リッツシュタイン王宮
フレッド、シュトルツ、そしてラザフォードがリッツシュタイン王への謁見を求めて王宮に入ると、王宮内はパニックを起こしていることがすぐに感じられた。王族のうちでカ的連合軍から命を挿す出すことと名指しされている王と王妃、そして次期王位継承者のフィリップとその妃であるリーナ以外のものは、巻き込まれることを畏れて国外へ逃亡したという。大臣達は右往左往し、とっかえひっかえやってくる諜報部の報告を聞いては更なる絶望に打ちひしがれていた。
3人を城門から案内した兵がラザフォードを見て言った。
「それにしても、貴女はリーナ姫にそっくりですね。最初見たときには驚きました」
そう思ったのは彼だけではなかったようで、ラザフォードが通るのを見て深々と頭を下げる侍女や兵士も同様に、彼女をリーナ姫だと勘違いしていたようだった。その度にラザフォードは苦笑するしかなかった。
「そんなに私ってお姫様に似ているのね。悪い気分はしないわ」
初めて王宮に入るというラザフォードは、一時状況の深刻さを忘れたかのようにきょろきょろしながら城内参足を楽しんでいた。
そんな彼女の横を歩くフレッドは、深刻な状況もラザフォードをも忘れて、陰気な表情で背を縮め、ぶつぶつと独り言を言いながら歩いていた。
「フレッド君、どうしたの! 背筋をまっすぐにしなさい。そんなんじゃ王子様に見えないから」
「いや、見えなくても王子ですから」
「緊張しているの? でも、私やシュトルツさんも話をするから一人で抱え込まなくて大丈夫よ。リッツシュタイン王だって死ぬのは嫌だし、あなたが褐曜石を取ってくるって言えば喜ぶわ。一番重要な研究員達の同意はすでに得たじゃない。そうなれば王達も同意するしかないでしょうし、軽く考えればいいのよ」
フレッドは元気そうなラザフォードを横目に、大きなため息をついた。
(リーナに会うのも嫌なら、彼女の旦那に会うのも嫌だな……)
フレッドは憂鬱であった。恋焦がれた初恋の人の夫に顔を合わせることなど、誰が望むだろうか。リーナの夫になったというフィリップ王子に対する少々の好奇心はあるものの、自分が国を追放されたことはリーナもすでに知っているだろうし、どんな顔をして彼女に会えばいいのかを思うと気が重かった。
謁見の間のドアの前で、ちょっと待て、と言って、フレッドはもう一度気持ちの整理をしようとした。そんなフレッドの顔をラザフォードは覗き込んだ。
「もう、フレッド君ったら! 何を怖がってるの?」
彼女は頬を膨らませた。そして、そのまま兵を押しのけ、フレッドの腕を掴み、自分で謁見の間のドアを開けて先頭を切って入った。
ドアを勢い良く開けたラザフォードがそのまま部屋に入ると、開けたドアの真正面に座するリッツシュタイン王と彼女の目が合った。
王は、広々とした部屋の正面のドアから入って来た女を見ると、口をぽっかりと開けて驚いた。そして、傍に座る自分の娘を確認するように見てからもう一度ラザフォードに目をやった。2、3度そのように二人の女性の顔を見比べていた。
すぐ後ろから背筋を丸めて、ラザフォードに手を引かれて歩くフレッドが入場すると、リーナが驚いて立ち上がった。
「フレッド! 貴方、フレッドよね」
フレッドは一瞬苦し紛れに顔を背けようとしたあと、諦めたように苦笑を浮かべた顔をリーナに向けた。
「やあ、リーナ。久しぶり!」
「『やあ』じゃないでしょ? なぜ貴方がここに?」
王と王妃はその横で顔を見合わせた。
「フレッド……? まさか、ツォーハイムの?」
王妃が胸の前で手を合わせると暖かい笑顔を浮かべた。
「あら、貴方はあの小さかったフレッド君? その銀髪の髪、確かにフレッド君だわ。本当に久しぶりねー。あなたのお母様ステファニー王妃は元気にしているの?」
フレッドは引き攣った愛想笑いを浮かべた。
「あ、あの……。まあ、元気だと思います」
王妃はフレッドの前まで足取りも軽く歩み寄り、ドレスの裾を持ち上げて挨拶した。
「それにしても、この方はリーナにそっくりね!」
王妃は笑顔でラザフォードを見た。
「お初にお目にかかります。王立研究所の褐曜石応用研究課のマリー・ラザフォードでございます」
ラザフォードはぎこちなく頭を下げ、王妃はそれをものめずらしそうに見つめた。
「余は彼女がリーナかと思って、腰をぬかしかけたわい」
リッツシュタイン王は大いに笑った。
「フレッド、なぜ貴方がここにいるの?」
リーナは彼を厳しい表情を浮かべて見据えた。
「リーナ、話すと長くなる……」
フレッドは掻い摘んで彼がどうして研究所に来る事になったかを説明した。彼が冤罪により城を追われ、マニュエルと共に逃避行を繰り広げ、研究所に入学して今に至るというと、王妃は驚いたように、「まあ!」と言った。
一通りフレッドの話が終わると、リーナは懐かしそうに遠くを見つめて言った。
「なんだか、貴方は昔のままね。相変わらずの変人。でも、死ぬ前にもう一度貴方に会えたのはよかったわ」
リーナがそう言うのを聞いて、王と王妃は顔をうつむけた。
「待ってください! 王様達を死なせはしません。私達はそのためにここへ来たのです!」
ラザフォードが声を上げた。
「このフレッド王子に褐曜石を取って来させて、こちらも赤の守護者を使えばいいのです。あの野蛮な者共にリッツシュタインの国を預けるなんてことは、私達研究所の者達も国民も望みません!」
王と王妃は彼女をじっと見た。そして王は口を開いた。
「それは嬉しいが、ツォーハイムは、我が国が赤の守護者の使用をするのを許すだろうか。いくらフレッド君が国へ戻り交渉したとしても、彼らは褐曜石をそう簡単には渡さないでしょう。それがツォーハイムの意思だということは、6年前の国交断絶の時から明らかだ」
それを聞くと、シュトルツが王の前で跪いた。
「しかし、危機に陥っているのはツォーハイムも同じです。ツォーハイム首都も赤の守護者の射程内です。だから、彼らがリッツシュタインを頼ろうとする可能性はあるでしょう。私達はフレッド王子に賭けてみようと思っております。王に決断いただき次第、ツォーハイムに私達が参り、交渉に向かうつもりです」
「よかろう。我々王家にしてみれば、このまま一週間後に命を落とすのを待つだけである。貴君達がリッツシュタインの為に動いてくれるのであれば、それを断る理由もない」
御意、と言って、シュトルツは深々と頭を下げた。
シュトルツとラザフォードは王と大臣を含めて話し合い、その場ですぐにツォーハイムへ王の手紙を書いた。
赤の守護者の弾に必要なだけの褐曜石を研究所に与えてほしいということ。そして、敵軍を退けた暁には全ての赤の守護者を廃棄する約束をした。この点について、赤の守護者開発責任者であるシュトルツは最後まで同意することを拒んだ。しかし、この条件を入れないことにはツォーハイムとの交渉が成立しないだろうこと、そしてこのような脅威を二度と起こさないために、赤の守護者の廃棄を王自らが望んだことで、しまいにはシュトルツが折れたようだった。
「私の10年以上にも及ぶ研究の成果が……」
シュトルツはそう言って彼は白髪交じりの髪をかき乱すように頭を抱え込んだ。
そんなシュトルツを見て、ラザフォードは静かに語りかけた。
「シュトルツ課長、私も赤燐が廃炉になったときは同じ気持ちでした。どれだけの時を開発のためにつぎ込みこんだかを思うと、やりきれません。赤燐に対して、自分の子供も同然のような愛情さえ感じておりました。でも、自分のエゴによって人々を脅かしてはならないって、ある司祭さんに言われたんです」
シュトルツは顔を上げた。
「司祭だって? 貴女は変わりましたね。ラザフォードさんは私と同様に、科学と研究の虜だと思っていたのに……」
ラザフォードはシュトルツの言葉を聞くと、にっこりと笑顔を見せて頷いた。
交渉のための手紙を用意している王たちの傍で、リーナとフレッドはぎこちなくたたずんでいた。
「フレッド、こちらが私の夫のフィリップよ」
リーナは背の高く少し太った男を彼に紹介した。彼は気のよさそうな笑顔を見せた。
「始めまして、フレッド王子。貴方のことはリーナから聞いております。ずっと、いつかお会いできればと思っておりました。7年前の事件の際には、リーナを国へ返すために奔走して、事件の解決をなさったとか。当時は僕もリーナのことを心配して心を痛めておりました」
フレッドは、ただ引き攣った笑顔を浮かべて、「はあ」と気のない返事をしたが、そんな彼の様子を見たリーナは夫の前に歩み出て言った。
「フレッド、貴方のことを忘れたことはないわ。もちろん、私は夫のフィリップのことを誰より愛し尊敬しているわ。でも、貴方はいつでも私の胸の奥にいたの」
フレッドはその言葉を聞いて、不意打ちを食らったように、心の奥底に隠し続けていた彼女への思いが呼び起こされた。その気持ちを抑えようと、親指を握り締めて必死に涙が流れないようにと耐えるのがやっとだった。
フィリップが笑顔のまま困ったような表情を浮かべてリーナを見た。
「僕はそれでいいと思っています。誰にでも忘れられない思い出というのはあるものでしょう。でも、僕たちは二人で幸せに暮らしてきました。そして、これからも……」
そう言って、リーナの肩を優しく抱き寄せた。
「フレッド、お願い! なんとかツォーハイム王を説得して! 私はどうなってもいいけど、婿養子としてリッツシュタインに来てくれたフィリップを殺させたくないの。そして、あんな奴らの下では国民達も今までのように安心して暮らしていけなくなるわ」
リーナは必死な表情だった。
「ああ、できる限りのことはするよ、お前の頼みだしな……」
フレッドはやっとのことで顔を上げてリーナの目を見ることができた。
「お前にまた会えてよかった」
それだけ言うのが、フレッドにとってはやっとのことだった。
シュトルツと大臣達は使いのものを呼んで、リッツシュタインへ向かう準備をしだした。
「赤の守護者の弾は一つ5キロほどの物だが、それを作るのに必要な天然の褐曜石は4トンほどが必要だ。念のために2つの弾を作るとして、それを運ぶには4台の馬車を用意させてください」
シュトルツは大臣と話しながら手際よく指示をだしていた。
「アルスフェルトなどに怪しまれないようにカモフラージュをする必要があります。馬車はセイレンブルクを通ってツォーハイムに向かうことでしょう。だから、ツォーハイム国境の町ロイト付近からリッツシュタインまでの経路に詳しく、その辺をよく行き来する馬車や商人のうち、信頼できる人物を見つけてください」
大臣はシュトルツの指示したことについて、他の使いの兵達と忙しく話し合っていた。
「フレッド君、マニュエル君にも来てもらうわ。彼もモリッツ家の者なんでしょう」
ラザフォードは動き回る大臣達を見ながらフレッドに話を切り出した。
「そうですね。まずはあいつを説得できないくらいなら、モリッツ家の説得も無理だろうしな」
あいつは意外と頑固だからな、と言葉を添えて、フレッドは苦笑するしかなかった。
マニュエルが使いに呼ばれてリッツシュタイン王宮へやってきた。謁見の間へ入り、ラザフォードとフレッドを見つけると走りよってきた。
「フレッド様、こんなところに居たんですね。探しましたよ!」
そう言うか言わないかのうちに、傍にいたリーナを見つけて、本当にそっくりだ、と言って驚いていた。
「へー、それでフレッド様はラザフォード先生に惚れるわけですね」
そういったマニュエルをフレッドは軽く殴った。
「このボケ! 俺は彼女の人柄や賢さに惚れたんだ!」
と慌てて言うものの、ラザフォードはしゅんとしてしまった。フレッドは小声でマニュエルに耳打ちした。
「それに良く見てみろ、マニュエル! 二人は全然似てない。本物のリーナはあんな貧乳だ」
マニュエルはリーナを見た。
「あ! 本当ですね。リーナ姫は貧乳だぁ!」
リーナはカツカツと靴音を立ててマニュエルの前までやってきて、腰に両手を当てた。顔を真っ赤にして怒っていた。
「あんた、誰よ?」
マニュエルは慌てて口を押さえたが、もう遅かった。
「あ、え……。ご、ごめんなさい!」
マニュエルは頭を下げた。フレッドが場を取り持とうと間に入った。
「リーナ、こいつはモリッツ家の次男だ。悪気はない。いい奴なんだ」
リーナはまだ怒りの収まらない顔で、こんどはラザフォードを見据えた。彼女は地味な研究者の服装をしていたが、それでも服の下の豊満の胸は十分自己主張しており、どことないセクシーさをかもし出していた。
「貴女、ラザフォードとか言ったわね。フレッドとはどういう関係なの?」
ラザフォードは突然機嫌割るそうにやって来たリーナに傅いた。
「フレッド君は私のクラスの生徒で、休みには助手をしてくれてます」
「ふーん」
リーナはフレッドに冷たい視線を浴びせた。
「ま、いいわ。じゃあ、ラザフォードさん。よろしく頼んだわよ。この馬鹿と助平を引き連れて、ツォーハイムに乗り込んで、ちゃっちゃと敵をやっつけて頂戴!」
ラザフォードは頭を下げて、御意、と言ったが、『馬鹿』と『助平』とあだ名された二人は顔を見合わせて呆けていた。
***
「それで、僕に何の御用でしょうか?」
マニュエルはフレッドに尋ねた。彼は単刀直入に言った。
「俺と一緒にツォーハイムに行って。褐曜石を取ってくるんだ」
フレッドは事の次第を説明した。
両国を助けるために考えられるほかの手段が無く、リッツシュタイン王は停泊している戦艦を蹴散らした後には赤の守護者を廃棄する約束をしたことなどを話した。
「僕は許可しません。いくら非常事態だからと言って神の意思に背くことは、長期的に見れば繁栄をもたらしませんから」
マニュエルはフレッドの説明が終わると同時にそう言った。
「おい、マニュエル! じゃあ、お前はここにいるリーナや王様に『大人しく死ね』と言いたいのか?」
彼は大慌てでそれを否定した。
「ち、違いますよ。でも、赤の守護者はだめです」
マニュエルは首を横に振った。
それを見たラザフォードはマニュエルの前まで来ると、彼女より少し背の高いマニュエルを真っ直ぐに見上げて言った。
「マニュエル君。貴方の気持ちは分かってるわ。それでいて、あえてお願いしているの。私達はもう間違いを繰り返さない。大切な人を守れない技術ならいらないってわかったわ。でも、このままではきっとツォーハイムも無事では済まないわ。貴方達の大事にしているモリッツ家の鉱山だって、いつ敵連合軍によって占領されてもおかしくないわ。それでもいいの?」
マニュエルはラザフォードの視線から顔を背けたが、彼女はさらに言葉を続けた。
「鉱山には普段から弱い光を放つ不安定な褐曜石があると聞いたわ。もしそんな褐曜石がモリッツ家の手を離れて掘り返されることにでもなったら、ツォーハイムの人々はどうなる?」
マニュエルは目をつぶり、「でも……」と言ったきり言葉を失った。
「マニュエル、俺はツォーハイムを守る使命がある。そして、それが山の女神の意思でもあるように俺は信じる。褐曜石の放つ赤い光の中で、俺は女神の夢を見た。――俺は迷信とか神様とかに懐疑的だけど、その女神が俺に『自分の土地を守れ』と言った気がするんだ。……そんなことよりも、大切な人たちを助けるためにできる限りのことをするために、他に理由付けがいるのか?」
フレッドの銀髪の下から覗く目は真実を語っているようにマニュエルには思えた。
「分かりましたよぅ。皆してそんなに僕に詰め寄らないでください。僕は司祭である前に、王子の従者です。それに、僕は貴方を今でも王位継承者だと思っています。だから、貴方が命じるのであれば僕はそれに従います。でも、どうなっても知らないですよ」
「マニュエル君、ありがとう」
ラザフォードは笑みを浮かべた。




