世界を救う少年~1~
昔に書いた小説を投稿してみようと思います!
暇つぶしやお茶請けにどうぞ~
*とりあえず書き終えている作品なので最終話まで更新していきます!
~世界を救う少年~
意識を取り戻したとき、俺は闇の中を漂っていた。身体の境界も曖昧な中、確かだったのはここが現実世界とは少しだけ違う場所だということだ。
『立ち向かうのだ』
突如として頭の中に声が響いた。どこか懐かしい声だ。
『わかっているのだろう?』
彼の言うことが理解できない。訊き返したくても自分の声は音にならなかった。
『自らの使命を』
使命?
目の前に小さな光が現れる。俺はそれを触ろうとして手を伸ばした。――届かない。小さな光は爆発的な広がりを見せて俺を包み込んだ。あまりの光量に顔をしかめる。突風が吹き、思わず身体を小さく。
顔を上げると飛び込んできた景色に息を呑んだ。遙か彼方に地平線が見える。こんな景色は見たことがなかった。世界の果ては緩やかな曲線を描いて一周していたのだ。そう、ここはこの世の全てを俯瞰できるほど高い塔の上だった。いや、これが果たして『塔』と呼べるのだろうか? 直径はわずか三メートルほど。そしてその床面にはびっしりと見たことのない文字と幾何学模様で構成された魔方陣が刻まれていた。
俺は端の方まで歩くと下を覗き込んだ。遙か下に雲海が広がっていて、地上の様子は拝めなかった。塔の側面に模様はない。白くのっぺりとしている。ただ、あまりの高さのためか、まっすぐ天へとそびえているようには見えない。どの方角から覗いても湾曲しているように見えるのだ。
そして、この魔方陣。そうか。そういうことか。
「なんの用だ。俺は忙しい。用があるなら早く言え」
俺は天を仰いでそう言葉を紡いだ。すぐに変化が現れる。空間がある一点へと縮小されていく。そして縮めたバネを解放するかのように爆発的に元に戻り、同時にすさまじい衝撃波が俺を襲った。だが、俺はそれを涼しい顔で見送る。
姿はなく、気配だけが漂う。だが、俺にはわかった。現れたのは『神』だった。
『変わらんな、おぬしは。我に対し、その傲岸なる振る舞い。他の者には真似できまい』
「次は俺の番ということか」
俺は不機嫌にそう訊ねたが、神は答えることなく話を進めた。
『世界に危機が迫っておる。《ダークダーティーオーガナイゼーション(DDO)》の者達がついに魔王を蘇らせようとしておる』
「つまりそれを止めろと言うことだろ?」
『そうだ。おぬしは《クリーニングワールドオーガナイゼーション(CWO)》の者共に力を貸し、世界を守るのだ』
「対価は?」
『我に対しそのような物を求めると?』
「お前ができないことをしてやろうと言うんだ。それぐらい当たり前だろう」
俺は不遜ともとれる態度で見返す。仮にも相手は神だ。舐められた時点で契約は打ち切られる。
『良いだろう。魔王の復活を止めた暁にはおぬしが最も望むものをやろう』
悪くない取引だ。さて、そうなると何を望むか。世界の掌握には興味がない。世界平和というのも面白くない。悪がいて初めて正義があるのだから。それなら、もっと個人的かつ利己的なものを望んでみるのもいいのではないか? そう、例えば、前に進む勇気、変化を恐れぬ勇気――
『起きるのだ』
俺の思考を遮り、神が言った。
「どういう意味だ」
俺が顔を上げると、一体いつの間に入れ替わったのか、そこには『神』ではなく代わりに腰に手を当てその特徴的な短いポニーテールを風に揺らす見覚えのある少女がいた。齢十三にしては大きい胸と健康的な足。少々太めの眉を今はつり上げている。それはまさに鬼の形相だった。なんということだ……。まさか律が《DDO》の一味だったとは。
『いい加減に……んのっ、……こんにゃろぉーっ!』
律は相変わらず腰に手を当てていた。殴られたわけでも投げ飛ばされたわけでもないはずだ。にも関わらず、なぜか叩きつけられたような鈍い衝撃が全身に広がり、視界がブラックアウトした。
♪♪♪
数ヶ月ぶりに入った幼なじみの部屋は崩壊していた。壁に沿うように積み上げられているのは漫画やゲームの攻略本、それに明らかに日本の物じゃない重厚な作りの怪しい本に、私が読んでも絶対理解できないだろうなー、というパソコン関係の本などなど。机の上にはごっつくて重そうなパソコンと三台のモニタが置いてあって、当たり前のように起動したまま。床には脱ぎ捨てられた上着がそのまま置かれて、ぐしゃぐしゃになっている。
私はため息混じりに部屋の中に踏み入る。床に散らばったジャケットをハンガーに掛け、その下から出てきたゲーム機やソフトのパッケージを踏まないように気をつけながら目的のベッドまで移動した。
布団にくるまり幸せそうに寝入っているのは幼なじみの黒野光貴だ。ムニャムニャとアホ面全開で口を動かしている。こいつは中学になっても何も変わらない。背も相変わらず小さいし、こうして起こしに来なければいけないほど、生活力がまるでないのだ。
「光貴、起きなよ」
私は光貴の肩を軽く揺すった。光貴はちょっと嫌そうな顔をすると寝返りを打ってそっぽを向いてしまった。
「また遅刻するつもり? あんた、今日遅刻したら記録更新だよ? わかってんの? ほらっ」
ぱかんっ、と頭を叩いてみる。反応無し。ちなみに光貴は先週全て二時間目から出席という新記録を樹立している。さすがの私も放っておくことができなくなったわけです。
私は大きくため息を吐くと、ベッドの近くにあった教科書と漫画の山をずらしてスペースをつくった。そうしておかないと後で怒られちゃうからね。
「起きなさいって言ってるでしょ! ……最後通告したからね?」
無駄だとわかりつつ、もう一度揺すってみる。……こいつは家が潰れるほどの地震でも起きないんだろうなぁ。
「いい加減に……んのっ、……こんにゃろぉーっ!」
私は掛け布団を力一杯引っ張る。布団を掴んで放さない光貴もごろんとついてきてベッドから転げ落ちた。
「んぎぉっ!」
……蛙が潰れたような声が聞こえた。いや、蛙、潰したことないけどね。そんなことするやついたら、殺すけどね?
「起きた?」
状況が飲み込めないのか、目をまん丸にして見上げる光貴。何度か瞬きした後、いきなり勢いよく立ち上がった。
「律っ! 貴様、『DDO』の手先だったのか!? いつから気づいていた、この俺の隠された――イタイッ!」
パコンッとそこら辺に転がっていた雑誌で頭を叩く。
「痛いってそれアンタこと?」
「……貴様、この俺を怒らせたな? 冥府で生まれながら、光の素質を備えた俺の力見せて――イタイタイッ!」
どうにもまだ目が覚めていないようなので往復で頬を叩いてみた。
「ぼさぼさの頭でアホなこと抜かしてないでさっさと顔洗ってこい」
「この俺を怒らせたらどうな――」
「もう一度殴られたい?」
にっこりと微笑みかけながらゆっくりと雑誌を振り上げる。睨み付けてくる光貴だったが、やがてスッと目を逸らした。……ふ、勝った。
「力さえ戻ってくれば貴様なんか……」
なにやらぶつぶつと言いながら光貴は部屋を出ていった。私は一仕事終えた感じで息を吐く。腰に手を当て、首を鳴らして部屋を改めて見回した。……朝ご飯の前にちょっと片付けなきゃなぁ。どうせすぐに散らかっちゃうんだけど。
よしっと小さく気合いを入れてひとまず手近にあったゲームソフトを拾い上げるのだった。……いやね? 自分でもほっとけば良いと思うんだけど、気になってしまうんです。困ったことに。