世界を救う少年~4~
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午後の授業も終わり、ついに残すはHRだけとなったわけだけど、私は未だ心の準備ができていなかった。担任の先生の話も右から左に流れてしまって頭を占めるのはこれから起こる人生で初めてのどきどきイベントのこと。そう、私は今日、告白されますっ!
私は口元が緩まないように気をつけながら例の手紙を机の下に出してもう一度読み返した。
『突然のお手紙失礼致します。一目見たときからあなたのことを求めてやまない僕の心を抑えることができずに、手紙という形でこの想いを伝えようと決めました。初めはあなたの上品で可憐な容姿に稲妻に打たれ、そしてあなたを密かに見守るうちに知ることになった包容力と優しさ、なによりその芯の強さとも言うべき揺るがない信念に、溶岩のように熱い気持ちが芽生えたのです。知れば知るほど運命の相手と勝手ながら確信し、今に至ります。どうか今日の放課後、校舎裏にきて頂けませんか? 直接伝えたいことがあります。それでは』
手紙からあふれ出る知性はもちろんのこと、その真摯なまでの想いが伝わってくる(若干、思い込みが強いとは思うけど)。名前が書かれていないから差出人はわからないけど、好意を寄せられていて嬉しくないわけがない。ましてや生まれて初めてもらったラブレターだ。何とも言えない高揚感が胸を高鳴らせていた。
光貴にこの手紙のことがばれていたと知ったときにはどうしたのものかと焦ったけど、なぜか昼休みを境に大人しくなったので、やっと諦めてくれたのだろう。
といっても問題はこれからだ。なんだかんだと帰りはいつも一緒に帰っているからね。先に帰ってもらう言い訳ぐらい用意しなくちゃいけない。どうしようかなぁ。掃除当番じゃないし、部活もやってないしなぁ。
「はい、これで終わり。さよならさん」
とかなんとか考えているうちにチャイムが鳴って田辺先生の話も終わってしまった。慌ててみんなに合わせて立ち上がり、さようならの礼をする。ああ! まだ理由を考えてないのに!
振り返ると三つ後ろの席の光貴と目が合った。いつもなら私のところにやってくる光貴だったが、どういうわけか目を逸らすとそそくさと席を立って教室を出て行ってしまった。
……頑なに手紙を見せなかったから怒ってしまったのだろうか? 確かにちょっと冷たくしすぎたかもしれない。帰りに光貴の好きなササミジャーキーでも買って帰ってやるかな。ちなみにササミジャーキーは犬用なんだけど、そこがしょっぱすぎなくて良いらしい。私は食べたことないからわからないけど。
とにかく今は校舎裏だ。私は鞄を手に取るとクラスメイトへの挨拶もそこそこに教室を出た。
校舎裏に人気はなかった。どうやら私が先に着いたらしい。……どうしよう。待つっていうのも恥ずかしいな。隠れる? いや、それも恥ずかしいな。校舎の周りを一周するのはどうだろう。で、それでもいなかったらもう一週。いいねっ! そうしよう! 歩いていれば考えがまとまるかもしれないし!(なんの考えだかわからいけど)
そう思って一歩を踏み出したとき、後ろから控えめに声を掛けられた。
「あ、あの香坂さん」
振り返ると真面目そうで柔和な顔立ちをした男子生徒が立っていた。恥ずかしげに頬を染めてメガネ越しにこちらを見ている。つられるように私の顔も熱くなってしまった。
「こ、こんにちは」
「こんにちは」
どうして良いのかわからないのでとりあえず挨拶をしてみたら返してくれた。よし。コミュニケーション成功だ。
「……」
「……」
しばしの沈黙。……つ、次のコミュニケーションを取らなくちゃ! 何を? 何を喋ればいいの!? とにかく話さなきゃ!
「か、蛙は好きですか?」
……終わった。何を訊いているのだ私は。いや、告白するのは向こうなんだから終わっても別に良いんだけど、とにかく終わった。
「え? あ、うーん。普通です。香坂さんは好きなんですか?」
「う、うん」
あれ? 思ったより引かれてない。メガネの彼はにっこり笑うと嬉しそうに言った。
「やっぱり面白い人だなぁ。僕の姉も蛇とか好きなんですよ」
「あ、蛇は嫌い」
「あ、そうなんですか……」
あ、なんかすっごく落ち込んじゃった。なんだろう。どうしよう。告白ってどうすればいいの? いや、違うよっ! 訂正! 告白されるってどうすればいいの!?
「えと、お名前……」
私が小さな声で訊ねるとメガネくんは慌てて顔を真っ赤にした。
「ああ! ごめんなさい。まだ名前も言ってませんでしたね。僕は武田透と言います。一年B組です」
B組ということは隣のクラスか。うん。そういえば見たことあるかも。
「わざわざ来てくださって有り難うございます。今日は大事な話があって来てもらいました。えっと、手紙で大体わかると思いますけど、やっぱり僕の口からちゃんと言いたかったんで……」
ツイニキタヨッ! ドウシヨウッ! あああああああああ、なんか頭ん中ぐるぐるでどうしたらいいかわからないよ。こ、断るつもりだけど、友達からよろしくって言えばいいのかな? でもそれだと傷つけてしまうかな。でもでも、まだちゃんと話したこともないのに、付き合うなんてできないし――
「あの、僕、一目香坂さんを見たときから――」
どうしよーーーーーっ!
「何で俺じゃないんだぁあああああああっ!」
………………は?
「な・ん・で、こいつなんだよ!」
茂みから飛び出して理解できないことを大声で叫んだのは光貴だった。光貴は飛び出した勢いで武田くんの肩を掴みぶんぶんと揺すっている。
「俺じゃダメなのか!? あの手紙は間違いじゃなかったのか!? 律なんかより俺の方が絶対に役に立てるぞ! この熱い想いをちゃんと見てくれ!」
「ちょ、ちょっと待ってください! き、きみは黒野くんだよね? 黒野光貴くんだよね? な、なんできみが――」
パシャッ! 一瞬強い光が光貴の飛び出した茂みとは反対の茂みから瞬いた。振り向くとカメラを持った怪しげな格好の女子生徒が写真を撮っていた。なんと言っても目を引くのは制服に不似合いなキャスケットの帽子と咥え煙草だ。
「な、なにしてるの?」
私はもっともな疑問を率直に訊ねた。
「ああ、驚かせてしまったかい? これも仕事でね。ま、まさかこんなことになるとはボクも思わなかったけどね! ああ! 本当に大スクープだよっ! 妬ましいようなほっとしたような!」
……何が妬ましくてほっとしたんだろう? そもそも、こんな場面を撮ってどうするつもりなのだろうか。そしてよく見れば煙草と思ったそれはどうやら棒付きキャンディーのようだった。夢中になって写真を撮っているうちに力が入ったのかかみ砕く音が聞こえてくる。……というかそんなことどうでもいいよ。なんだこの状況。
「てか、ちょっと光貴! あんたなんのつもりよ!」
「いーやーだーっ! CWOには俺が必要なはずだ! こんなへんちくりんのバカ律なんか使い物にならんぞ!」
「誰がへんちくりんだっ!」
私は持っていた鞄で力一杯光貴を殴ったが、それでも勢いは止まらず、光貴の奇行はこの後もしばらく続いたのだった。