大奥に現れた妖怪
江戸時代の初め、三代将軍家光のころ、大奥に妖怪が出現したという……
大奥とは、江戸城の将軍の夫人・側室がいた居住した場所で、家光の乳母である春日局が現在に知られる「大奥」を形作っていった。
そこで働く女中たちの間に、気味の悪い噂がながれた。深夜になると、大奥近辺に妖怪が出没するのだという。その妖怪は般若のような鬼の顔をしていて、廊下をうろついていたのを目撃した女中が、日ごとに増えていった。
この妖怪の噂は将軍の母である崇源院の耳にも入った。崇源院とは、2011年の大河ドラマ「江〜姫たちの戦国〜」の主役ともなった江のことだ。
「それは妖怪でも、鬼でもなかろう。きっと、男が女を慕って通っているのじゃ。きびしく不寝番を申しつけよ」
と、崇源院が笑っていたと伝え聞いて、驚いた者がいる。当の鬼面の妖怪だ。妖怪の正体は家光であった。
般若の面をつけていたのは、相手が母づきの女中が相手だったからだ……
「江」のドラマでは美化されていたが、崇源院はたいへん気性が激しく、嫉妬深かった。父である二代将軍・秀忠の浮気をまったく許さない戦国生まれの強い女だった。
武家の棟梁である家光もこの母親には頭があがらない。家光は怖ろしくなって夜這いをピタリとやめた。
しかし、夜這いの相手の女中が妊娠した――
さっそく大奥で妊娠させた男――般若面の男探しが始まった。家光は窮地に立たされた。これが発覚すれば、面目は丸つぶれ。
そんな家光を見かねて、小姓の伊丹権六が名乗りでた。
「家光様!例の般若面を私にお渡しくださいませ。私が身代わりになって、大奥に忍び込みます。捕えられても殿の名も真実も洩らしません」
家光は幼いころより自分に仕えてくれた大事な小姓のひとりだ。大奥で不義を働いたものは死罪になるのは必定――それを知っての申し出に家光は感動して鬼面を渡した。
その夜、伊丹権六は般若面をつけて大奥に侵入した。大奥は将軍以外の男禁制の場所であるが、特別に警備のために伊賀者が守っている。警戒していた伊賀者に権六は捕らわれた。
結果、伊丹権六は磔にされた。
妊娠した侍女・古五は、武蔵深谷に御預けとなったのち、そこで火炙りの刑に処せられた。
二人とも厳しい詮議があったが、家光のことは一言もしゃべらなかった。
伊丹権六は末代まで不義者の汚名を残す苦しい忠死だ。
家光はふたりの忠義心にいたく己を顧みて反省した。以降、みだりに女色にふけることをやめた。しかし、これが男色に走るきっかけになったという―――
権六には二歳になる子がいた。この子も連座して死罪になろうとしていた。当時は戦国時代からの慣習で、罪を犯した者の一族まで処罰された。
(ちなにみ、これは八大将軍吉宗の時代まで続いた。あの大岡越前守が廃止させたのだ)
これを知った家光は天海僧正に頼んで除名運動をしてもらった。かくて罪を逃れた権六の子は、浅草寺観音の別当となった。彼は勉学に励み、僧正の地位にまで上りつめたそうだ。
以上、『明良洪範』に残された話だ―――
『明良洪範』は18世紀の真言宗の僧侶が書いた本である。この話はいつの頃の話であろうか?
家光が14歳くらいの初恋の話だという説では、子供の頃からはっきり言葉をしゃべれず、生母の崇源院は弟の国松を愛して、次期将軍にと考えていたので、もしかしたら、この不義騒動にかこつけて家光を世継ぎの座から失脚させようとしたとも考えられている。だとすれば、伊丹権六は春日局の命で罪をかぶったのではないかという歴史学者がいる。
また、これは成人してからの話であり、後年の老獪な政治家となった家光から考えて、近習の権六に、その子を出世させるから身代わりになれと裏取引したのだ、という歴史学者の見解もある……
いずれにせよ、大奥の妖怪騒動の裏には徳川家の御家騒動があったのかもしれない―――




