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多分R15程度の性描写あり。

 私が進学する事になった私立鳳凰学院は幼稚園から大学までのエスカレータ式の、富裕層の子息のための学院だった。格式と歴史を有し礼儀作法はもちろん文武両道も謳われているので、入学出来る人間はかなり厳選されている。高い授業料は、その分学院生活を一人一人の生徒の意思を十分に配慮された快適なものにしている。両親が身体障害者である私をあの事故からこの学園に入学させたのは当然の成り行きだった。

 2年振りの母校に私の心は何も感慨を抱かない。2年遅れての高校進学ではクラスメートに私を直接知っている者などいないだろう。同級生だった3年生にも特別親しくしていた者はいない。

 私はいつも一人だった。自分の頭がおかしい事を知っていたので、目立たず親しい者を作らずに来た。一人がとても気楽だったのだ。

 何も期待する事無く静かな、安穏とした高校生活がスタートする筈だった。

 新しい教室の入り口で私は茫然と佇んでいた。これが悪夢の続きだと思いたくなかった。

 私以外には何の変哲もない風景だろう。新たに始まる生活に少しの不安と期待を抱いてざわつく教室。初々しく新しい制服に身を包んだ生徒達がいる。誰も見知った者などいない、姿形はまったく違うのに私には分かった。彼らを知っている。ララエを見つめた沢山の憎しみの目だ。あの日ララエを捕え石を罵声を浴びせた者、ララエに仕えた侍女達もいる。この中はララエの関係者ばかりだった。

 明るい筈の教室が闇を纏って襲いかかって来る錯覚に心の底から震えあがる。

 動けずにずっと入り口を塞いでいたのが悪かったのだろう、誰かに背中を押されてこの身体は簡単にバランスを崩した。

「わっ、危ない!!」

 私の腕を力強い腕が掴んだ。驚いて杖を手放してしまう。

「ごめん!大丈夫?」

 腕を掴んだままその人は私を覗き込んだ。大きな黒い瞳が少し生意気そうな可愛い感じの小柄な男の子だった。

「!!」

 ああ、彼は。

 固唾を飲んだ。彼が誰だかすぐに分かった。彼はロウの大切な人―――彼の恋人、ララエが傷つけたあの侍女だった。

 何も知らない彼は、殺されても仕方のない私の尋常でない様子に困惑している。

「椎名さん?」

 何故名乗ってもいない私の名前を知っているのか、この時は疑問に思わなかった。心臓を握り潰されるような感覚に胸を抑える。彼が酷く焦ったような顔をしている。

「え!胸が痛いの!?」

 彼の手が私の肩を掴むのを誰かが邪魔をした。相手の背が高いのだろう、視界が陰る。私は冷や汗が全身から噴き出すのを感じた。とてもとても嫌な予感がして現実と向き合いたくなくて目を瞑った。

「セイ、何をしているの?」

 若い男の落ち着いた耳触りのいい声だった。千種の中のララエが震えている。

「彼女が怖がってる」

「ええ!!俺のせい!?俺なにもしてないっ、ぶつかったけど!!って椎名さん!凄い顔色悪いよ!」

 返事すら出来ずにいると身体が宙に浮いた。反射的に見開いたそこには憎しみに凍える前の、ララエが愛したあの懐かしく慕わしい一番美しい空の色の瞳。

「ちょっと我慢して。保健室に連れていくよ」

 昔とは違う、黒い髪。とても端整であろう顔立ちも別人なのに、その瞳だけがどうして全く変わらないのか。

「………ロウ」

 彼は私の業を暴く人だ。

 左胸の痣が突然耐えがたい程の熱を持った。右足が粉砕された痛みを思い出す。凄まじい痛みに身を捩る。苦悶に顔を歪め獣めいた呻きが口から零れそうになって歯を食いしばる。急な私の変化に驚いたのだろう、ロウ達が息を飲んでいる。その隙に私はロウの腕の中から抜け出した。でも立つ事が出来ずにその場に蹲る。全身から血が吹き出しているような感覚に怖気る。ロウの手が私に触れる。

「………やめてっ、触らない…でっ」

 教室や廊下から何事かと人が覗いているが、動けなかった。意識は内に籠もり現実を遮断する。

 これが因果ならララエは余程恨まれている。許しがない程に。



 それからの私は中学の頃に輪をかけて頑なになった。クラスに馴染まず異端児で問題児だった。今年赴任したばかりの副担任が私のお守役だ。彼はララエの関係者ではなかったので、私の多少の心の安らぎになっていたかもしれない。

 ロウの今世の名は斎賀樹と言う。ロシアとのクォーターで水色の瞳は祖母の家系から受け継いでいる。日本人離れした手足が長く肩幅のあるバランスの取れた身体と端正な美貌で学院での人気は高いが、今まで私が彼の存在を知らなかったのは彼が中学の時に編入して来た外部生だったからだ。

 樹と親友なのが八神清十郎。あの侍女だ。私は彼にどう接していいかわからなかった。ララエが彼女にした事を思えば、死んでも許されるものではないから。

 クラスと関わる事、殊、この二人と関わる事を避けていた。

 空気のように存在を消しても時折感じる視線がある。どうして彼が私などを気にするのかわからなかった。彼に対して特殊な反応を返している自覚はある。あるいはその反応が興味を駆り立てるのか。それならやはり、なるべく関わらないようにする事しか出来ない。



 雨が降っていた。朝から足が痛んでいたから嫌な予感はしていた。移動教室は運の悪い事に教室から一番遠い棟にある。速く歩く事の出来ない私は真っ先に教室を出て次の教室に向かうのだが、今日は間に合いそうになかった。足が痛んで休まず歩き続けて行ける気がしない。足を引きずるようにして空き教室の椅子で身体を休ませる。額には薄らと汗が滲んでいた。じんっと痺れるように疼く右足を撫でる。

 思った以上に身体が休息を必要としているようで眠気が襲って来て注意が散漫になっていたのだろう、自分以外の気配を接近されるまで気が付かなかった。

「椎名」

 名を呼ばれただけで身体が強張る。私の目の前に来たロウが困った顔で見下ろしている。

 小さく震える身体。怯えて血の気の失せた顔をしているだろう。興味を惹かないように普通を心がけても仕方がないのだ。私の中のララエが怯えているのだから。

 ロウがしゃがんで私と目線を合わす。反射的に後ずさろうとしたが椅子の背に阻まれた。ロウの水色の瞳が揺れた。

「足が痛むの?僕が抱いていくよ」

「いいの。………ほっておいて」

「椎名」

 優しく私を呼ぶ。あのロウが。私が何者か知ったら彼はどうするのだろう。今は気遣わし気に見ている瞳が、あの憎しみを込めた冷徹な凍えた瞳に変わるのだろう。彼から視線を逸らした。

「大丈夫だから」

「説得力がないよ」

 引く気配が全く見られない。おかしい。こんな失礼な態度の女など身捨ててくれればいいのに。何故かロウは怒りも呆れもしないのだ。

「じゃ、先生を呼んで来て」

「………」

 ロウの視線が注がれているのを感じる。どうしてそんなに強く見つめるのか。沈黙が耐え難く手足が冷たくなって行く。悲鳴を上げてしまいそうだった。ロウが重い溜息をつく。

「椎名はどうして僕に怯えるの?」

 答えられる筈がない。

「僕は君を傷つけたりしない。………君の力になりたいだけなんだ」

「………」

 ロウが今どんな顔をしているのか見られなかった。頑なに顔を背けているとロウが立ち上がった。頭にロウの手が置かれて身体が強張る。

「先生を呼んでくるよ」

 私は詰めていた息を吐き出して両手で顔を覆った。私はロウに恨まれている。ララエが私である以上一生忘れる事は出来ないのだ。


 あれ以降ロウが私に関わる事はないだろうと思っていたが、実際は逆だった。私の態度がロウを意固地にしたのか、何かと私に関わろうとするロウとそれを拒絶する私。ロウはとても人気があったので周りの私を見る目はどんどん冷たくなっていった。

 私が拒絶する度に優しい色を湛えていたロウの瞳に狂おしい何かが混じるようになって行くのを私は知らなかった。



 私は昔から浮いた子供だった。小学生の時には車椅子生活だったので周りの子供と馴染めなかったのだ。それでもいじめに合わなかったのはお上品な学院のお陰だったのだろう。今更いじめに合うとは思ってもいなかったのだ。

 今は初秋でそれ程寒くないとはいえ、頭から水をかぶれば体温が嫌でも奪われる。無様に転んだ私を周りの女の子達がくすくすと嗤っている。

「あら大変、転んじゃったの?」

 私に足を引っ掛けた女の子の言うセリフとは思えないなと冷静に考えていた。

「手を貸した方がいいかしら?でも、椎名さんは誰の助けもいらないのよね?」

 転がってしまった杖に手を伸ばすと杖が取り上げられてしまった。

「いい気味」

 そう言って彼女は杖を遠くに投げ、彼女達は私を置いて行ってしまった。

 怒りは湧いてこなかった。彼女達はかつての領民だ。ララエに復讐する機会を与えてあげるべき人達だった。彼女達が望むなら土下座でもしてもよかったのだ。

 自力で立ち上がろうとしても立てなかった。転び方が良くなかったのはわかっていたが、焦りが生まれる。早くしなければ、彼が現れそうな気がするからだ。私を監視しているとしか思えないような勘の良さで彼はいつも私を見つけ出す。

 焦っていたら何度も無様に潰れてしまった。誰かが―――ロウがこちらに走ってくる。

「椎名!」

 制服は濡れて泥にまみれ酷い有様で私も同様であったろうに、構わずロウが私の身体を抱き上げた。大柄なロウの腕には私がすっぽりと入ってしまう。怖い顔で私を見下ろしている。私は諦めて溜息をついた。


 この学院には希望があれば何人かと共有出来る専用の休憩室が与えられる。私は必要だと感じた事がないので持っていないが、厳しい審査とそれなりにお金がかかるのだと聞いた事がある。

 ロウはその部屋を持っていたようだ。それ程広くはないがちょっとしたキッチンスペースとソファと机があって居心地は良さそうだった。ロウが慎重に私をソファへ降ろした。私は相変わらずロウの存在に怯えていたけれど、少しづつ慣らされてもいた。ロウは無言だった。行動の端々に怒りを抑えているのが見受けられて、自然と私の身体も固くなる。

 どこからか取り出して来たタオルが頭に被せられてロウが私の髪を拭う。

「やめて!!」

 咄嗟に出るのはやはり拒絶で、ロウの怒りを一段と煽ったのか水色の瞳が濃くなった。

「じっとして」

「じ、自分で」

 恐怖か寒さのためか手が振るえる。ロウの手が私のブラウスにかかってビクリとする。ロウと目が合う。彼の瞳に憎しみとは違う仄暗い炎が見えた。

「ど…うして………?」

 どうしてロウがそんな目をするの。

 彼の手がブラウスのボタンを外して行く。咄嗟に彼の手を握った。それでも彼の手は止まらない。

「い、や」

 身体が動かなかった。ロウの瞳が私を縛りつけていた。ロウの中に揺らめく狂気が。

 ロウが私に触れる。混乱と恐怖に息も絶え絶えになりながら私はそれに耐えていた。

 ララエも無遠慮にロウに触れていた。けれど、ララエには性的な意図が少しも含まれていなかった。幼い心で美しいものを純粋に愛でていたたけだ。

 ロウの触れ方はあまりに明確な意図を持っていた。ロウは私の身体に隈なく触れて行く。手で舌で、この醜い身体を。

 ロウの身体がこれ以上なくぴったりと重なる。私の身体はロウに比べると余りに小さくロウで覆い隠されてしまう。

 ロウが執拗にキスを繰り返す。飲み込みきれない唾液が私の口元を穢している。

「千種、僕の名前を呼んで」

 それはとても切ない響きをしていたのだろう。何も考えられない私には届かなかった。

「千種、樹と」

 ロウの昂ぶりが股間に当てられる。私の悲鳴が喉を突き破った。

「あ、あ、ああああああああああああああああああああああああああっ」

 壊れたように自分でも止められない。驚いたロウが私を押さえつけた。

「千種!千種!!大丈夫だ、落ち着いて!!」

「うああああああああああああああああああああああっ」

「これ以上何もしないからっ!千種!!」

 絡め合った足がほどかれてロウが横から私を抱きしめて何度も私の名を呼んだ。私の涙でぐちゃぐちゃになった顔をロウが撫でる。

「千種、大好きだよ。僕から逃げないで、拒絶しないでくれ」

「………」

 ぼんやりと霞む意識ではロウが何を言っているのか理解出来なかった。



 その夜私は熱を出して何日も学校を休んだ。目が覚める度に何故かロウが傍にいて、その度に驚いていた気がする。

 すっかり回復した頃に大事な話があると両親に言われた。

 居間に行くと両親とロウがいて私を吃驚させた。母が私を手招きする。父が皺の多い顔を綻ばせた。

 千種の両親は温和でとても善良な人達だった。若い頃には父は企業人らしく厳しい一面も持っていたらしいが、60を過ぎて子供が出来てからすっかり丸くなってしまったらしい。今は名ばかりの会長職についているらしく、母とのんびり暮らしている。

「千種、顔色がすっかり良くなったわね」

 母が私の頬を撫でる。

「うん、大丈夫。心配かけてごめん」

 私はロウの存在が気になって落ち着かない。それを分かっているのだろう父が笑った。

「樹君はお前を心配してずっと通って来てくれていたんだよ?」

「………うん」

 他に何が言えただろう。両親は私とロウの事を知らないのだ。

「樹君からお前達の事を聞いたよ」

「え!」

 私は驚いてロウを見た。ロウは優しく微笑んでいた。ララエにはそんな風に微笑んだ事などないのに。

「お前達が若すぎる事は心配だが、彼の熱意は本物だ。きっとお前を幸せにしてくれる」

「お父さん何を言ってるの?」

「お前達の婚約を認めよう」

「え!?」

 どうしてそんな話になるのか。ロウと婚約?そんな事が許される訳がないのに!だってララエとロウが結婚などありえない。

「お父さん待って!」

 娘の焦りを照れだと勘違いしたのか父は朗らかに笑った。

「私も年をとっていつお迎えが来るかわからない身だ。お前の事だけがずっと心配だったが、樹君がいてくれればこれ程心強い事はない」

「まあ、あなたは100歳だって大丈夫ですよ」

 母が優しく父の手を取った。

「孫の顔だってきっと見れますわ」

「おお、孫かぁ~。樹君と千種の子供なら可愛い事は間違いなしだぁ」

 かつてない程に幸せそうな両親に私は絶句した。いつの間にかロウが私の傍らに立っていた。両親から視線を外し、両親から見えないであろう私の顔は絶望を浮かべてロウを見上げた。

 ロウの水色の瞳は美しく深い愛情を湛えているように見えた。彼の手が優しく私の頬を撫でうっとりと呟く。

「愛しているよ、千種」

 貴方が私を愛する事はないんだよ。それは貴方には酷い過ちだ。もしロウの記憶が貴方にあったなら。


『こんな醜い娘ではいくら金をつまれても誰も犯す気にはならないな。豚の娘にはお似合いだが』


 私の中でララエが泣き叫んでいる。

 恐怖を抱えながら生きて行かなければならないのだろうか。これがララエの罰なのだろうか。

 ロウのように、樹もいつか凍える瞳で千種の心を粉々にするのかも知れない。


ホラーっぽい終わりだなー。暗くて申し訳ありません。お読み下さってありがとうございました。うーん、樹サイドのお話いりますかね、彼ヤンデますが。取りあえず一応の完結ですので、完結済みで。

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