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勇者、目指してます。  作者: とんび
世界を救う少年
8/34

世界を救う少年~8~

☆☆☆



 今日十六時〇〇分がタイムリミットだ。その時間に律は武田の家へと行ってしまう。最終兵器だったDDOメンバーズカードの作戦も失敗に終わり、俺は席で項垂れていた。力尽くで律を止めるか? いや、律の認識が改まらなくては意味がない。またいつの日か同じことが起きてしまうだろう。


 やはり武田を力尽くで止めるという案が一番有力ではあった。俺の封印された右手と両足(本で調べたところ、どうやら悪魔ではなく天使が宿っているらしい)さえ、どうにかなればあんな奴何でもないはずなのだ。だが、今日になってもその封印が解ける気配はない。だからといって武器を使うのはナンセンスだ。これもやはり、どんな状況でも貴様には勝てないという絶対的な力の差を見せることで、律への勧誘を止められるというものだからだ。


やはり、危険だがあれしかないか。俺はスマートフォンを取り出すと自宅のパソコンを起動するのだった。



♪♪♪



「お、おじゃましまーす……」


「どうぞ。そんな固くならないで」


 ついに、ついに踏み込んでしまったっ! インザ武田くんちなう。というか、静かだ。あれ? お姉さんとかもいるって話だったけど……。私が不思議そうな顔をして家の中をきょろきょろ見回していると、武田くんが訳を話してくれた。


「父さんと母さんは仕事。姉さんは……そろそろ帰ってくるんじゃないかな? 今日は部活もないって言ってたし」


「あ、そうなんだ」


 私は少し安心して靴を脱いだ。さすがに誰もいない男の子の家に上がるのはちょっと気が引けるからね。光貴は別だけど。男の子っていうより弟だし。


 武田くんの部屋は二階にあった。ドアを開けてまず目についたのは、なんといっても清潔感だ。キレイ! 良い匂い! さわやか! の三拍子!! まったくもって光貴に武田くんの爪の垢でも煎じて飲んでもらいたいけど、爪の垢を煎じて飲むって嫌な表現だよね。ホントに飲んだらなんか嫌だし。


「ちょっと、座ってて。今、お茶入れてくるから」


「あ、そんな気にしないで――って行っちゃった……」


 私は一人取り残された部屋で辺りを見回した。部屋の中央には背の低いテーブルと向かい合わせに並べられた座布団。隅に置いてある棚には中学生男子らしくゲーム機や少年漫画が置かれていたが、キレイに整頓されていてとても見栄えが良い。棚の一番上には小さな観葉植物なんかも飾られていて、なんというか、同じ中学一年生でこうまで違うかと光貴との差にカルチャーショックを覚える。


 そんな中、ちょっと気になったのが、手前に倒されている写真立てだった。私は立ち上がると写真立てを手に取ってみた。小学校の卒業式の写真だ。ちょっとかしこまった武田くんと長くてキレイな髪の毛をした女性とのツーショット。女性は制服を着ていて、多分高校生だ。これが武田くんのお姉さんなのだろう。

だけど、この人どこかで見たことがあるような……。


「あれ?」


 棚と壁の間に大きな隙間があることに私は気づいた。覗き込んでみると一冊の本が挟まっている。拾っといてあげようと棚を動かし手を伸ばす。出てきたのはアルバムだった。


 ああ、そうだよね。友達の家に来たらアルバムを見るイベントって起きやすいもんね。きっと武田くんは恥ずかしくて隠しておいたのだろう。なんだか武田くんのことが少し可愛く思えた。


 これは気づかなかったふりをして元に戻しておこう。そう思ったんだけど、手が滑ってアルバムを落としてしまう。ぱらりとめくれるページ。そこにある写真に武田くんは写っていなかった。


「なんだこれ?」


 そこに写っているのはさっきの写真立てに写っていたお姉さんらしき人物。高校の入学式の写真だった。それだけだったら姉のアルバムが紛れていただけだと納得できただろう。だが問題はそのアルバムの上に書かれた一文だった。


『お姉ちゃんの入学式』


 自分の娘のアルバムに『お姉ちゃん』という書き方をするだろうか? いや、書くかも知れない。書くかも知れないけど、疑問が疑問を呼ぶのに十分だった。どうしてこれ全部カメラの方を向いていないんだろう? とか。


 他のページは……『お姉ちゃんの卒業式』『お姉ちゃんと買い物』『お姉ちゃんの寝顔』『お姉ちゃんのむふふ』って、何よこれっ!!! 『お姉ちゃんのむふふ』それはお姉さんと思わしき人物のお風呂写真だった。え? なに? なんなの? 何で全部隠し撮りなわけ? てか、寝顔写真にお風呂写真ってなんなのよ! 第一この人……


「私に似てる……」


 その時ドアノブを回す音が部屋に響いた。私は慌ててアルバムを閉じると隙間にシュート。写真立ても直そうと手にしたところで武田くんが現れた。


「どうかした?」


「わわっ! な、何でもないっ! お姉さん美人だねっ!」


 武田くんにばれないように慌てて取り繕う。自分に似ているって言った後に美人だねってどうなんだろう。いや、おせじだよ? いやいやどうでもいいってそんなこと! それより……ちょっと武田くんの顔が怖いです。


「そ、そうかなぁ。普通だよぉ」


 武田くんは自分の彼女か娘でも褒められたかのように真っ赤になって照れ笑いをしている。……なにこれ、武田くんってもしかして危ない人? 私、もしかして今危険?


「あれ……? それ……」


 武田くんの視線を追って振り返るとアルバムがちゃんと隙間に落ちきってなくて、端っこが見えていた。私は慌てて隙間に押し込む。苦笑いを浮かべて武田くんの方を向いて取り繕うとしたけど、武田くんは静かに俯いていた。


「あの、武田くん?」


「見た?」


「えっ!? あ、う、うん。キレイなお姉さんで羨ましいなぁー。なんて思ったり……」


 かちゃ。


 ひぃっ! 後ろ手で武田くんが部屋の鍵を閉めたっ! 何これ! ホラー!? ホラーなのっ!?


「そっか、見られちゃったのか僕の秘密。僕さ。お姉ちゃんの事が好きなんだよね」


「そ、そうだよね。こんなにキレイで優しそうなんだもん。う、羨ましいなぁ。あはは……」


 武田くんはゆっくりと近くにあったクローゼットへ。後ろを向いているけど、武田くんのいる場所はドアのすぐそばだ。逃げられそうにない。


「そうじゃないんだ。いくら好きでもお姉ちゃんはお姉ちゃんでしょ? だからやっぱり自重しないといけないと思うんだ」


 ……自重してこれなんだ。怖い。怖いよこの人っ!


「でもやっぱりお姉ちゃんじゃなきゃダメなんだなって思った。そんなとき香坂さんに出会ったんだよ。きみはさ、お姉ちゃんに似ているんだ。ううん。顔だけじゃなくて、黒野くんの面倒を見ているきみの姿がまるで本当に僕のお姉ちゃんみたいで……」


「へ、へー。確かに光貴のことは弟みたいに扱ってるけど、本当の弟じゃないわけで……。いや違うっ! 私なんてほら、乱暴だし、すぐ光貴のこと叩くし、全然武田くんのお姉さんみたいには――」


 そこで武田くんはふるふると首を振る。


「違うよ。お姉ちゃんああ見えて結構怖いんだ。これで全部ばれちゃったね。仕方ないよ。だけど……」


 くるっと振り返った武田くんの手にあるのはブレザーの制服、冬バージョン。


「これ着て! 一度で良いからこれ着て僕に優しくして! もしくは殴るのもありっ!!」


「いやーーーーーーーーっ!!!」


 なにこれ! なんなのこれ! シスコン!? いやそれ以上だよ! 変態だよ! もはや変態さん以外の何者でもないよ武田くん!!


 私は座布団を武田くんに投げつけて、机を縦にして盾にする。……あ、面白い。


「こ、この縦にした机の盾からこっちに来ないで!」


「そんなこと言わないでさ。一度だけ! 一度だけで良いからイイコイイコして! できれば彼女になって!」


「どんな告白よ! 嫌に決まってるでしょ!」


 武田くんを笑わして隙を作る作戦失敗。……もしかしたら私、余裕あるのかも知れない。だとしたら光貴のいつものバカ行動のおかげかも知れないな。


「そこまでだ。武田!」


 その光貴が扉を勢いよく開けて乗り込んできた!


「光貴! 助けて!」


「な、なんできみがここにいる! 鍵はどうした!?」


 光貴は両手を見せるように持ち上げた。そこにはいくつかの細い形状の道具が。


「開けた」


「ピッキングだと!? それはもはや犯罪じゃないか!」


「CWOになるために必要な技能その一だ」


 どんな組織なのよCWOって……。まあいいや、光貴が助けに来てくれたことで私はだいぶ安心していた。二対一ならもう大丈夫のはずだ。


「だけどどうするつもりだい? 昨日きみは僕に負けたばかりじゃないか。実力差ははっきりしているはずだ」


 昨日って……じゃあ、あの傷は武田くんと喧嘩してできたものだったんだ。でも今は


「二対一ならどう? 私だって喧嘩ぐらいできるんだからね!」


 だが、私の言葉は光貴の手によって止められてしまった。


「律、手を出すな。お前は俺が守る」


「けっ、かっこつけやがって……」


 ……かっこいい。ちょっとかっこいいって思っちゃったじゃない! なんかむかつく!


「いいよ、かかってきなよ。もう一度、今度は完膚無きまでに叩き潰してあげるから」


 武田くんが手に持っていた制服を放ったのが合図となったのか、光貴が一歩踏み出した。


 光貴のパンチは武田くんの手によって弾かれ、潜り込むような武田くんのタックルで光貴は床に倒れた。すぐに馬乗りの体制に持ち込む武田くん。……弱い。光貴、弱すぎるよ。光貴はじたばた暴れていたが、武田くんをどかすだけの力はないようだった。


「くそ、この狭さじゃ俺のスピードが活かせなかったか」


「どっちにしろきみの負けだったさ。謝るなら殴るのは止してあげるよ。香坂さんの前で僕も暴力なんて振りたくないからね」


「誰が謝るか。俺の本当の力さえ出せれば貴様なんか……」


「じゃ、もう一度泣かせてあげるね」


 武田くんが拳をゆっくりと振り上げた。その光景を見た瞬間私は思わず叫んでいた。


「やめてっ!」


 武田くんの動きが止まり、二人の視線がこちらを向く。


「……着るから。私、武田くんのお姉さんの服着てイイコイイコするから……」


 腕に冷たい感覚がして自分が泣いているのに気づいた。私は涙を拭うとキッと武田くんを睨み付けてもう一度言った。


「制服貸して! それでいいんでしょっ!」


「そんな必要はない」


 そう言ったのは光貴だった。武田くんに馬乗りになられて、どう考えても絶望的な状況のはずなのに、光貴は確信に満ちたような顔でこっちを見ていた。


「武田、俺のポケットを調べてみろ」


「……ポケット?」


 いぶかしげに問い返した武田くんは警戒するような素振りを見せたが、大人しく光貴のズボンをさぐった。


「これは……」


 出てきたのは消しゴムぐらいの大きさで、色は黒い何かだった。


「再生ボタンを押してみろ」


 再生ボタン、ということは音楽プレーヤーなのだろうか? 武田くんは訝しみながらも、ボタンを押したようだった。その時!


《えへぇ、僕、お姉ちゃんの事好きなんだよね。優しく殴って!》


 かなり気持ち悪いセリフが聞こえてきた。というか、今の武田くんの声……?


「な、なんだ今のは!?」


 武田くんが光貴の上から飛び退き、辺りをきょろきょろ見回した。その間に光貴は起き上がると、ズボンのポケットから携帯電話を取り出す。どうやらあそこから流れた声だったらしい。


「お前の今までの言動は全て録音させてもらった。これをばらまかれたくなかったら、俺の下僕にでもなるんだな」


「ふざけるなっ! そんなもの壊してしまえば――」


「あ、手が滑って送信してしまった。お前の姉に。ほら」


「なにぃいいいいいいいいっ!」


 光貴が見せた画面には『送信完了』の文字。……鬼だな。


「終わった……。僕のファーストラブ……」


 真っ白になってへたり込んでしまう武田くん。そうか。初恋だったんだね。そして私は本当に代用品だったんだね。……ほっとしたような、凹むような……むかつくような?


「嘘に決まってるだろう。今は律の携帯に送っただけだ。だが、言うことを聞かなければ、これをクラス中の人間にばらまく。ちなみにコピーは俺のパソコンに保存済みだから武力行使に出ても無駄だぞ」


《お姉ちゃん好き! 殴って!》


《お姉ちゃん優しいよね。殴って!》


《お姉ちゃん殴って!》


 色んなバリエーションの武田くんボイスが再生される。一体いつ加工したんだろう。それより、全部『殴って!』 で締めくくっているのがとてもシュールだった。そしてそんなもん私の携帯に送らないで欲しい。トラウマもんなんですけど。


 嘘だとわかって少しだけ元気を取り戻した武田くんだったが、それでも光貴に立ち向かう気力は無いようで力なく言葉を発した。


「……僕の負けだ。香坂さんに制服を着てもらうのは諦めるよ」


「それが賢明だな」


 光貴が勝ち誇った顔を浮かべると向きを変え、こちらに歩いてきた。


「大丈夫か? だから言ったろ。武田は危険な奴だって」


「……ありがとう」


 私は差し出された光貴の手を取り立ち上がった。ま、今回はある意味、光貴が正しかったわけだし、お礼ぐらい言わないとね。


 武田くんはというとただ項垂れながらお姉ちゃんの制服を握りしめている。……いや違う。何か呟いている。耳を澄ましてみると


「……なんで………………おね…………フラれたわけじゃ……そう……そうだよ!」


 ぶつぶつ独り言を呟いていた武田くんが急に立ち上がって私を見据えた。


「だが、まだ彼女にするのを諦めたわけじゃないぞ! 香坂さん! こんな僕でよかったら付き合ってくださいっ!」


「嫌に決まってるでしょっ!」


 私は座布団で武田くんの頭を思いっきり叩いたのだった。


一章終了です。ここまで読んでくださりありがとうございます!


数行の閑話を挟んで第二章に入ります。


光貴と律の物語、これからも読んであげてもらえると僕も幸せです。


もっともっと面白い小説を書けるようになりたいので、感想を書いていただけると嬉しいです。もちろん、悪い所でも構いません!

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