世界を救う少年~5~
『スクープッ! 新入生の禁じられた三角関係っ! ~完璧なトライアングル~』
翌日、校内中の掲示板にそんな見出しの校内新聞が張り出されていた。あれだ。絶対昨日現場にいた女子生徒の仕業だよ。なによこの記事はっ! どうして私が告白されたことを記事にされて全校生徒に知られなくちゃならないの! しかも光貴が武田くんを好きで諦められずに現場に現れたことになってるし、挙げ句の果てには私は光貴のことが好きだとか書かれているしっ! ふざけんなっ!
「り、律? 落ち着け。息が荒いぞ?」
「誰のせいだと思ってるのよっ!!」
私は掲示板から新聞を乱暴にはがすとびりびりに破いてゴミ箱へ叩きつけた。どうしてくれよう。こんなに怒りが収まらないのは生まれて初めてかもしれない。
「俺のせいだというのか?」
「……殺して欲しいの?」
「……悪かった」
「ああん?」
「すみませんでした。どうか許してください」
さすがに光貴も反省しているらしい。いつになく殊勝な態度だった。だからといって許せることじゃないけど。
だいたいこいつ、昨日の昼休みに勝手に人の鞄をあさって、手紙を盗み見たんだよ!? それでもって、あの文面のどこをどう解釈したら勘違いするのかわからないけど、『CWO』からの手紙だと思い込んだ光貴は本当に私宛だったのか確かめるために一足先に現場に隠れていたのだという。問い詰めたところ意外とあっさり白状したので、グーパンチ十回で許してあげたんだけど、未だに頬と肩が痛いらしく、動きがぎこちない。
むしゃくしゃする気持ちを少しでも発散するように私は力強く床を踏みしめて歩き出した。光貴が後ろに控えるようについてくる。
「ついてこないで」
「俺も教室向かっているのだから仕方ないだろう」
「じゃあ、離れて」
「な、なんだと? それでは話せないではないか」
「話すことなんてない。金輪際私に近づかないでっ!」
「ソ、ソンナッ!」
なんかよくわからない発音で光貴が抗議してきたが、私は無視を決め込んで教室に向かった。
光貴はしばらくその場で突っ立っていたようだった。
☆☆☆
退屈で無意味な授業とHRを終え、俺は律の元へと向かった。確かに昨日のことは俺の不手際だ。まさかこの俺が尾行に気づけなかったとは。むしろあの新聞部員を賞賛すべきなのかもしれない。俺の五感をかいくぐるとはただ者ではないのは確かだ。
声を掛けようと口を開けたとき、律が振り返った。その視線は深海のような圧力を伴って俺の眼光を貫いた。思わず後ずさってしまう。
「や、やあ、律くんは今帰りかい? 奇遇だね。家も近いし一緒に帰ろうではないか」
思わず俺らしからぬ言葉遣いになってしまった。俺がここまで譲歩したというのに律は、ふん、と鼻息を漏らすと鞄を持ってさっさと教室から出て行ってしまった。
俺に刺さるクラスメイトの数十の視線。こんなもの普段は気にならないのだが……否、このそわそわとした感覚はきっと予兆だ。何か、悪いことがある。俺の身にだろうか? それとも律に何か起こるのかもしれない。気は進まないが、陰から見守ってやるか。本当に気は進まないが、これも幼なじみとして、そして正義のためだ。俺は俺の第六感を何よりも信じているからな。
何気ない雰囲気で教室のドアから廊下を覗いた。既に階段を下りてしまったのか律の姿はない。とりあえず帰宅ルートは同じなのだから焦る必要はないのだが、俺の足は理性とは逆にせかせかと動く。まるで何者かに操られているかのように。……もしかしたら右腕だけではなく、足にも悪魔を飼っているのかもしれないな俺は。それとも天使か? 帰ったら調べてみることにしよう。
校門を出たところで律に追いついた。律の姿を確認できる範囲で、できるだけ離れて歩こうと考えていたが、そうもいかない事態が起こっていた。律と並んで武田透が歩いていたからだ。
昨日は新聞部に後れを取ったとはいえ、奴がCWOの関係者ということには変わりない。一体何故、俺ではなく、律を勧誘したのかは不明だが、だからこそ俺は彼らの会話を聞かなくてはならない。これは俺の野望、そして人類のためでもあるのだ。CWOが間違った人選をしてしまえば世界は闇に帰す。それほど彼らの役割は繊細で重要なのだ。
俺は電柱に隠れるようにしてできるだけ彼らに近づいた。それでも少し遠いが耳をそばだてればどうにか会話の内容は聞こえてきた。
「そっか、でも僕は気にしてないからさ。それより、僕の方こそごめん。もっと気をつけていればあんなことにはならなかったのに」
「う、ううん。いいの。全部あのバカ光貴のせいだから!」
バカ光貴とはなんだ。そもそもとしてあいつが手紙を俺にさっさと見せていればこんなことにはならなかったのだ。武田の方は昨日とは違い、ずいぶん冷静に見える。対して律はなんというか猫丸被りだ。いつもはぶら下げた鞄をぶんぶん振り回すように歩いているのに、今は両手でずいぶんとしおらしく持っている。見ていて気分が悪くなるな。
「あのさ、返事、きかせてもらっても良いかな」
「えっ! あっ、そのっ……」
ずいぶんと性急な奴だ。CWOへの加入など求められて普通の人間がそんなすぐに決断できるわけがないだろう。武田の地位が知れるというものだ。
「ご、ごめんなさい……と、友達からでいいかな? 私、まだよく知らないし……」
だろうな。所属や活動内容を知らされていないのに返事ができるわけがない。……だが、なぜ友達なんだ?
「そっか……残念。じゃあさ、今度の土曜日、映画見に行かないかな? 『インポッシブルミッション』のチケットもらっちゃって」
『インポッシブルミッション』とは今公開している大作映画だ。スパイの主人公が世界を股に掛けて活躍する話で、なるほど、役職によってはCWOの活動に近い物があるな。それを見て参考にしてもらおうということか。だが、残念だったな。その日は
「その日は、その……用事があって」
「光貴くんとかい?」
「ち、違うよ! 何であんな奴と! テストがあるの!」
あんな奴とはなんだ。そもそもその映画はお前から誘ってきて来週見に行く予定だったじゃないか。
「テスト? テストって学校のかい?」
「あ、その……追試が……」
律はこの前行われた中間テストで三教科も赤点を取ったため、追試があるのだ。追試科目は英語、数学、国語。主要科目全滅という目も当てられない結果だった。だから先週「土下座して頼めば勉強を見てやる」と言ってやったのだが「ふざけんなっ!」と返されてしまった。人の好意ぐらい有り難く受け取ったらいいものを。
「だったら、一緒に勉強しない? 明後日でどう?」
「え、でも……」
「僕もよく姉さんに教えてもらってるから、少しは役に立つと思うよ」
「あ、うん。ありがとう。でも――」
「じゃあ、明後日うちで」
「へぇっ!?」
……明後日か。そこでCWOの全てを話すことに決めたのだろう。いくら律といえども活動内容を本人から聞かされては、興味を禁じ得ないだろう。もしかしたら、そのまま加入するなどと言い出すかもしれない。それはまずい! 止めなくては!
カランッ。
つま先に何か軽い物が当たり、音が鳴った。どうやら空き缶を蹴飛ばしてしまったらしい。
律と武田が振り返り、その目が見開かれる。そして次第に律の顔が歪んでいった。まるでいつか夢に出てきたような鬼のような形相で俺を見下ろしていた。
「わ、悪い」
俺の声が届いたのかは定かではないが、律は武田の手を取ると早足で歩き始めた。
「明後日ね! わかった! 勉強教えてもらうね! ありがとうっ!」
「え? うん。どういたしまして……?」
怒気をはらんだ律の声に武田は戸惑いながらも頷いていた。……どうやらリミットは明後日の放課後に決まったようだ。それまでに律よりも俺の方がCWOに相応しいと武田に思わせなくてはならない。負けられない戦いのゴングが聞こえた気がした。