第六話 弁当
昼休み。同僚達は皆外に出かけて、部屋に残ったのは俺だけになった。だけど、近くのコンビニに買い出しに行った連中はすぐ戻ってくる。だから、今の内に移動しよう。そう考えて、ピンク色の弁当袋を抱えて、外に出た。あまり人目につかないところで食べようと思い、怪しいことこの上ないが、非常階段へ回った。
非常階段の途中の踊り場で、手摺に寄りかかって、袋の中身を取り出した。
何処からかモーター音が聞こえる。エアコンの室外機かも知れない。
手っ取り早く食事をしてしまおう。そう思って、弁当箱を開いた。
「…………」
なんというかカラフルだった。
ご飯の上には、おかかでハートマークが描かれている。
タコウィンナーが何故か二体向かい合わせで、爪楊枝で連結されている。
薄い色の厚焼き玉子には中にシソとノリとジャコが入って巻かれている。
薄い色の大根の煮物、キンピラごぼう、ゴマをちらしたイワシの醤油煮に軽く酢を加えたもの。
それとリンゴの角切り。
「意外だ……」
和食だなんて思わなかった。しかも色が薄い事から、安い惣菜の詰め合わせではなさそうだった。
夕食の残り物を入れたのだとしても、何だか新鮮だった。
「……そういえば、大根の煮物やイワシなんか、最近食べたことなかったよな」
ポツリと呟く。
「しかしなんで、こんな風に刺すんだ?」
タコウィンナーのほぼ中央部に串刺しされた爪楊枝を抜きながら、不思議に思った。
なんというか、ドッキングというよりは、心中に見えると思う。
「待てよ、このまま食べれば良いのか?」
タコウィンナーを箸で摘むのはちょっと面倒だ。それよりは爪楊枝で刺して食べる方がずっと楽だ。
そう思い、また刺し直した。が、今度は一方が背中から抱きつくようなかっこうになり、思わずプッとふき出してしまった。
「……ったく、何だよ、これ……っ」
冷静に考えると、そんなにおかしな事でもなかった筈だが、何故かウケてしまった。
……疲れているのかも知れない。
「しかし、タコウィンナーに、ハートマークって小学生か?」
笑いながら、厚焼き玉子に手を付けて、その繊細な味と香りに、息を飲んだ。
「…………」
ぼんやりと食べかけの玉子焼きを、暫し見つめる。
「……ダシの香りと、シソとノリと、醤油……?」
こんなところでこんなものを食べるとは、思いも寄らなかった。本当に自己申告通り、彼女の手作りだとしたら、俺はかなり彼女を見くびっていたことになる。
「…………」
その後は無言で、静かに食べた。お袋の味とはまた違うそれは、かなり薄味だったが、その分ダシが濃厚で香りが良かった。また歯触り、舌触りが良い。
食べながら、何故か泣きそうな気分になった。
「…………」
何なんだ、と自問自答する。嬉しいというのとは違う。旨いことは旨い。それだったら、もっと旨いものを食べた事もある。それなりに感動したが、これはそういうものじゃない。
どちらかと言えば、郷愁というか、懐かしさを、感じる。
ずっと探していたものにやっと出会えたような、そういう感覚。
「……感傷? 久しぶりに有子のことを思い出したから……」
それも違う。
困惑した。食べ終えて、蓋を閉めながら、複雑なすっきりしない気分を抱えて、眉間に皺寄せ、ため息をついた。
ため息をつきながら、今日は帰りにスパに寄って行こうと考えた。