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赤燐の異邦人  作者: 秋月冬雪
第二章 
16/38

銀髪の奴隷

 マニュエルは五人の兵を前に命じた。

「そこの君達二人は、僕と一緒にリッツシュタインに向かってください。――そっちの君、ケヴィン君だね。君はここからセイレンブルクの首都へ向かってください。途中の町で逐一聞き込みをお願いします。――ロマン君、君はドーリンゲンの首都へ、同様にぬかりなくフレッド様を探してください」

 兵達はそれぞれ頷いた。

「もし商人ドレスラーを見つけたら、金はいくらでも出すと言ってください。でも、もちろんフレッド様が王族だとか、君達がモリッツ家の兵だとかは言わないでください。僕も無駄に金をせびられたくないですから。フレッド様を見つけ次第ツォーハイムの検問へ連れて来てください」

 マニュエルに同行しない二人の兵は版画家の描いたフレッドの似顔絵を受け取ると、速やかにそれぞれのルートへと出発した。

 無骨な兵達を、大人しい性格の自分がそのように指揮しているのが不思議に思えたが、無我夢中になれば、自分にもできることがあったのだ、ということをマニュエルは学んだ。

 マニュエルが版画家のアトリエに戻ると、リッツシュタインに入るための偽造旅券はすでに完成していた。

「良いできでしょ? これなら行けると思いますが、もし偽造旅券だとばれた際にはリッツシュタインで2年は投獄されますよ。あそこは自国の技術を盗に持ちだろうとする輩から国を守るために、出入国に関する罪が重いのです」

 版画家は、幸運を祈ります、と言って出来上がった偽造書を手渡した。

「ありがとうございます。あなたは本当に良い技術を持っていますね。いつか、アートだけで生活できるように、ご幸運をお祈りしています」

 版画家は嬉しそうに笑った。


 マニュエルはリッツシュタイン入国に備えて、版画家が言うとおりに、科学技術学校の生徒志望者が着る様な黒いフードの付いた服を急いで買い込んだ。入学希望者はどのような身分であってもそれを着ていくのが伝統だそうだった。

 買ったばかりの黒い服を見ながら、出来ることなら商人がリッツシュタインに入国する前に、フレッドを見つけたいと思った。そして、自分か兵達が一刻も早くフレッドを見つけることを祈った。

(フレッド様はいい加減な性格だけど、意外に繊細な心をお持ちの方だ。いくら命が無事であっても、奴隷の受けるような待遇や辱めには耐えられないだろう)

 奴隷として売られたフレッドの屈辱を思うと、マニュエルは心苦しくなった。


 すぐに二人の兵を連れてリッツシュタインの国境へ向かった。そこからリッツシュタインの国境に着くまでには3つの街が途中にあった。


 最初の街に着く頃には既に夜も更けていた。マニュエルと兵達はすでに疲労困憊だったので、宿屋に一泊することにした。

 朝が来るとすぐに、町中を版画家の描いた似顔絵を持って聞き回った。用心のためにマニュエルは兜を被り、顔を見せないようにした。もしかして、自分を追っているアルスフェルトの者達がいるかもしれないからだった。兜を被った騎士が似顔絵を持って歩き回る姿を人々は好奇の目で見ていたが、そんなこともお構いなくマニュエルは手当たり次第に訪ね歩いた。

 たまたま通りがかった町の市場でワインを売る露店の主人にだめもとでマニュエルが尋ねてみたところ、主人は「そういえば……」と思い出すような表情をした。

 何かご存知ですか、とマニュエルは身を乗り出して詰め寄った。

「あれは、たしか昨日の昼ごろですかね、その絵に似た銀髪の奴隷が『酒を飲ませなければ死んでやる』と騒いで、困った商人が一本安いワインを買っていったような」

「それです! その人です! 何か他にはご存知のことは?」

 店の主人は「さあ」と言って首をかしげたが、マニュエルにとってはそれで十分有用な情報であった。

(この町を通るということは、やはり、骨董商人はロイトからリッツシュタインに帰る途中だったんだ。急げば国境までに追いつけるかもしれない)

 自分達の向かっている方角が正しいことを知ったマニュエル達は、すぐに町を出てリッツシュタイン国境へ続く街道を急いだ。


 次の町でもフレッドらしき人物についての情報を聞き出すことができた。聞きだした情報が正しければ、彼らは真っ直ぐにリッツシュタインに向かって進んでいるとのことだった。

(商人はのんびりと道草などはしていないようですね。馬車なのに、移動速度がかなり速いようだ。このまま彼らがリッツシュタインへ直行したとしたら、僕たちが追いつくかどうか……)

 マニュエルはリッツシュタインの国境を畏れていた。

 二人の兵はセイレンブルク出身だったので、リッツシュタインの入国許可書も元々持っており、問題なく入国できるだろう。しかし、彼らはフレッドの顔をはっきりと知ってはいない。似顔絵があったとしても、それだけでは見つけ出すのが困難だろう。そして、もし自分の書類偽造が国境でばれたなら、マニュエルは2年も投獄されることになる。それと同時に、奴隷になったフレッドが助け出されるのも遅れることになるだろう。

 疲れ切った二人の兵に頼み込んで道を急がせ、彼らは夜遅くに国境の前の街道にある最後の町に辿り着いた。


「貴方達には申し訳ありません。こんなに無理をさせてしまって。ずっと馬に乗り通しでお辛いでしょう」

 マニュエルは宿屋で腰をおろすと、彼らにそう言葉をかけたが、一番疲れているのは彼自身であった。兵達が休憩している間も、彼はひとりで休みなく訊きまわっていた。


 翌朝もマニュエルは早めに起き上がるとすぐに捜索に出かけた。このリッツシュタイン国境前の町はレース生地を主とした繊維産業で財を成す、比較的大きな街だった。マニュエルは、もしかしたらこの街にまだフレッド達がいるかも知れないと思うと、まだ昨日の疲れの残る体に鞭打っていくつかの宿屋を回った。宿も客も多いこの街では、昼になっても全ての宿屋を周ることはできず、まだ何も情報を得ることができないでいた。

(骨董品を扱う商人であったら、もしかしてアンティーク・レースを買い付けていたりするかもしれない) 

 宿屋を巡った後、昼過ぎになってマニュエルは町でアンティーク・レースを扱う老舗を何軒か回った。

「こちらに、この似顔絵の男性か、リッツシュタイン出身の骨董商は来ませんでしたか」

 マニュエルが休みなく繰り返えしてきた問いに対して、一軒の店の店主は心当たりがあるようだった。

「この絵の男性は見ませんでしたが、一人の骨董商のお客様が、変わった奴隷の話をしていきましたよ。ロイトで買ったはいいが、あまりに我が儘で困るからさっさとどこかに売ってしまいたいとかなんとか。高値で買ったから、安く売るつもりはないけど、その奴隷と旅をするのが苦痛だとか云々……」

「それです! ありがとうございます。その商人の方はどちらへ向かわれたとか、ご存知ですか?」

「売るのはリッツシュタインの首都で売るつもりだとか。そこなら高く売れるだろうとか」

 マニュエルはお礼もそこそこに店を飛び出すと、二人の兵を伴いすぐに国境へ向けて出発した。

 途中で追いついた馬車を逐一止めて確認したが、それらしい商人には出会わなかった。まもなく彼らは国境に着いた。

 国境に列を作る人々にマニュエルが聞いて回ると、すぐにその商人を見たというものが現れた。それは同じくリッツシュタインの商人で、その骨董商ドレスラーを知っているという者だった。彼が言うには、その商人は国王との結びつきがあり、特別な証書を持っているため、他の商人達のように国境に並ばずにすぐ入国できる特権を持っているそうだった。列に並ぶ商人達の話では、骨董商ドレスラーはリッツシュタインへすでに入国したという。

(ああ。なんて事だ。畏れていたことになってしまいました。神様、どうしたら……)

 マニュエルは頭を抱え落胆した。

(でも、何としてもフレッド様を救わなくては!)

 検問所から少し離れた所まで赴き、マニュエルは科学技術学校入学志望者の黒い服に着替えた。

 二人の兵はお互いに顔を見合わせてから不安そうに言った。

「マニュエル様、いくらなんでもやはり危険だと思います」

 兵達はマニュエルの偽造書を使った入国に反対した。しかし、マニュエルはなんとか彼らを説き伏せた。

「僕はなんとしてもフレッド様を見つけるのです。二人は少し僕と離れて入国してください。入国後に落ち合いましょう。もし僕の偽造旅券がばれたら、その時はフレッド様をくれぐれもお願いします」

 二人の兵は諦めたように深く頷いた。

 

 マニュエルは緊張した面持ちで一人馬を引き検問所へ向かった。

 検問のための列にならぶマニュエルは、彼のほかにももう一人同じような黒い服を着た少女が近くに並んでいるのを見つけた。不安な気持ちをそらすために、その少女にマニュエルは話しかけた。16歳前後に見える少女は母親に連れられていた。自身をテレーザと名乗り、ドーリンゲンから来たという。

 科学技術学校の入学試験に備えたかどうかをテレーザは不安そうにマニュエルに尋ねた。マニュエルはもちろん、入試についてなど全く知らなかったが、なんとか話を合わせようとした。

 一時間ほどゆっくりと入国審査の列が動くのに合わせながら、彼女と世間話をしたマニュエルは、とうとう列の終わる位置に至った。石造りの検問所にはリッツシュタインの大勢の兵が並び、やってくる旅人達の審査をしていた。中には、入国書類に不備があり、兵達ともめているような商人の姿もあった。それを見たマニュエルの動揺は大きかった。


 マニュエルの審査に当たった兵士は、やってきた黒服のマニュエルを見ると、人のよさそうな笑みを浮かべた。

「君は、王立研究所付属学校の受験のための入国ですよね?」

 冷や汗が伝うのを感じながらも、できるだけ自然に彼は答えようとした。

「はい、その通りです。受験をしに来ました」

 マニュエルの渡した偽造書類に兵は軽く目を通した。

「セイレンブルクからですね。今年も外国からの受験者が多いですよ。もちろん受かる人は限られますがね。君は準備をちゃんとしてきました? がんばってくださいね」

 そういうと兵はすぐに入国の印を押した。

(えっ! こんなにあっさりと……)

 マニュエルは拍子抜けした。

 こんなにも緩い審査で入国できるとは夢にも思わなかったし、版画家が、厳しい審査である、と言っていたのと辻褄が合わないように感じられた。


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