そして二、三、何か言おうとしては口を閉ざし――やがて決心したようにぎゅっと目をつぶると、ようやく館内に足を向けた。

「ちゃんと、大事にしてやれ」

 そんな後ろ姿に届かないよう、掻き消えるほど小さな声でラヴァルは呟いた。




「お加減が優れないようですねえ」

 屋内に戻っても顔色が悪いバートリーに気づいたテュバルが言う。

「ああ……ちょっと、気分が悪くなってしまって。少し休むだけのつもりだったんだが……」

「バートリー、大丈夫!?」

 と、エルジエが涙ぐんだ目で見上げてきた。バートリーとはぐれたと気づいてからどれだけ心細い思いをしたのだろう? なのにバートリーを責めようともしないエルにバートリーは胸を締め付けられた。

「ああ、大丈夫だよ。エルジエこそ、怖くなかったかい?」

「ううん、平気……」

 抱き付いてきたエルジエの頭を撫でる。バートリーに心配を懸けまいとしているのが嫌になるほどわかった。

「……ごめんなさい。ちゃんと言うこと聞かないで、勝手にひとりで行って……」

「いいんだ。僕も悪かったんだから」

「本当よ! 家族だかなんだか知らないけど、年下の面倒も見られないなんて保護者失格なんじゃないの?」

 給仕の装いをした女吸血鬼にぐさりと言われたバートリーは返す言葉もなく、項垂れるしかなかった。

「まあまあ、バートリーさんも体調が思わしくないみたいなんです。そのへんにしたげてくださいな……」

「バートリー、なんだか体が冷たい……」

「風邪でも引いたの? だったらいつまでも無理しないで、その子と家に帰ったほうがいいんじゃない?」

「ああ……そうしようかな……」

 せっかくサンジェルマンに誘われてきたというのに、結局まともに挨拶することすらもできなかった。しかし、このまま長居してもまた吐き気を催してエルジエに醜態を見せてしまうだけかもしれない。誘ってくれたサンジェルマンにも、外を楽しみにしていたエルジエにも悪いが……。

「わたしはいいの。美味しいものたくさん食べられたし、いっぱい優しくしてもらったし、とっても楽しかった。バートリーが辛くなるほうがいや」

「決まりですねえ! 礼を重んじるのもいいですが、それで自分の体を壊しちゃ元も子もありません! その方にはあたし達のほうで説明しておきますよ。ね、ネリッサさん」

「え!? そ、そうね……仕方ないわ……」

 優しいテュバルと腑に落ちない様子の給仕吸血鬼に見送られながら馬車置き場へと向かう。吸血鬼達の為に中へ日光をまったく通さないつくりになっている馬車の御者台には、催眠をかけられた人間の御者が虚ろな瞳で座っている。カミラが手配してくれた奴隷なのだろう、首からは『吸血厳禁』といった但し書きの書かれた札がかかっている。

「ともかく、君が楽しめたようで良かった。今度来るときは、こんなけちがつかないようにしたいな」

「また行けるの!? 次はいつ!?」

「いつになるかは……僕は友達があまりいないから、こういうのにはあんまり誘われないんだ」

「ええー!? だってテュバルとか、サンジェルマンとかいるでしょう?」

「彼らとはまた違う友達のことさ……」

「よくわかんない……おとなって友達を種類で分けるの?」

 頬を膨らませて座席に座ったエルジエにどう説明したものか苦笑いするバートリー。だいぶんおとなびているけれど、やっぱりまだまだ子供なのだ。晩餐会用に仕立てたドレスの胸元に食べこぼしらしきしみがあるのを見つけ、バートリーは微笑ましい気持ちになった。




「……旦那」

 バートリーとエルジエ、二人を乗せた馬車が走り去るのを窓から見つめる影。人間売りこと抜け目なきシャイロックである。

「ああ、そんなところにいたのかい。バートリーの旦那、もう行っちまったよ?」

 テュバルの言葉にもああ、と生返事を返し、テュバルをますますいぶかしませる。

「あんた、どうかしたの? まさかあんたまで風邪を引いちまったとか……」

「風邪……ならいいんだがねえ……」

 眉根にしわを寄せ、ふうっと溜め息をついたシャイロックに一体どうかしたのかと訊ねようとした瞬間、広間内に鈴のような声が響いた。

「皆さん、今宵はお忙しい中お越しいただき本当にありがとうございます。至らぬもてなしでございますが、どうか楽しんでいただけると幸いです」

 晩餐会の主催者、カミラの声だ――さして大きな声にも聴こえないのに広間によく通るのは、皆が彼女の声に聞き入っているからだろうか? 広間の中央でたおやかに微笑む貞淑たるカミラの美しさは、庭園に咲いた薔薇をすべてかき集めても到底比べ物にならないだろう。

「――さて。これから少し、私的な話をしようと思っています。わたくしのつまらぬ独り言ですので、どうぞお食事の手は止めず、聞き流してくださって構いません。まだくだらない戯言です、どうか本気になさらぬよう――」

 と、控えめな彼女にしても随分迂遠な前置きでその話は始まった。回りくどい言い方に眉をひそめた者達も、次の瞬間カミラが口にした言葉に驚愕した。

「掟番という制度を廃止したいと思っている、といったら、皆さん少し驚かれるかしら?」

「カミラ……!?」

 バルコニーの近くでひとり静かに血を飲んでいたラヴァルがグラスを取り落とす音にすら、誰も振り向こうとはしなかった。



 ◆



「なァんか最近、変な風が吹いてないかい?」

「風?」

 クローゼンブルクの街はとある小さな酒場。吸血鬼ハンター達のギルドを隠す為に建てられたこの酒場は、あいにく今日の客の入りはあまり芳しくないらしい。女主人が退屈そうに皿を磨きながら愚痴を吐く相手は現代風に大胆に仕立てられたチュニックを纏った青年。名はシャルル=アンリ・ナヴァール。

「オレにはなんも感じないっすけどねー……『風』ってどんな感じっすか?」

「いやねえ、なんて言ったらいいかわからないけど……足の骨が寒くなるみたいな、妙に冷たい風を感じるのさ。こういう風が吹いてると、決まって良くないことが起きるんだ」

「へええ……」

 シャルル=アンリには何も感じないが、相手はいわば門番を務める女主人。シャルルのような若造よりもよほど感じ取れるものがあるのだろう、と素直に聞く。

「オレも気をつけた方がいいのかな……」

「あんたは大丈夫でしょ。丸裸にして屍食鬼の群れに放り込んでも平気で帰ってこれるんだから」

「それは言い過ぎっすよ! さすがに腕一本は確実に持ってかれます」

「腕だけで済むのかい……」

 呆れ顔の女主人にえへへと舌を出す。

「どっちかっていうと、そうだね……あの子なんか心配だよ。カンタレラ」

「コーハイクン?」

「あの子、いかにもツイてないっていうか、間の悪そうな顔をしているだろ? こういうとき、ろくな目に遭わないのはああいう子だよ」

 なるほど、確かにあの顔、齢十七とは思えない不景気顔はいらぬ不幸を呼び寄せそうだ。見ているこちらの気が沈むようなどんよりとした表情が脳裏に浮かぶ。

「ま、大丈夫っすよ。コーハイクンはオレが面倒見てますから」

「あんたに任せると尚更不安だねえ……」

「ええっ!?」

 などと軽口を叩きあいながら地下への扉を開けてもらう。最近めっきりギルドには寄っていなかったので、きっとたんまり報奨金が溜まっていることだろう。そろそろ新しい服を仕立てようかと考えつつ階段を降りる。

「……シャルルさん!? シャルルさんですよね!? 良かった助かった、天の助けだ……!」

 ギルドに着いた途端、シャルルに飛びついて助けを求めてきたのはジュビア。シャルルと同い年くらいの、言われなければまったくハンターには見えないお人好し然とした顔つきの若者だ。元々冷静沈着とは言い難い人柄だが、今日はいつにもまして泡を食っている。

「ちょ、ちょっと暑いって! つーか一体何よ!?」

「貴方しか止められる人がいないんですよ! お願いします、話だけでも〜!」

 まったく要領をえない答えだが、とにかく緊急を要する事態らしい。助け船を求めて周りを見ると、普段ならその辺で酒を煽りながらくだを巻いているごろつき連中が妙に静かなことに気がつく。まるで何かに怯えているように、縮こまって様子を窺っていた。

「あら、ちょうど良かったわシャルルちゃん。ちょっと来てくれる?」

「マジ何があったんす? ビーチェさん」

 娼婦めいた格好の妙齢の女に手招きされ、ギルド構成員達の為の寝床、休息所として作られた部屋へと向かう。ビーチェと呼ばれた女は憂い気に目を伏せ「あの子達よ」と呟いた。

「まさか……」

「飽きずにというか、懲りずにというか。アタシ達も頑張って止めたけど、あの子って一度頭に血が昇ると人の話が聞けなくなるじゃない? こんなときに限ってクレスはいないし……」

 ビーチェの話から察する最悪の事態に悪寒を覚える。そして案内された部屋で行われた光景には思わずため息を漏らさざるを得なかった。

「あちゃー……」

 拷問だった。少年が椅子に縄で厳重に縛り付けられ、錫杖で何度も何度も殴りつけられている。うつむいた顔に浮かぶ表情を窺うことは出来ないが、痛み、ところどころ擦り切れた衣服に浮かぶ黒いしみが彼が味わった痛みの苛烈さを物語っている。黒い肌の少年、カンタレラをいたぶるは白い修道服をまとう青年。

「ドミニっち! 一体全体何しちゃってんの!?」

「……お久しぶりです、シャルル=アンリ。私の名前はドミニコです」

 ドミニコはシャルルの言葉にわずかながらも反応を見せたが、すぐにまたカンタレラを殴打し始めた。

「せ、せめてワケを教えてくんない? いくら仲悪いったってここまでじゃなかったっしょ?」

 ドミニコの得物である錫杖を掴んで動きを制しながらやんわり訊ねると、ぎろりと聖職者にあるまじき視線を向けられる。ぎょっとしつつも平静を装って見つめ返すと、しばらくして落ち着いたのか自ら錫杖を降ろした。

「……彼は裏切り者です。魔女に魂を売るだけに飽き足らず、吸血鬼と通じた恥知らず。この者がこれ以上罪を重ねる前に早く命を絶ってやるのが温情というものです」

「何? 裏切り者?」

 あまりにカンタレラに似つかわしくない言葉に面食らう。確かに毒血なんて滅茶苦茶なものを持っているからには魔女とのつながりはあるだろう。だが――そんな異様なことをしたのは、元より吸血鬼に深い恨みがあるからこそではなかったか。だのに、そんな彼が吸血鬼と通じた? そんなことがありえるのか。

「何かの間違いとかじゃないの? よりによってこの子がそんなことあるわけないじゃん?」

「いいえ。確かにこの目で見ました。彼が吸血鬼を庇い、助けようとする姿を」

「マジかぁ……」

 一体どういうドジを踏んだらそんな風に思われてしまうのか。思い込みの激しいドミニコのことだ、きっと何かの勘違いなのだろう――問題はドミニコがその思い違いを根拠にどこまでも暴走してしまう厄介な性格であることだ。本人の言い分も、周囲の説得にも耳を貸さず、ただひたすらに自分の思い込みのまま行動する。彼が修道会を破門されたのもその苛烈すぎる性格に問題があったのだろう、とシャルル=アンリは踏んでいた。

「で、でもでも、だからっていきなり殺すのはやりすぎっしょ? もしかしたら何か、深ーい事情があったりしたのかも……」

「ええ、だからこうして彼に訊ねているのです。彼と通じた吸血鬼があと何体いるのか、彼がどの程度まで我々の情報を敵に漏らしてしまったのか」

 あっ駄目だ、これ根本的に話が通じてない。放った言葉を斜め上に打ち返してくるドミニコにシャルルは天を仰ぎたくなる。今の彼を説得するには、下手に言葉を重ねるより力で無理やりねじ伏せたほうがよほど効果があるだろう。今のシャルルに期待されているのはそういう役割なのだ。しかし……。

「……やっていいわけ? オレ達が、本気で?」

「それは困りますわね」

 と――突如背後から掛けられた声に跳び上がりそうになる。人形のように小さい少女、ギルドの会計係ネッサローズ。ギルドの事実上の元締めである彼女もこの事態には辟易しているのか、困ったように頬に手を当てていた。

「カンタレラ様はギルドの貴重な精鋭です。真偽の定かでない疑惑で処していい人材ではありません。ですが……それを止めるためにドミニコ様、シャルル=アンリ様が争い、互いに大怪我を負うとなれば。やはり見過ごすことは出来ません……」

「ネッサちゃんはどうしたいのぉ? カンタレラちゃんを助けたいのか、見殺しにしたいのか」

 ビーチェに訊ねられ、ネッサローズはますます困ったように眉を下げた。その間にもドミニコは再び錫杖を振り上げようとする。

「やはり魔女の子……多くの者を惑わせる。殺さなければ……」

「わあああああっ! ああもう! だから止してって、殺すのは!」

 とっさに羽交い絞めにして止めると、ドミニコはまたもぎろりとシャルルを睨みつけた。

「……なぜ、そうまでして止めようとするのです。まさか……あなたまで裏切っているのではないでしょうね?」

 まずい、不信感を抱かれた。このまま敵意に変わってしまったら……面倒な事態を避けるべく、シャルルは必死で頭を回転させる。

「……や、約束! そうだオレ、コーハイクンと約束してたんだよ!」

「約束?」

 いぶかしみながらも動きを止めるドミニコ。続きを促すように見つめられるが、もちろん単なる口から出まかせ、続きも何もあったものではない。

「え、えーと……」

「シャルル様とカンタレラ様には、とある依頼でこれから向かってもらう場所があったのですわ」

 シャルルに助け舟を出したのは魔女人形ネッサローズだった。

「わざわざ二人も派遣するのですか?」

「大袈裟に思われるかもしれませんが、本当ならばかなりの人員を裂くべき事案ですので……なんでも、村に怪物が何体も現れ、村人達を殺めているとか……」

「吸血鬼が屍食鬼でも引き連れているのかしら。確かに面倒臭い話ねえ」

 ビーチェの言葉にネッサローズは首を振る。

「いいえ、どうやら屍食鬼とは違うようなのです。村人達を襲う怪物は、毛むくじゃらの、けだもののような姿をしているとか」

 ネッサの言葉にその場にいた全員がはっとした。人間を襲う毛むくじゃらの怪物――熊や狼などのただの獣でないのなら、確かにそれは強大すぎる敵だった。

「……アタシも行きましょうか。二人だけじゃ危ないわ」

「ビーチェ様には別件で向かってほしい場所があります。シャルル様達は今回はあくまで様子見、噂の真偽を確かめる程度で結構ですわ。もちろん怪物達を撃退できるのならそれ以上のことはありませんが、身の危険を感じた場合はすぐに撤退してくださいませ」

 ネッサローズの深刻な表情を見るに、どうやらカンタレラを助けるための方便というわけでもないらしい。しかし、シャルルにとっては好都合だった。カンタレラの命を救うだけでなく、『燃える』難題に挑むことができる。毛むくじゃらの怪物が何体も? 上等だ。

「よし、決まりだ。ドミニっち、まさかまだコーハイクンをどうこうしたいなんて言わないよね? まさかこんなか弱いオレに一人でそんなおっかない場所に行けっていう気ー?」

 わざとらしくおどけながら訊ねると、ドミニコはまだ納得いかないながらもだいぶ落ち着いた表情になっていた。

「しかし……まだカンタレラの疑惑は晴れていません。もし依頼先であなたを裏切り、またも敵に味方するようなことがあれば……」

「大丈夫。そんときは、オレがこのコを殺すから」

 と、あまりにあっさりと答えたシャルルに今度はドミニコがぎょっとする番だった。

「…………」

「オレがこのコの教育係だったってこと、忘れてない? もし本当にコーハイクンが裏切ってるなら、それはオレの責任だ。きっちりこの手で始末つけなきゃ、だろ? ……ていうか」

 オレがコーハイクンなんかにやられると思ってるわけ? シャルルの言葉に、ドミニコはしばらく押し黙った。

「……わかりました」

 やがて、諦めたようにドミニコが言った。

「カンタレラのことはシャルル=アンリ、あなたにお任せします。何かあった場合は容赦のない処断をお願いします」

「だいじょーぶだいじょーぶ。オレにまっかせなさいって!」

「それならば、何よりで――」

 どん、とシャルルが胸を叩いたのを合図にするように、ドミニコの体がぐらりと傾いた。

「ちょっ、ドミニっち!?」

「二日くらい飲まず食わず休まずでずっとこんな調子だったから……気が抜けて体の力も抜けてしまったんでしょうね……」

 ばったり床に倒れ込み気絶してしまったドミニコにビーチェがため息をつく。ネッサローズが「人手を呼んできましょう」としずしずと退席した。

「マジかあ……てかそんなの、コーハイクンもよくもったよね……だいじょぶ? 生きてる?」

「ぅ…………」

 縄をほどきながら軽く頬を叩いてやると、微かにうめくような声を漏らす。よくよく死にかけるわりにしぶとい奴、と安心しつつ感心する。

「キミが吸血鬼に味方した、ってマジなの? 本当だったらちょっとマジ引きなんだけど?」

 冗談っぽく訊ねてみるが、返事は返ってこなかった。まあこんな状態で答えられるわけないか、と一人合点し、縄から解放されたカンタレラを抱きかかえてやる。

「ま……どっちでもいいよ。キミが本当に裏切り者であろうとなかろうと、ね。どっちにしたってキミは殺させないし、もちろんオレもキミには殺されない。だってさ……」

 カンタレラだけにしか聞こえぬよう、そっと耳元で囁く。意識はまだあったのか、シャルルの腕の中でびくりと体を竦める感覚が心地良い。

「キミを殺すのはオレなんだから、ね?」


吸血鬼大全 Vol.274 ネリッサ

女吸血鬼カミラの元で侍従を務める若い女吸血鬼。ナイフなど小さな小物を作り出す程度の創造能力に長ける。

有事の際にはカミラの護衛を務めるが、普段は侍従としてカミラの身の回りの世話や血の調理を担当している。中でも血の扱いは他の侍従から頭一つ抜けた技術を持ち、カミラからも一目置かれよく食事の用意を頼まれている。

極度の男性嫌い。


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