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赤燐の異邦人  作者: 秋月冬雪
第二章 
12/38

嫌な予感

 翌朝、フレッドに朝食を運んできた執事ミヒャエルが、食後ローゼンタール伯爵の元に来るようにと言った。

(まさか、昨日のカティヤとのことで何か……)

 フレッドは食事も喉を通らず、急いで身支度を整えてからすぐに伯爵の部屋へ向かった。

 冷や汗を流すフレッドがドアをノックして入ると、伯爵が笑顔で挨拶をしたので、とりあえず一安心した。

「フレッド君、来てくれてありがとう。朝から呼び出してすまないね。でも、昨日マニュエル君が帰ってこなかったそうで、君なら何か知っているかと思って」

「そうなんですか。俺は何も聞いておりませんが」

「最近君達が喧嘩をしているとは聞いていたけれど、それと何か関係があるのかと思ったのだよ。マニュエル君は朝帰りをするようなタイプでもないから心配になってね」

 フレッドは咄嗟に、マニュエルが何か彼を陥れるための行動を開始したのかと思った。それとも、この前のカレルとの会話を聞かれていて、それで気まずくなって逃げたのか。どちらにしても、このままマニュエルを放っては置けないと思った。

「伯爵、今日は暇をもらっていいでしょうか。マニュエルを探しに行ってきます」

「もちろんだとも。執事のミヒャエルにも手伝わせよう。彼は役に立つだろう」

 そう言うと伯爵はミヒャエルを呼んで事情を話した。ミヒャエルは仕事が溜まっているそうだったが、「マニュエル様は大切なご家族ですから」といって承諾した。

 二人は準備をするとすぐに邸を出て、街の神殿へ向かった。

 神殿へ入りマニュエルと一緒に働いているという司祭を探し当てて訊くと、昨日彼は普段どおり勤務をした後、いつもとだいたい同じ時間帯に神殿を出たという。特に変わった様子もなく仕事を終えたという。マニュエルが邸に戻っていないと聞くと、慌てた様子で司祭は下男を呼んで、マニュエル捜索を手伝うようにと言いつけた。

 下男も入れた3人でマニュエルの行きそうな場所を当たったが、マニュエルを見かけた人はいなかった。午後になって神殿にもう一度立ち寄ったが、まだ仕事には来ていないそうだった。

「マニュエルさんは今日大切な婚礼の儀式を執り行う予定だったのに、なんの断りもなしに欠勤するなんておかしいです。あの方は司祭としての仕事に誇りをもっていますから」

 その司祭は不安気な顔をした。


 夕方まで探しても何の手がかりもなかった。

 三人は劇場、カフェ、レストランへ行き、マニュエルの失踪について、来た人に聞いてもらうようにと頼んでから邸に戻った。


 フレッドはその日、久しぶりにローゼンタール一家と一緒に晩餐を取ることにした。マニュエルの足取りがつかめないことを聞いた夫妻は落胆していた。

「一体どこへ行ってしまわれたのでしょうね。心配だわ。それにソフィアも病気だと言って今日は何も食べなかったそうだし」

 フレッドはギクリとした。もしかして、昨日の彼とカティヤのことを知ったソフィアは、気を悪くしたのかもしれないと思った。ソフィアが自分に気のあることは薄々気付いてはいたが、内気なソフィアが本当に彼に気があったのかについて、彼はいまいち確信を持てないでいたのだったが、一度も病気をしたのを見たことがないソフィアが病気になったというのが、偶然には思えなかった。

 そんな彼の懸念をよそに、カティヤは幸せそうな笑み浮かべて彼をちらちらと見ていた。


「マニュエルはもしかしてツォーハイムに帰ったのではないでしょうか?」

 フレッドがそう言うと、伯爵夫人は「きっとそうかもしれないわね」と、寂しげな表情を浮かべた。そして、すぐに執事ミヒャエルを呼ぶと、街の出口を守っている兵にマニュエルが街をでるのを見たかどうかを、急いで聞きに行くようにと頼んだ。

「お前、あまり使用人をこき使ってはならないよ」

 ローゼンタール辺境伯は夫人をいさめたが、夫人は泣きそうな顔でそれに反論した。

「そうは言っても、私はマニュエルさんのことも自分の息子のように思っているのよ。もしどこかで怪我でもして倒れていたらと思うと眠れなくなってしまうわ。ツォーハイムに帰ったのならかまわないけど、彼の無事を早くしりたいの」


 食事が終わって数時間後に、ミヒャエルの手配した使用人が街の出口を守る兵に話を聞いて、すでに帰ってきたのだが、マニュエルが街を出たのを見たものはいなかったそうだ。

 しかし、フレッドは別の考えを持っていた。もしマニュエルが何か彼を騙すために街を出たとしたら、簡単にはばれないように出るのではないだろうか。


 次の日には、執事ミヒャエルとフレッドは溜まった仕事をこなすために邸に残ったが、ミヒャエルは騎士団の見習いの者達を五人ほど使ってマニュエルの捜索に当たらせるよう計らった。フレッドは不安に思いながらも、仕事に集中しようとした。カレルも言っていたように、そうすぐにはマニュエルが彼に危害を及ぼすようには思わなかったからだ。


***


 昼食を終えた頃ミヒャエルが受けた報告によると、マニュエルが失踪した日に、市場でマニュエルを目撃した人がいたこと、そして、彼がカレルと話しているのを見たという人物がいたそうだ。

(カレル……。なぜ?)

 フレッドは突然嫌な予感がした。もしかしたら、彼は取り返しのつかないことをしてしまったような気がした。


 すぐに馬を出してカレルに会いに行こうと、フレッドは邸を飛び出した。

「お前。どこへ行く!」

 呼び止めたのはカティヤだった。

「悪い、これから出かける。マニュエルを探すんだ」

「お前は私をあれからずっと放って置いて。私の気持ちなど知らずに……。私も着いていく」

 言っても聞かないというそぶりでカティヤはフレッドの腕にしがみついた。

「でも、急ぐぞ」

「かまわない」

 二人は急いで馬を用意させて、フレッドがカレルと一緒に行ったことのある商館へ向かった。商館の主は騎士団のカティヤがやって来たことに驚いた様子だったが、フレッドが慌てた様子でカレルの宿泊先を聞くと、すぐに宿の名前を言った。

 カティヤがその宿の場所をしっているようだったので、速やかに宿へ着くことができた。それは街の中でもかなり高級な宿屋だった。身なりの良い大商人などが入り口の広間で談笑をしていた。フレッドと騎士団の甲冑を纏ったカティヤが早足で入ってくると、一同はびっくりしたように二人を眺めた。二人は宿の受付にカレルを呼び出すように頼んだ。

 受付係は数分して戻ってくると、カレルは部屋にいないようだ、と言った。カレルは今朝でかけたきりだそうだ。

「カレルさんがお仕事で取り扱ってる宝石については、まだこちらでお預かりしますから、そのうちお戻りになると思います」

 フレッドがそれを聞いてもまだ落ち着かない様子なのを、カティヤは不思議に思った。

「それにしても、なぜマニュエルはカレルと失踪前に話していたのだろうか。それはただの偶然ではないのか?」

 しかし、フレッドは一層嫌な予感がしていた。

 彼は突然大声を出した。

「ここにいるもので、誰か宝石商カレルを今日見たものはいないか? 有用な情報を出したものには、ローゼンタール伯が子息の名に置いて褒美を取らす。そして、隠し立てするものは、この騎士団一の猛者カティヤが鉄槌をくだす!」

 突然の叫びだした男の狂気に、そこにいた商人達は震え上がった。

 すると、一人の若い商人がフレッド達のところへ近づいてきた。

「私は午前中カレルさんが三人ほど傭兵風の男達と馬車の準備をしているのを見ましたよ。でも、そんなに傭兵を連れるのもおかしいですよね……。商品は置きっぱなしなのに。しかし、あまり沢山食料を積んだりしていなかったから、遠くへ行く感じではないと思います。たしか、アルスフェルトの紋章の馬車ですね。たぶんアルスフェルトへ戻るつもりなのでは」

 フレッドは「でかした!」というと、その男に金貨をつかませて宿を飛び出した。

「おい! それくらいの情報で金貨など――」

 カティヤはフレッドを止めようとしたが、彼は慌てて馬へ飛び乗った。

「どこへ行く! 説明しろ」

「カティヤ、黙って頼まれてくれないか。騎士団で誰か腕の立つ者を数人すぐに呼び出すことはできないか?」

 カティヤは不敵な笑みを浮かべた。

「私を誰だと思っている。傭兵三人など私一人で十分だ」

 カティヤも馬に軽々と飛び乗った。

「お前はやっぱりいい女だ!」

 

 二人はアルスフェルトの方角へ位置する街の出口で一旦馬を止めると、そこを守る兵隊に聞いて、アルスフェルトの紋章の馬車が通ったかを訊いた。兵隊達によると、宿屋にいた商人が言っていた通り、三人の傭兵を連れたカレルと見られる男が午前中に出て行ったそうだった。


 二人は馬を急がせた。街の入り口を出ると見晴らしの利く田園風景が広がっていた。

 カティヤは乗馬がうまく、フレッドの操る馬は彼女に追いつくのにやっとだった。

「でもその男を追ってどうする、フレッド。マニュエルが彼らと一緒にいるとでも思っているのか。あの商人も検問兵もマニュエルのことなど言っていなかったぞ」

「わからない。でも、俺の予感が当たっていたら、奴らはマニュエルを連れているはずだ。それでなければマニュエルをどこかに監禁でもしているだろう」

 カティヤはまだ状況を飲み込めていない様子だったが、今はフレッドにとりあえず従おうと思っていた。何より、彼女はフレッドと二人で過ごすことができれば、それがどんな状況でもよかった。

「午前中に出たのであれば、おそらくあと一時間も馬を走らせれば、その馬車に追いつけるだろう」

 カティヤはそう言ってフレッドを見た。彼が不慣れな感じで乗馬をしているのが滑稽に思えた。

(私一人だったら半分の時間で追いつけただろう)

 そうは思ったものの、カティヤはそんなフレッドを愛おしく思えた。


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