ねずみ小僧は義賊ではなかった!?
とある夜、江戸の下町の長屋。稼ぎ頭の父親が病気で倒れ、母親は内職、子どもはひもじく泣いている。そんな貧乏にあえぐ庶民の部屋の玄関口にチャリンと金属音がする。何かと思って玄関を覗いた親子はそこに小判があって驚く。
「きっと、鼠小僧のしわざに違いない……」
泣いて感謝する貧乏な親子は、外にでて闇夜に消えた義賊・鼠小僧に感謝する……
彼こそは大名や富商から奪った金銭を貧乏人にばらまく怪盗・鼠小僧。庶民の英雄である――
と、鼠小僧といえばこんなシーンが浮かぶと思う。
最近でもユーモアミステリーで有名な赤川次郎先生が書いた連作時代劇ミステリー「鼠、江戸を疾る」が好評で、滝沢秀明主演でテレビドラマ化もされていて、視聴された方も多いだろう。
鼠小僧を主役にして小説、ドラマ、映画は昔からあるようでその一部をざっと紹介します。
最初というと、江戸時代の安政4年(1857)年に歌舞伎で演じられた「鼠小紋東君新形」、落語の「蜆売り」などがあります。
小説では芥川賞の元になった芥川龍之介、直木賞に元になった直木三十五、股旅小説を初めて考えた長谷川伸、吉行淳之介、菊池寛といった有名作家が鼠小僧をモチーフにした小説をかいています。
「鞍馬天狗」で有名な大佛次郎が書いた「鼠小僧次郎吉」は昭和7(1932)年に初の映画化され、好評でシリーズ化されました。
テレビドラマでは昭和40(1965)年に「怪盗ねずみ小僧」(三木のり平主演)が初のドラマ化のようです。ねずみ小僧ドラマは好評でさまざま作られましたが、これから派生した「女ねずみ小僧」というシリーズもあります。これらは鼠小僧の娘や孫娘が初代の跡継ぎとなり活躍する設定です。
ところで、鼠小僧とは実在の人物なのであろうか?
結論をいえば、実在しました!
ただし、貧乏な人々に小判をめぐむ義賊ではなかった!
それでは実在した鼠小僧についてかんたんに解説します。
捕まった鼠小僧次郎吉は五尺にみたない小柄な男で、敏捷な動きだったそうだ。
彼の自白した調べ書きによると、歌舞伎小屋・中村座の木戸番である真次郎の息子・次郎吉は元吉原(現在の日本町人形町)に生まれ、10歳ごろ木具職人の家で奉公し、その後鳶人足になった。しかし身持ちがよくなく、親に勘当されました。その後は酒と賭博で借金をかかえ、盗賊に堕ちていく……
文政六(1823)年から武家屋敷に忍び込み、盗み続けたが二年後に土浦藩上屋敷で捕まった。その間、28ヶ所32回の犯行。この時は入れ墨を入れられて江戸を追放される処分を受けました。
ここで更生すれば良かったのですが、上方に消えた次郎吉はふたたび江戸に戻り、父親の住む長屋にもぐりこみました。またも賭博の悪い癖が出て、資金稼ぎに盗人に戻ってしまう……
しかも今度は7年間、武家屋敷を71ヶ所90回も盗み続けました。
そして日本橋浜町の上野国小幡藩屋敷で捕まりました。いままで盗んだお金は三千両にもなるらしい……
現在の価値に換算すると7200万円くらい……ちょっとビックリするくらい高額です。
次郎吉は捕まった三か月後に市中引き回しのうえ、小塚原刑場で獄門となりました。享年は36から38歳と考えられます――
次郎吉の住んでいた家を捜査したが、家財道具もろくなく、金子がほとんど見つからなかった。しかも普段は慎ましい生活をしていたという。では、お金はどこに消えたのか?
そこで庶民に分け与えたという噂が流れ、義賊・鼠小僧という虚像伝説が生まれたようだ。
なんといっても支配階級である武士の屋敷に、殺されるのも覚悟で単身盗みにはいった度胸は凄い。そこで反権力の英雄としての虚像に尾ひれがついて作り上げられた物語だったようですね……
しかし、現在の研究では奪った金は博打、酒、女に消えたのが真相のよう。
それでは、大名屋敷を専門に狙ったのは何故か?
町人の家には大金がなく、富商は金があるので警備態勢が万全で忍びにくい……
意外と武家屋敷は広い割には警備がうすく、男たちが住む表と女たちが住む奥が区分けされており、お金はこの奥にあったのだ。当時は銀行なんてなかったのでタンス貯金を狙ったようですね。
次郎吉は忍び込みが成功すれば、女性ばかりで追撃がゆるいと判断したとか。
また、武家に泥棒が入ったという話は士道不覚悟となり面子がさがってしまう……それで幕府に訴えにくかったという事情もあったようだ。




