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赤燐の異邦人  作者: 秋月冬雪
第二章 
11/38

友人

 フレッドがローゼンタールに着てからすでに半年が過ぎようとしていた。

その日もまたフレッドは一人で古本屋に座り、お決まりのクリーム・シェーキを飲みながら、常連客と話し込んでいた。話し相手は商人のベルントで、この古本屋に若い頃から来ていて10年以上も常連客であるという。フレッドとは本の趣味があう。

「最近読んでいるこの本が面白くてね。この国の不条理なジョークは最高だよ」

「そうだろ。同じ作者が書いている『ぽりぽり郡』という本も面白いですよ」

 そんなたわいもない談笑に一人の男が突然加わってきた。

「それなら、もう一つ同じ作者の『蹴るぞ』という名の本を薦めます」

 話していた二人は、やって来た男を見上げる。黒い髪の感じのよさそうな男だった。彼はカレルと名乗った。

「同席してもよろしいでしょうか」

 フレッド達はそれを快諾した。しばらく本の話をしてから、常連客ベルントは男に尋ねた。

「見かけない方ですね。旅の方ですか?」

「はい。商人をしています。アルスフェルトから来ました」

 カレルは笑顔で答えた。

「貴方も外国からでしたか。俺のこんな銀髪を見ればわかるかもしれませんが、俺も外国人から来ました。まだアルスフェルトに行ったことがないのですが、こちらと比べてどうですか?」

 フレッドは久々に地元民以外の者であるというカレルと知り合ったことが、喜ばしく感じられた。

「アルスフェルトは強力な特殊部隊を持った国ですが、国土が小さいことからセイレンブルクほど豊かな国ではないですよ。こちらに来ると、町並みや道路が綺麗なのに驚かされます。食べ物も余るほどあるようだし」

 カレルは2人と意気投合して話しこんだ。彼はローゼンタールの街には仕事でしばらくいると言った。

「それなら、3人でこんど飲みに行きましょうよ」

 常連客のベルントはそう提案すると、カレルは喜び誘いを受けた。


 翌日、3人はベルントが時々行くという酒場で会った。

 カレルは知的で話のうまい男だった。特にフレッドとはローゼンタールにおける少数の外国人同士であることもあり話が合った。

「このフレッドはこう見えても、ローゼンタール伯爵の養子で、そこの娘さんのうち2人の心を射止めたという色男なんだ。他にもこの男の銀髪の魔力にやられちまった街娘は多い」

「ベルント、そんなことを言うなよ」

 カレルは興味深そうに話にかじりついた。

「そうだと思いましたよ。フレッドさんのような美男子はこの街では目立ちますよ」

 フレッドは照れて頭を掻いた。

「いやいや、容姿の良さなんて、大した価値はありませんよ」

 そうは言ったものの、おだてられてよい気分ではあった。


 それからカレルとフレッドはすぐに親しくなった。カレルが興味を持っているようなので、一度ローゼンタール邸にも招待した。

 そのお返しとして宝石を扱う商人であるカレルは、商館で行う競りにフレッドを招待したこともあった。

 二人はかなり頻繁に会っていた。

 知り合って一ヶ月ほど過ぎた頃、カレルはフレッドを散歩に誘い、街はずれにある森に二人は赴いた。


 森の空気は潤い、鳥の鳴く声が木々のざわめく音に混じり気持ちがよい。二人は談笑しながら森の中の道を進んでいった。


「――実はこの前、フレッドがツォーハイムの王子だったという噂を聞いたのだが、それは本当なのか?」

 カレルは好奇心一杯の顔を向けてそう尋ねたが、フレッドは返事に困った。

 ソフィアが以前そのことについて古本屋で口を滑らせたことがあったのを思い出した。あの日は込んでいたし、ソフィアの来店に驚いた噂好きの人々が、彼らの会話を盗み聞きしていたのは容易に想像ができた。それで噂がひろまったのだろうかと案じた。

 フレッドはため息をついたが、試すようにカレルを見た。

「お前は口が堅いか?」

「ああ。もちろんだよ」

 カレルは真剣な顔で答えた。

「じゃあ、お前を信じるよ。俺はツォーハイムの王子だったが、揉め事があってここに来たんだ」

「揉め事?」

 フレッドは話すかどうか迷ったが、この一ヶ月ほど頻繁に会った中で、彼が信頼にたる人物であるように思えたので、言葉を選びつつ話を続けた。

「実は、褐曜石の鉱山を管理するモリッツ家の娘に嵌められて、濡れ衣を着せられてしまった」

 カレルは顔に憐憫の情を浮かべてフレッドを見つめた。

「それは災難だったね。それじゃあ君はモリッツ家の者を恨んでいるだろうね」

「ああ。それに、派閥争いの解決を優先して、まともに俺の無罪を検証する者もいなかった」

 フレッドは両親が彼を冷ややかに見つめる姿を思い出し、表情を暗くした。

「俺の両親すら、俺を信じてくれなかったんだ」

「それはひどいな。お前は時々ふざけたことを言うけど、根は真面目で良い奴じゃないか。なぜツォーハイムの奴らはそんなお前を評価しないのだろうな。俺は、短い付き合いだがお前こそツォーハイムの王になるべき男だと思うよ」

 カレルの言葉を聞くと、フレッドは目頭が熱くなるのを感じた。


 ローゼンタールに来てからの日々は楽しいものであったが、フレッドはツォーハイムでの仕打ちを忘れたことはなかった。王位への執着はなかったが、自分の尊厳を貶められたことが彼の心に深い傷をつけたのは紛れもない事実だった。

「ありがとう、カレル。お前がそう言ってくれるだけでも嬉しいよ」

 フレッドはカレルを見つめた。

「おいおい、そんなに見つめるなよ。お前ほどの色男にそんなに見つめられると、男の俺でも照れるじゃないか」

 そう言ってカレルは笑った。

 

 道を進むと、木の橋が掛かる美しい小川があり、その傍にはベンチがあった。

「少し座ろうか」

 カレルは先にベンチに腰をかけた。


「それで、ツォーハイムでは誰かお前の冤罪を証明しようとしているのか?」

 カレルは優しい表情でフレッドを見た。

「ああ。俺の友人がな。でも、まだ何も音沙汰なしだ。そういうのを証明するのは、難しいことなんだろう。その友人は、俺を嵌めた女と親類関係で、女が油断するのを見て調べてくれると言っている――」

 フレッドは思い切って、彼が殺人の容疑をかけられたという一連のことを話した。

 カレルは話を一通り聞くと静かに言った。

「おそらく君は、モリッツ家全体に嵌められたんだろうな。ひどい話だな。もしかして、そのモリッツ家のクリスという君の友人もグルじゃないか? 君を助けるとか言っているが、彼はそのアンネという女の親族ではないか。だいたい、こんなに時間が経つのにまだ何も言ってこないしな」

「わからない……。でも、一緒に来てくれた司祭のマニュエルはモリッツ家出身だがとても良い奴だ」

 しかし、そう言った瞬間フレッドはマニュエルへの疑いが頭をよぎるのを感じた。彼が本当に良心でのみ自分に着いて来たのかどうかを初めて疑っていた。

「そうですか。あの金髪の司祭さんですよね。彼はモリッツ家の者だったんだ?」

「ああ。ぼんやりしているが、彼はモリッツ家当主クリスの弟なんだ」

 カレルは不憫そうにフレッドを見つめた。

「君のような良い奴を、なぜモリッツ家の者達は貶めようとするのだろうな。そして、当主の弟に見張りをさせて、まだ何を企んでいるのか――」

 カレルは一瞬考えたような表情をしてから、言葉を続けた。

「お前がもしモリッツ家に復讐したいというなら、良い人物を知っている」

「復讐……。いや、そんなことを考えたことはない」

 フレッドは少し怖くなったが、クリスやマニュエルへの疑いが自分の中でどんどん大きくなるのが感じられ、吐き気がした。

(まさか、あいつ等まで俺を嵌めようとしているなんて事はないだろうな)

 フレッドは『復讐』という言葉が恐ろしく感じられた。復讐は復讐しか生まないことを彼は去年の事件により知っていた。しかし、モリッツ家への恨みが彼の中にあることが、その言葉により想起された。ただ、復讐などしなくても、もしクリスやマニュエルまでもが何か企んでいたとしたら、もしかしたら自分の身もこのままでは危ないのではないかと思われた。流刑だけに留まらず、この先もっとひどい目に遭うくらいなら、フレッドも手を打たねばならなかった。

「――カレル、少し考えさせてくれ」

 フレッドは自分には考える時間が必要だと思った。

 その日はそれ以上モリッツ家のことや自分の関わっている状況については話さず、話題を変えて散歩を楽しもうとしたが、疑心暗鬼になったフレッドはずっと落ち着かずにいた。


 家に帰ると、「具合が悪い」と言って、使用人に晩御飯を自分の部屋に運ばせ、部屋にこもった。マニュエルと顔を合わせたくなかったのだ。信頼していたマニュエルまで、実は信頼できない人物だったのかもしれないと思うと、気分が悪くなった。

 それからもしばらくは、体調不良を理由に邸ではできる限り自分の部屋に引きこもっていた。ソフィアとカティヤが交互にフレッドを心配しては彼の部屋にやってきたが、二人は体調に問題がないのに病気を名乗る彼の意図が理解できなかった。




 3日ほどするとフレッドが仮病であると、家の者達にもばれてきた。マニュエルは自分が避けられていることに少し気付き、フレッドの部屋にやってきた。

「フレッド様。どうしたんですか。僕、何かしました?」

「いや、何も……」

 フレッドは顔をそらした。

「フレッド様は部屋に籠もってソフィアさんやカティヤさんと元気に話しているそうですよね。聞きましたよ。なぜ僕のこと、そんなに突然好きじゃなくなったんですか?」

「好きじゃなくなったって、元々別に好きじゃないし!」

 それを聞くとマニュエルはしゅんとした。

「他に何か用なのか?」

 マニュエルは悲しそうに首を振ると、部屋をとぼとぼと出て行った。


 フレッドは自分が冷たい態度を取ったことに嫌気がさしたが、そもそもマニュエルが自分に着いて来た理由がよくわからなかったこともあり、彼への疑いは大きくなっていた。考えれば考えるほど、マニュエルが何か企んでいるような気がしてならなかった。マニュエルを今まで信頼してきた自分が悔やまれた。


 10日ほどしたある日、カレルが邸を訪れた。

「あれから一度も古本屋に来ていないと聞いて心配して来たんだぞ。大丈夫か?」

 カレルは市場で買ったケーキの箱を手に持っていた。

 フレッドは使用人にそれを渡すと、カレルを自分の部屋に招きいれた。まもなく、使用人がケーキを皿に盛り付けて、紅茶と一緒に持ってきた。

「紅茶じゃなくてワインでも飲むか?」

 フレッドは棚からボトルを取り出した。カレルはそれを快諾したので二人はケーキをつまみにワインで乾杯した。


「それで、この前言ったことだけど、考えてみたか?」

 フレッドは首を横に振った。

「わからない。マニュエルが何を企んでいるのかもわからないが、復讐なんてするべきじゃないと思う」

「でも、もしかしたらモリッツ家はもっと恐ろしいことを考えているかもしれないぞ。このままでは君のご両親や王国がモリッツ家によって転覆されてしまうかもしれない。君の追放はまだほんの始まりかもしれないぞ。放っておいていいのか?」

 フレッドはじっと考え込んだ。

(このままでは本当に危ないかもしれない。でも、自分にできることなんてあるのだろうか?)

 最近では、このままローゼンタール家でのんびり暮らすのも悪くないと思っていたフレッドは、自分の身に危険が及ばなければ揉め事には関わりたくなかったが、カレルの言葉を聞くと、不安が大きくなってきた。

「お前が言うのもその通りだ。でも、ここに俺がいる限り、俺にはどうにもできないし、面倒事には関わりたくない。でも、マニュエルのことはこのまま放っておけない気もする。あいつがもし何か俺に危害を加えるならな……」

「マニュエルはどれくらいモリッツ家の内情と関わっているんだ?」

「神学校に入るまではちゃんと褐曜石のことに関わっていたらしいし、鉱山についても詳しいようだ。彼の兄が鉱山取締役だし、マニュエル達家族は仲良しで一緒に住んでいたから、神学校に入ってからも鉱山の話はいろいろ聞いていると思う。あいつはどういうわけか、鉱山内には入ることを禁止されているらしいがな」

 カレルは考え込むような表情を見せて、ため息をついた。

「しっかりドアには鍵を掛けて、マニュエルとはなるべく距離を置くべきだな」

 フレッドは「言われなくてもそうしてる」と悲しそうに答えた。

「俺は全く馬鹿だよな。人を信じすぎる。こんなんだから騙されるんだろうな」 

 いっそのことマニュエルにツォーハイムに帰るように命令することを考えた。しかし、マニュエルはすでに邸の者にとても好かれており、特に伯爵夫妻には尊敬され、毎朝一緒に礼拝しているようだったので、マニュエルの企みが暴かれないうちは下手に手を出すと、自分が返って悪者にされてしまうだろうと思えた。

 考えをめぐらすフレッドをカレルは元気付けようとした。

「たぶんマニュエルはすぐには行動を起こさないだろう。なるべく君の行動を読まれないように過ごしていれば、しばらくは一緒に住んでいても問題ないだろう。何かあれば俺にも相談してくれ」

 フレッドは頷いた。

 まだマニュエルを信じたいという気持ちの反面、確信にほぼ近くなった彼への疑念が、重くのしかかって息苦しく感じられた。フレッドの辛そうな様子を見て、カレルも話題を変えようとした。

「そういえば古本屋の常連が、ここの背の低いお嬢さんがすごくかわいいと噂をしていたぞ。せっかくだから見てみたいな。別に悪い気を起こしたりしないよ。身分違いの相手だしな。それに、こう見えてもアルスフェルトに彼女がいるんだ」

 カレルは恥ずかしそうに笑って見せた。

「お前も隅に置けないな。でも、いいぜ。義理の妹を紹介するよ。今はダンスのレッスンをしていると思う」

 そういうとフレッドはカレルを連れ出し広間へ行き、ドアを小さく開けてダンスのレッスンを受けるソフィアを覗いた。カレルは小声で「噂以上の美人だな」と言った。フレッドも自慢げに「そうだろ」と返事をした。二人はしばらくの間ダンス・レッスンを覗いてからその場を離れた。


***


 その2日後、晩御飯の終わる頃にカティヤが部屋へやってきた。カティヤは機嫌が悪そうな様子であった。

「お前、この前ソフィアのダンス・レッスンを覗いていたそうだな!」

 フレッドは未だに彼女が少し怖かった。

 彼が何かよい言い訳が無いかと考えているうちにカティヤは先を続けた。

「私もダンスでも習ってみようと思う。お前はダンスができるのか?」

「えっと、まあ。数年前までレッスンを受けさせられていたから基礎はな……」

「それなら、いつか私をダンスパーティに連れて行け」

 フレッドは、ソフィアの男言葉の物言いの中にまぎれこむ彼への好意が、どんどん可愛らしく思えるようになっていた。

 彼がカティヤの誘いを快諾すると、彼女は嬉しそうに笑った。

「ところで、マニュエルが晩餐に来なかったと両親が心配していたぞ。お前はしらないか? それに、最近お前達の仲が突然悪くなったことも皆が不思議に思っている。何かあったのか?」

 カティヤはフレッドの傍に座った。まだ騎士団の略装服に身を包んでいるが、そばに座られると、いつかの劇場デートの際に触れた柔らかな背中とヒップの肌の感触が思い出されて、少し照れくさく感じられた。

「マニュエルとは特に何もないし、あいつがどこにいるのかも知らない。そんなことより、お前の手の傷はどうしたんだ」

 カティヤの左手の指が出血しているのが見えた。

「――血がもう止まったと思っていたのに、また開いてしまったのだろうか。今日、剣の手入れをする際に軽く切ってしまったんだ。こんなの大したことないし、日常茶飯事だ」

 フレッドは意を決して彼女の手を取ると、静かに傷口を舐めた。彼女は驚いて「あ!」と声を出したが、顔を赤らめ、なされるがままにしていた。

 フレッドは傷口から口を離すと、その手をそのまま軽く握った。カティヤの手が冷たくなって震えているのが感じられた。彼女の目は潤み、フレッドを見つめていた。彼女の青い目を優しく見つめ、そのまま顔を静かに近づけて彼女の唇を奪った。柔らかく甘い感触は彼を興奮させたが、相手がカティヤであることを思い出したフレッドはすぐに唇を放した。

「悪かった」

 彼は少し自分のしたことを恥じたが、カティヤは首を振った。

「私は始めてのキスの相手が、お前でよかった」

 カティヤは自分の口元に手を当てた。

 フレッドはカティヤを抱きしめた。

 彼女の肩が静かに震えているのが感じられた。 


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