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赤燐の異邦人  作者: 秋月冬雪
第三章
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王立科学技術研究所付属学校・入学試験

 フレッドがワイン屋で仕事をするようになってからというもの、給料を前払いしてもらって、二人はなんとか安宿に泊まることができた。それまでの2,3日、海辺で野宿をしていた二人は、やっと夜風をしのげるということを大いに喜んだ。

 マニュエルは当初、常に態度の大きいフレッドが接客業などできるのかと懸念していたが、意外なことに仕事は上手く行っているそうだった。

 マニュエルはその間も、フレッドが前倒ししてもらった給料から、食費を節約しては本を買って、寝る間もなく受験勉強をしていた。


 リッツシュタイン首都に来てから10日ほど過ぎた頃、一度モリッツ家に戻っていた兵達が二人の所に還ってきた。兵達――アンディとアルネは、クリスから当面二人が生活できるだけの資金を持って来たので、やっと二人はおなか一杯食べることができると喜んだ。さらに、すぐにそれまで泊まっていた安宿から出て、リッツシュタイン内の高級住宅街に大きなアパートを借りた。

 フレッドはすでに低賃金なワイン屋のバイトをする必要がなくなったが、暇だからという理由で仕事を辞めなかった。


 兵達が戻ってきたおかげで、資金難を乗り越えた二人だったが、出国の方法についてはクリスも当てがないということを彼らから聞くと、マニュエルは淡い希望を失った。

 リッツシュタインとの国交が無い中で、もしツォーハイムの重要人物であるマニュエルやフレッドが密入国をしたことがばれたなら、さらに両国間の関係は悪化するであろう事から、公式にマニュエルとフレッドの帰国を手配するのは難しいようであった。それでも、クリスは帰国させるための手段について探すと約束したそうだが、現実的に考えると、それが難しいことは容易に想像できた。


 二人は取りあえず奴隷身分からの解放者として住民登録をすることにした。そうしていれば、早くて3年後には正式な国民として国外へ出ることができると、骨董商人ドレスラーが言っていたのを覚えていたからだ。

 その手続きの為に一度マニュエルはドレスラーの営む骨董品店を訪ねた。ドレスラーの営む骨董品店は、王族も御用達の老舗であった。マニュエルが訪問したことをドレスラーは喜び、彼の店にある珍しい美術品等を見せたりして、マニュエルを客人として丁重にもてなした。一緒にお茶を飲みながら、マニュエルが研究所付属学校を受験するという話をすると、ドレスラーはその成功を祈ってくれた。ドレスラーはマニュエルに対しては至って友好的であった。マニュエルとフレッドのために、ドレスラーが彼らを外国の人買いから買いそして解放した、と認める内容の証書を作成してくれた。それを持って王国の管理事務所に赴いて、すぐに彼らは解放奴隷の登録をした。ドレスラーが作った書類のおかげで、管理事務所では特に疑われることもなく、速やかに手続きがすんだ。


 戻ってきた兵のうちの一人は、こちらの近況報告させるため、ツォーハイムへ帰した。もう一人の兵アルネは、念のために二人を警護するべく、アパートに一緒に同居することにした。アルネは、アルスフェルトの組織が二人を襲ってくるような兆しがないか、しばらくリッツシュタイン内で諜報活動をしていたが、そんな兆しが全くないと気付くと、アルネがそこで警護をしている意味は殆どなくなった。念のためにと彼らのアパートに留まったが、退屈したアルネは仕舞いにはフレッドの働くワイン屋に入り浸るようになっていた。


 それから10日間、マニュエルはただひたすら、できる限りのことを頭に詰め込むために、寝る間も惜しんで勉強していた。

 

***


 そして、試験の日が来た。マニュエルは緊張しながら潮風の吹く道をフレッドと並び歩いていた。フレッドは前日もワイン屋でのバイトがあったので、あくびをしながらふらふらとしていたが、マニュエルが緊張していることに気付くと、彼の緊張を和らげようとしてつまらない冗談を言った。マニュエルはそれに対し全く無反応で、ただ前を向いて静かに歩き続けた。

 王立研究所の入り口で身分のチェックを受け、二人は初めて研究所内部に立ち入った。秘密を厳守するために、研究所内には多くの見張りが立ち、関係のない施設等に受験者が入り込めないようにしていた。二人は筆記試験が行われる大きな部屋に辿り着いた。


 フレッドは部屋の中を一通り見回すと、ため息をついた。

「受験者は皆結構若いな。もしかして俺が一番年寄りだったりして……」

 そこにいた受験者はざっと数えて60人ほどで、大体が少年達であったが、数人の少女も混じっていた。

 フレッドの横にぴったりと張り付いて、おどおどとしているマニュエルを、後ろから呼ぶ声が聞こえた。彼が振り返ると、そこには国境で知り合った少女テレーザが緊張で引き攣った顔を強いるようにして笑顔を作り立っていた。

「確か、お名前はマニュエル君だったわよね。準備はちゃんとして来た? 私、すっごく緊張して、どうしましょう」

「僕もだよ。もっと時間があればなんとかなっただろうけど、いかんせん勉強不足で……。でも、なるようにしかならないよね。君にも神のご加護がありますように」

 少女はマニュエルの言葉に、「へっ?」と驚いたように笑ってから御礼を言った。少女はフレッドの方を見た。

「そちらは、お友達?」

「え、お友達というか……」

 言葉に詰まるマニュエルに、フレッドは「ああ、そうだ」と返事をして、面倒くさそうに名乗った。

 少女は少し恥ずかしそうにフレッドを見て頬を赤らめると、フレッドにもテスト前の月並みな質問を浴びせた。


 そうこうしているうちに、試験官がやって来て、着席するようにと受験生達に呼びかけた。

 試験官は一通り試験についての禁止事項等を説明した後、今年の受験生の人数からすると、集まった受験生のうち6割ほどが入学できるだろうことを話した。

「――大変なのは入学してからです。しかし、まずは受験に合格することが研究者への第一歩です。試験には心して取り掛かってください。それでは身分証を提示してください」

 数人の試験官達は受験生たちの身分証をチェックして、彼らの名前をメモして行った。

 それが終わると問題用紙が配られ、合図と共に試験が開始された。


***


 3時間が経過し、試験が終了した。フレッドはまあまあの手ごたえを感じていた。昔勉強したころから時間は経っていたが、ローゼンタールでソフィア相手に勉強を教えたことや、マニュエルにも受験間際まで勉強を手伝っていたおかげで、特別な勉強をしなかったにも関わらず、その試験内容程度のことは全て把握していた。

(ま、楽勝かな。年下の者達には負けん)

 解答用紙が回収されていく中、フレッドは近くに座っていたマニュエルを見ると、解答用紙が回収されるギリギリまで涙目になって計算をしているようだった。

 試験官に促されて解答用紙をやっと渡したマニュエルの顔は真っ青だった。フレッドが感想を聞くと、マニュエルは殆ど茫然自失になっていた。

「どうしましょう……。全然分かりませんでした」

 落ち込むマニュエルをフレッドは励まそうとしたが、彼は抜け殻のようになっていた。


 試験官は続いて個別面接が行われることを告知し、受験生はその場で待機するようにと言った。

 パンを齧ったりしながら一時間以上待たされて、やっとフレッドの名前が呼ばれた。

 フレッドは背筋を正して堂々と面接が行われる部屋へ入室した。

 部屋のドアを入ると二人の試験官が彼を待っており、まず身分証の提示が求められた。

「フレッド・ハートウィン君だね。君は……」

 ハートウィンという苗字は、彼が適当に考え出した偽名であった。骨董商人のドレスラーがその名前で許可をだしたので、それが当分の間の彼の苗字になっていた。

 試験官はざっと身分証に目を通すと、哀れみの目を彼に向けた。

「君は、最近奴隷身分から市民権を得たのかい? どういう経緯でそうなったかわからないけど、大変だっただろうね」

 若い試験官は両手を机の前で組み合わせると、フレッドに微笑みかけた。

「この王国研究所では、やる気のある者には、どんな身分の出であっても教育を受ける権利を保障し、教育費は無料だ。それだけではなく、君のように貧しい出の者には、奨学金が出されるだろう。奨学金制度は王女のリーナ様のご意思で、今年からできた制度なのだが、それによって君も金銭的に不自由することなく勉強に集中できるだろう」

 試験官は奨学金についての説明を続けたが、フレッドは突然出た『リーナ』の名前に動揺して、ほとんど上の空になっていた。面接にもテストにも緊張しなかったフレッドであったが、出されたリーナの名前により過去の思い出がよみがえり、準備してきた志望動機などをすっかり忘れてしまった。それでも、フレッドはしどろもどろと志望動機について適当なことを言い終わると、面接は何事もなく無事に終了した。

 戻ってきたフレッドの様子を見たマニュエルは心配そうな顔をしたが、フレッドは「なんとかなるだろう」とやる気のない感想を言って呆けていた。


 それから割りとすぐにマニュエルも面接に呼ばれた。

 しばらくして、面接を終えて戻ってきたマニュエルは元気そうに笑っていた。彼がいうには、筆記試験に比べると非常に良い感触だったという。


 試験結果は3日後に開示されるということを聞いてから、二人は研究所を後にした。帰る途中もフレッドはリーナのことを考えていた。彼女が誘拐の後、無事にリッツシュタインへ帰国してから彼女がどうしているかについては一切聞いていなかった。だから、面接官から出たリーナの名前から、彼女の動向が少しでも分かったことで、本当に自分がリーナの近くまで来たという実感が湧いて、それが彼を動揺させたのだった。


(リーナは積極的に国策に関わっているようだな。王族として立派に市民の生活のために働いているのか。それに比べて俺は政治の場から追い出され、こんな所でワイン屋のバイトをして過ごしている……)

 フレッドは久々に真面目になって、自分が追放されることになった運命を呪った。


***


 三日後に二人は研究所へと向かった。フレッドは緊張することもなく、相変わらずあくびをしながらダラダラと潮風の吹く道を歩いていた。その隣を行くマニュエルはひたすら何かの祈りの言葉をブツブツと唱えていた。

 研究所入り口前に掲示板が置かれ、少年少女達がそれを眺めては、それぞれに大げさな反応を見せてから、また来た道を戻って行くのが見えた。

 とうとう掲示板の前まで来た二人はじっと自分の名前を探した。


「――あっ! あった! フレッド様。僕、合格しましたよ!」

 そう言うとマニュエルは喜びの涙を流してフレッドに抱きついた。

 フレッドの名前もそこにはあった。自分が合格するだろうと予測していた彼は、喜びもそれほど大きいものではないようで、またあくびをしてから面倒くさそうにマニュエルに向かって言った。

「なあ、マニュエル。お前が合格したなら、俺は入学する必要はないのでは? 勉強なんて面倒だし。出国方法を探すことについてはお前に任せて、俺はワイン屋の仕事を続ける」

 マニュエルは驚いて「えっ!」と大声を出した。

「だめです! 一緒に入学していください。入学してからが大変だと皆言っていたじゃないですか? 僕が落第したらどうするんですか? だいたい、僕はなぜ試験に合格できたのかもわからないくらいです」

 フレッドはさらに面倒くさそうにため息をつくと、「しかたないな」と言って頭を掻いた。

「でも、それじゃあ、ワイン屋を辞めることになるだろう? バイトをしながら着いていけるほど研究所付属学校は甘くない。好きな仕事をみすみす辞めてまで学校で勉強するなんて、あんまりだ……」

 彼は落胆したように大きくため息をついた。

「お店で素敵なお姉さま方とワイングラスを片手に乾杯する俺の楽しみは、お前のせいで奪われてしまう」

 心底残念そうにフレッドはうな垂れた。

 マニュエルはまたしてもフレッドの不真面目さに驚いていた。


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