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歴史いろいろ話  作者: 辻風一
新作歴史エッセイ
20/21

豊臣秀吉は六本指だった!?

 太閤秀吉といえば百姓の身分から大出世して、日本を統一した英傑として有名である。

 秀吉というと、出世頭以外にどんなイメージを持たれるであろうか?


 エピソードでいえば、墨俣一夜城、金ヶ崎の退き口、高松城水攻め、中国大返し、山崎の戦い、清州会議、石垣山一夜城、京都の復興、大坂城、朝鮮出兵……

 特徴でいえば、サル顔、禿げネズミ、小柄、人たらし、カリスマ、女好き、戦略家……


 これらがまず浮かぶと思うが、秀吉にはもう一つ、大きな特徴があった。右手の親指がひとつ多かったのである。今でいう多指症たししょうであったと言われている。多指症とは手や足の指が一本多く生まれてる疾患のことだ。


 えっ? そんな話は大河ドラマや戦国時代を舞台にしたドラマや映画、時代小説では聞いたことがない?


 たしかにかつての秀吉の伝記、絵本太閤記、そして吉川英治、山岡荘八、海音寺潮五郎、司馬遼太郎、山田風太郎、津本陽、堺屋太一といった有名作家の時代小説にも描かれていないエピソードではある。


 では、史実ではどうであったのか?


 低い身分の時から莫逆の友であった前田利家の回想録『国祖遺言』には、太閤秀吉は右手の親指がもう一本あり、信長公から“六ツめ”と呼ばれていたという。

 また、宣教師ルイス・フロイスの『ルイス日本史』にも同様に秀吉は指が一本多かったと記録している。

 朝鮮の官人・姜沆きょうこうは慶長の役で日本軍に捕らわれ、朝鮮に帰国してから日本の見聞録を『看羊録』にまとめたが、それにも秀吉が六本指であったと記述されている。ただし、こちらは秀吉は成長した際に自分で刀で切り落としたとある。


 現在も当時も多指症で生まれた子供は成長するまでに余分な指を切除してしまうものであるが、秀吉はそのまま暮らし続け、利家が「切ってしまえ」と言っても、そのままでいたという。ただし、天下人になってからは六本指の記録を消去し、肖像画にも親指を隠して描かせた。

 そのため、「秀吉の六本指説」は珍説・邪説とされていた。

 これが今までの豊臣秀吉の伝記や物語に紹介されなかった理由である。


 だが最近ではこの六本指説を本当とする説が有力となった。

 なので、最近の漫画の「センゴク」(宮下英樹)、「シグルイ」(原作・南条範夫/作画・山口貴由)に登場する秀吉は六本指で描かれている。


 なお、多指症の著名人は少なくない。


 明の詩人・祝允明、ポーランド大公ヘンリク2世、イングランド王妃のアン・ブーリン、メジャーリーグのピッチャーのアルフォンセカ(両手両足すべてが六本指)、『悪魔のトリル』の作曲家タルティーニ、『ライ麦畑でつかまえて』の作家J・D・サリンジャー、毛沢東夫人の江青、ミュージシャンのハウンド・ドッグ・テイラー……などがいる。

 また、幼少時に手術で切除した人物では、ジャズピアニストのハンプトン・ホーズ、女優のジェマ・アータートン、ヘビィメタルバンド“スリップノット”のシド・ウィルソン、声優の細谷佳正……などがいる。


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