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赤燐の異邦人  作者: 秋月冬雪
第一章 
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古本屋の人々

 そのころ、フレッドはクリスからの手紙を受け取った。

 冒頭には、「手紙での普通のやり取りは危険だ。開けて読まれる可能性がある」とまず書かれていた。それを読んだフレッドは自分の無用心さを恥じた。流刑に処されてもなお平和ボケしているのは、王子として何不自由なく育ってきたからであったが、心を入れ替えないとさらに危ないことになると気付きハッとした。元々不真面目で政治に関わることもなかった彼は、この世には人を利用し己の利益を得ようとする者がいるという考えが端からなかったのだ。それは、去年の事件を経てもなお、あまり変わらなかった。

(俺ってダメな奴だな……。これでは歳を取るにつれてモテなくなってしまう。もう少しシッカリしなくては。それにしても、クリスの奴はさすがだな)

 気を取り直して手紙の続きを読んだ。

 そこには、その後のツォーハイムでのことや、アレックス殺害および密輸事件の際に逮捕された7人について書かれていた。

 マルレーンの葬儀については、身内のものとアンネのみの参加を許されたのという。クリスは色々な人にそれとなく聞いたものの、真犯人についての情報は得られていないという。

 フレッドを嵌めたアンネは、おそらく去年の事件で逮捕された7人の中の誰かと共謀して、事件をでっち上げたということは十分考えられたが、彼女が虚偽の証言をする動機については全く不明だそうだ。

 書かれていた人物について、首謀者のウォルフガングという男を含めた四人については個人的に知っていたが、他の三人についてはあまり素性などを知らなかった。罪状が軽いと判断された二人は、どこかに流刑にされたそうだ。殺害を指示したウォルフガングともう一人はすでに処刑され、残りの四人についてはずっと刑務所に入れられているそうであった。

 手紙の最後には、今後のやり取りのために暗号を使用することと、暗号表はクリスの直属の信頼できる部下が褐曜石を首都に運ぶ際に、回り道してローゼンタールに直接渡しに行くと書いてあった。


 自分の愚かさについて恥じたフレッドは、午後になってマニュエルが仕事から戻ると、彼を連れて古本屋に向かった。道すがら周りに人がいないのを確認したフレッドは、手紙のことをマニュエルに話した。

「――平和ボケですか。それなら僕も一緒ですよ。クリス兄さんはすごくしっかりしてますからね。僕は策略を凝らすより、全てを神の御心のままに、できるだけ流れに任せて自分は運命にただ従おうっていうタイプですから」

 フレッドは深くため息をついた。

「お前のそんな受け身な発言は一見とても間抜けに思えるが、信仰もない俺がしていることも、結局お前と大差ないほど間抜けなのが悲しいな」

 マニュエルは笑顔で「おちこまないでくださいよ」と慰めた。


 古本屋カフェはまだそんなに人で埋まっていなかった。カフェの店員とはもう顔なじみで、フレッドに挨拶すると、「またクリーム・シェーキでいいですか」と尋ねた。

「フレッド様、いつもそんな甘い飲み物を。僕だったらそんなの飲んだら胃がもたれてしまいます」

 そう言うとマニュエルはハーブティを頼んだ。

「ところで、お前はまだここにはあまり来たことがないよな」

「そうですね。僕はカフェとかに行くタイプでもないし」

「しかし、気分転換は重要だ。俺はこのカフェの庶民的な雰囲気と、粋な本の品揃えに恋をしてしまったのだ」

 フレッドはオススメの本をマニュエルに紹介したり、カフェの常連客の何人かについて話して聞かせた。

 全ての本を読みつくしたという賢い老人のこと。異国の宗教にはまったおかしな服装の男について。何人かの美しい女性とその恋の話――。

「フレッド様もこの街の噂好きの病に感染してしまわれたようですね」

 そう言われたフレッドはギクリとしてしまった。他の人々が自分について噂をすることについて不満を言っていた自分自身が、こんなにも噂話を熱く語っていたことに驚いていた。

 フレッドは気まずくなり、「本を探しに行く」というとマニュエルを置いて本棚の方へ行った。彼の好きなシリーズを手に取り、どこまで読んだかを確認していると、後ろから声を掛けられた。

 振り向くとそれは劇場で働くカップルの女性の方――カトリーンだった。

「聞いたわよ、フレッド。貴方本当はローゼンタール家の者なんですってね。別に隠すことなかったのに」

 「えっと、あの、悪かったな。別に騙すつもりじゃなくて。でも、執事ミヒャエルの部下ってのは本当だ」

 カトリーンは屈託ない笑顔を見せた。

「フレッドがついこの間すごく立派な格好で貴婦人を連れてコンサートに来ていたって、バーで働いている仲間が言っていたのよ」

「ああ。あれはその、ちょっとした事情があって……」

「お邸の御令息がこんな古本屋に来ているなんて、なんだか不思議ね」

 フレッドは「そうだよな」と苦笑して見せた。

「知らない土地に来てどんな本が売られてるのか知るには、こういう本屋に通うのが一番だ。それに、ここに集まる人たちも親切で話すのが楽しいし」

 カトリーンはそれを聞くと嬉しそうに笑った。

 その日はカトリーンの彼氏であるシモンはまだ仕事があるらしく、それでカトリーンは一人でカフェに来ているらしかった。彼女は劇場でするメイクアップのアイデアをここで練ろうとしているらしかった。少しスケッチをするとのことだったので、フレッドは彼女の邪魔にならぬよう自分達の席に戻った。


 戻ってきたフレッドに対して、何の前置きもなく、真顔のマニュエルが言った。

「そういえば、カティヤさんはフレッド様のことが好きですよね」

 フレッドは飲んでいたシェーキを吐き出しそうになった。

「突然だな、おい! ああ。そうらしいが、俺はどうしたらいいものだか。彼女はセクシーだが、俺より腕っ節は強いだろう。そして全く男に慣れていない。よって接し方が分からないんだ」

 彼はテーブルに頬杖を着いてため息をついた。 

 結局フレッドはその後カティヤとの関係を進展させるだけの勇気を出せずにいた。カティヤが自分に気のあるのを知っているのに一歩を踏み出せないというこの状況は、積極的にアプローチをするタイプであるフレッドにとって不自然なことだった。しかし、本当に手を出してもいいものなかのか、フレッドには分からなかった。

 伯爵はフレッドをカティヤの婿養子にするために、流刑によって来る彼を受け入れたことはすでにカティヤから聞いていたが、公式にそれを言われたわけでもなかったし、自分の立場については、伯爵とまだしっかり話したことがなかった。おそらく、伯爵はフレッドの人となりを見定めようとしているのだろう。

 まずは、伯爵の信頼を得るためにも仕事に励もうとフレッドは心に決めていた。


 それから一ヶ月が過ぎたころ、クリスの送った使いがフレッドの元を訪れた。クリスからの手紙と暗号表が渡された。手紙には暗号表の使い方が記されていた。これによってお互いの状況を、安全に手紙で知らせあうことができるようになった。しかし、フレッドから伝えるべきことは今のところ特になかったし、クリスからの手紙にも、彼の調査にまだ進展が見られないということが書かれていただけだった。

(進展なしか……。このままこの邸でずっと過ごすことになるのだろうか)

 それも別に悪くはないと思いながらも、自分の名誉が回復されることを望まないわけではなかった。


 フレッドは一度母親に当たり障りのない手紙を書いて送ったのだが、返事は来なかった。


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