第二十二話 夢のような幸せ(三)
「おはようございます、井上さん」
深川は二駅後に乗り込んで来た。
にっこりと微笑む顔を見て、安堵した。
「おはよう、深川」
「今日のスーツとネクタイ、素敵ですね」
「今日は客先に訪問するから」
「井上さん、いつもそうですよね」
「……見苦しいのは嫌だから」
「カッコイイです」
思わず顔をしかめてしまった。
「カッコイイ?」
そんなこと言われたのは初めてだ。
「え? 私、変なこと言いました?」
「あ、いや」
慌てて眉間の縦皺をゆるめて笑みを作る。
「そうじゃなくて。そんなふうに言われた事がないから」
「井上さんはカッコイイですよ。切長の目が涼やかで、キリッとしてて理知的で。眼に力があるから、真正面からジッと見つめられるとドキッとしちゃいます」
目つきが悪いだの、冷たく見えるだの、人相が悪いとか恐い、凶悪だのと言われた事はあるが、褒められた事は全くない。
「初めて言われたよ、そんなこと」
「それは井上さんが、ちょっと近寄り難く見えるからじゃないですか?」
深川が首を傾げて言った。
「……恐い?」
「話をしている時の井上さんは恐くないです。むしろ気を遣ってくれて優しいですし」
優しい?
それは本当に俺に対する形容詞かと思う。
その逆ならいくらでも言われた事がある。
正直、自信がない。
「井上さんは、もっと自信持って良いですよ」
深川は笑った。もしかして同情されているのだろうか、と思ってしまった。
だが、深川の笑顔に裏は感じない。
こんな事考える俺はひがみっぽいのかもしれない。
少し落ち込んだ。
深川は可愛い。真っ直ぐに見つめられ、微笑まれれば、心が揺れる。
その上、その柔らかい胸を押し付けられたりしたら、まともな思考なんか働かない。
煽られ、気分が高揚し、もっと触れたい、感じたいと思ってしまう。
「深川」
「なんですか?」
「どうして俺が好きなの?」
だって俺は何もしていない。好かれるだけの何かを持っているわけでもない。
少なくとも、一目惚れされたりするような容姿ではない事だけは確実だ。
「井上さん、いつも誰と挨拶する時も、人の顔を見て挨拶するんですよね」
「普通はそうだろ?」
そう答えると、深川は苦笑する。
「そうとは限らないんですよ。胸ばかり見る人とか、目を全く合わさない人とか、逆にジロジロ見る人とか。井上さんは、すごく真面目で誠実な感じがするんです。しっかり顔を見て声をかけてくれて、それがちっともいやらしくなくて、スマートで。誠意を感じるんです」
「え?」
ポカンとしてしまった。
「視線?」
「そうです」
深川は恥じらうように微笑んだ。
「それで素敵な人だなって」
俺は呆然と見た。
「……深川」
「はい?」
「騙されやすくない?」
「え?」
深川はキョトンとした。
「俺はそんなに真面目じゃないし、誠実でもないよ。俺はどちらかというと面倒くさがりだし、結構横着だし、ずるくて計算高いと思うよ?」
すると深川はにっこり笑った。
「それでも良いです。井上さん、優しいですし。私、ずっと良いなと思ってたんです。笑い方とか、話し方とかも好き。低い声で名前呼ばれただけで、ドキドキします。すごく素敵な声で」
そんなこと、初めて言われた。
「好きです」
深川は真っ直ぐな目で言った。
「嫌ですか?」
潤んだ瞳で見上げられて。
「ううん、嬉しい」
と答えた。
「深川」
「はい」
深川は主人を見つめる子犬の目つきで、俺を見つめる。
つい手が伸びて髪を撫でてしまうと、嬉しそうに目を僅かに細めた。
可愛い。
「ごめん、俺、こんなで」
「え?」
深川はキョトンとした。
「がっかりされるかも」
そう言うと、深川は首を左右に振った。
「そんなことありません。私、ますます井上さんが好きになりました。井上さんは、もっと私のこと信じてください」
キラキラした目で言われて、素直に嬉しいと思った。
「有り難う、深川」
幸せだ。
「嬉しい」
思わず唇がゆるんだ。
心が、気持ちが、ゆるゆると解けていく。
俺は深川の指を握った。
細くて小さく華奢な指。
ああ、俺。
深川がいてくれて良かった。
俺のこと好きだって言ってくれて、慕ってくれて良かった。
暗かった気持ちが、払拭され、浮上していく。
俺は単純だ。
深川の笑顔と、声と、優しい言葉に癒されて、高揚していく。
「好きだ」
初めて好きだと、そう感じた。
「本当ですか?」
真っ赤な顔で、深川が俺を見上げる。
俺は頷く。
「うん。深川が好きだ」
なんだか嬉しかった。深川の顔を見ているだけで、幸せな気分になれる。
世界が輝いて見える。
深川が世界で一番可愛い女の子に見えてきた。
とても幸せな気分だった。
「嬉しい」
涙ぐむような顔で言われて、思わず抱きしめたくなった。
だけど抱きしめる代わりに、指を絡ませ、強く握った。
気持ちを、願いを込めて。
深川は幸せそうに微笑んだ。
久々更新です。
何か他の小説書いたりしていますが。
暗いの書くと疲れます。
発熱したせいもありますが。
無理しない程度に更新頑張ります。
書かなくちゃいけない小説いっぱい持ってますが。
明るいのばかりでも、暗いのばかりでも、精神的につらくなるので、色々やらないと、飽きるし疲れてしまいます。
ほとんど病気ですが。
日記は毎日書けませんが、体調・気分次第ですが小説なら毎日書けます。
地震立て続けにあると脅えますが。
襖や戸がガタガタ鳴る音や振動は、心と三半器官にダメージ与える気がします。
昔は地震わりと平気だったのに。
能登の地震以来、ヘロヘロな気がします。