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しょうもない魔法の話

作者: けっき

 もし魔法が使えたらあなたは何がしたいですか?

 よくあるそんな問いかけはこの世界では意味をなさない。なぜってこの一風変わった地球では、誰もが小さな魔法使い。しょうもない奇跡を起こす力を有しているのだから。


「あああああーーーー!!!!」


 ここは日本、平和の国。私は二十五歳OL。今日は月曜、季節は冬、そして布団は暖かい。――つまり寝坊した。

 ハッと目覚めるとタイムリミットまで十分しか残されていなかった。八時には家を出ないと出勤に間に合わない。だというのに髪はぼさぼさ、寝不足で肌も死んでいる。死に物狂いで顔を洗って髪を整え、今日着る予定のスーツを出した。モコモコのパジャマを脱げば真冬の冷気が襲いかかる。うんざりしながら氷のようなシャツとジャケットに腕を通す。

 朝食を取っている暇など当然ないので顔面突貫工事が済むやばたばたと飛び出した。駅までは全力疾走。おかげでへろへろになるまで走った学生時代の体育の授業を思い出した。


「はー……、はー……、なんとか乗れた……」


 背中で閉まった電車のドアにもたれかかり、周囲に多少遠慮しながらハンカチで額を拭う。冬物コートがはりつくほど今は暑くてたまらないのに車内はガンガン暖房が効いていて、汗は止め処なく流れ落ちた。

 一体私は朝から何をやっているのだろう。二十五にもなって情けない……。

 落ち着いてくると瞼の裏に中学時代の友人の顔が思い浮かんだ。そう言えばA子は体育の前後、時々自分の魔法で着替えていたっけ。

 懐かしさに目を細めたのも束の間、妙な嫉妬心が渦を巻く。今にして思えばなんて羨ましい能力だったのだろう、と。

 映画や小説の魔法と違い、現実の魔法は地味でパッとしない。A子が天に与えられた魔法も「変身呪文で着替えができる」というそれだけのものだった。確かに使えないより使えたほうがいい。が、それができるから人より優れているかと言われればそんなことはない。体育の授業が終わるとA子は普通に着替え、普通にみんなと教室へ戻っていた。「先に着替え終わってもどうせ待たなきゃいけないし、こんな魔法無意味だわ」と笑っていたのだ。それを聞いてグループのメンバーは「確かにね」と内心彼女の魔法の残念さを嘲笑っていたというのに。

 大人になれば友人の着替えを待つシチュエーションなど滅多にない。むしろ時間ぎりぎりまで怠惰な朝を過ごせるなど特権階級もいいところだ。しかも寒さを我慢して冷たい服に着替えるという苦行も彼女の人生には存在しないのである。羨ましい、羨ましすぎてだんだん目が開いてきた。

 どうして私の魔法は「固くなったビンの蓋を外す」なんてくだらないものなのだろう? A子の魔法は確実に勝ち組のそれなのに。がっぷりはまったお椀【中】とお椀【やや大】をお前の魔法でなんとかできないかと頼まれて、できなかったときの母の顔を思い出して少し泣いた。

 現実の魔法はくそだ。かくも限られた場面でしか使えない。


「へー、部長のお子さんもう『発現』したんですか。最近の子は成長が早いですねえ」


 ちょうどそのとき、私の斜め前に立っていた若いサラリーマンが上司らしき男性と魔法について喋り出した。


「左右片方だけになった靴下をクローゼットから取り除ける魔法なんて羨ましいな。僕の魔法、しょぼいんですよ。冷蔵庫に賞味期限のやばい食品があるとなんとなく落ち着かないって魔法なんです」

「いいじゃないか、私の力よりよほど使えるよ。私なんかね、本や雑誌のノンブルが打っていないページでも何ページ目に当たるかすぐわかるという魔法なんだ。正直いまだに使いどころがわからない」


 上司の話には私も慰められた。この人の魔法よりは私の魔法のほうが数倍ましである。生きる希望も取り戻せるというものだ。

 ああ、一体この世界のどれくらいの人間が今ある力に満足できているだろう? 新たな力を手に入れることができないのなら、世界がもっとしょうもない魔法で溢れ返ればいい。






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― 新着の感想 ―
[一言] 大げさな魔法もいいけど、これはこれで微笑ましい。個人的に欲しいのは、「寝る時に顔の周りを飛ぶ蚊の羽音が聞こえなくなる魔法」。ええ、刺されますとも。
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