オセロ・カーナビ・天津飯……実は日本発祥の意外なモノ
先月、6月20日にオセロを発明した長谷川五郎氏が亡くなったニュースがあった。氏はボードゲーム研究家で他にもさまざまなボードゲームを考案している。
長谷川五郎は旧制水戸中学時代に、学校のみじかい休み時間にたのしめるゲームを考案した。中学生で囲碁は良く知らなかったが、碁石をつかった簡単なルールの「はさみ碁」を考えて友人たちと楽しんだ。
その後、大人になって入院している時に、同室の患者たちが囲碁将棋を知らなかったため、牛乳瓶のフタをつかってはさみ碁を楽しんだ。さらに、牛乳瓶のふたの表を白、裏を黒と塗り分けて、将棋のように自分の持ち駒にできるようにした。
このゲームは面白いと評判になり、名前をつけることになった。英文学者の父・長谷川四朗氏に相談すると、シェイクスピアの『オセロ』を提案した。
『オセロ』の物語とは、ヴェニスの黒人将軍のオセロが、旗手のイアーゴーの策略で妻のデズデモーナ(白人女性)を疑って殺してしまう、シェイクスピア四大悲劇のひとつだ。この話では敵も味方もよく寝返るのが特徴である。
ところで、オセロの発明者が日本人と聞いて驚く方もいるだろう。なんとなく海外から輸入されたボードゲームとう印象が強いと思う。
海外由来のモノと思いきや日本製だというものは他にもあるので紹介しよう。
○スパゲティ・ナポリタン
明治時代に西洋料理のスパゲッティが輸入されたが、当時、材料は輸入にたよるしかなく、値段のたかい高級料理であった。
ケチャップはまだなく、フレッシュ・トマトを使ったパスタソースとハム、バジル、マッシュルームなどをつかったものだ。
その後、アメリカでケチャップをつかった安価なスパゲティが流行した。実はこれに具ははいってない……
日本は太平洋戦争後、進駐軍のもちこむ食文化が広まり、日本人もアメリカ風スパゲティをつくることになった。
神奈川県横浜のホテルニューグランドの料理長・入江茂忠が、進駐軍の具なしスパゲティを「芸がない」として、フレッシュ・トマト、タマネギ、ピーマン、ハムなどを炒めた料理を創作した。
これがスパゲティ・ナポリタンの誕生である。生のトマトはケチャップで代用され、より作りやすくなり、軽食堂や喫茶店、家庭で広まった。
○カーナビ(カーナビゲーション)
1981年にホンダが発明。正式名は「ホンダ・エレクトロ・ジャイロケータ」という。しかし当時はまだGPSがなく、エリアシートを地域によってセットする手作り感あふれるものであった。
これは車輪の回転で判断するが、少しずつズレていくというシロモノであった……
のちに大発展をとげて今に至る。
○EDWIN
1947年、日暮里の常見米八商店はアメリカから中古ジーンズを輸入して売買していた。1960年代に日本独自のジーンズの製法を開発しファッションブランドが確立。
EDWINとは、デニム(DENIM)の文字を入れ替えたものだ。
○回転テーブル(中華テーブル)
ほとんどの中華料理店にある“中華(回転)テーブル”、これも実は日本発祥である。
目黒雅叙園(総合結婚式場)の創業者・細川力蔵氏が1932年に考案した。
雅叙園では当時、大きな円卓に料理を何皿もだしていた。お客が料理をわけるには、一度立たないといけない。それを見た細川力蔵は「テーブルが回転すれば便利だ」と閃き、回転する円卓テーブルがつくられた。やがてそれが日本の中華料理店に広まった。
○天津飯
中国の天津市にこの料理は無い、日本で開発された。つくった人は浅草の来々軒説と大阪の大正軒説がある。
○エビチリ(エビのチリソース)
陳建民が日本で中華料理店を開いたが、日本人が豆板醤などの辛味料理に馴染みがなったため、辛味を押さえた料理を工夫した。
その中で、四川料理の『乾焼蝦仁』(カンシャオシャーレン)をケチャップや卵黄などで辛味を押さえて開発してヒット。チリソースも市販されて、家庭でも手軽に作れるようになった。
○ウィルキンソン
1889年、日本の兵庫県に住んでいたイギリス人クリフォード・ウィルキンソン氏が、狩りの途中に生瀬で発見した炭酸鉱泉。
ウィルキンソンがロンドンで解析してもらい、食用・医療用に良いことが判明。鉱泉水を瓶詰にしてボドリング事業がはじまった。その後、アサヒビールが販売を行うことになった。




