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第十八話 夢のような幸せ(二)

 深川が案内してくれたのは、スタイリッシュで品良くシックな、黒を基調に、赤と緑と白を配した、オープンテラスのあるイタリアン・カフェだった。

 黒いエプロンを身に付けたウェイターに、テラスに案内されて、二人掛けの席に向かい合って二人で座る。

 なんだか妙に緊張してしまって、まともに正視できなかった。

 煙草を吸いたい気分だったが、案内されたのは禁煙席だったので吸うわけにいかない。

 今更ながらしまったと思う。

「注文決めようか」

 間がもたないから、メニューを広げる。チラッと見てボンゴレに決める。

「何が食べたいの。ここは奢るよ」

 二人合わせて千八百円から二千八百円予定。

 デザートを付けたとしても三千円ちょっと。大丈夫、問題ない。 深川はボロネーゼを選んだ。ウェイターを呼んで注文した。



「井上さんは、休みの日、何をしてるんですか?」

「え?」

 どきりとする。

「だいたい寝てるか掃除してる。深川は?」

「音楽聴くのが好きだから、音楽聴いたり。時折ショッピングに行ったり」

「音楽? ポップスとか?」

「好きなアーティストもいますけど、最近はクラシックも良く聞くんです」

「へぇ、例えば?」

 意外だ。

「ツィマーマンってピアニスト知ってますか。友達に薦められて借りて聴いたんですけど、それまでピアノだと思ってた音が嘘みたいに美しい音色と旋律なんです。初めて聴いた時、号泣しちゃって。本当はあまり詳しくないんですけど、彼のCDだけは買い集めてるんです。実はまだ三枚しか持ってないんですけど」

「へぇ、そうなんだ?」

 なんとなく見た目だけでギャルっぽい子なのかと思っていたけど、意外だ。でも、そのギャップが良い。

「俺も聴いてみようかな」

「本当ですか? じゃあ、良かったらお貸しします」

「うん、有り難う」

 良いな、こういう感じ。忘れていた気がする。穏やかな優しい時間。まるで、夢のような幸せ。

 微笑んで彼女を見つめた。すると彼女も幸せそうに微笑んだ。

「映画とか、好き?」

 俺は尋ねた。

「はい。社会人になってからは、あんまり見に行けてないですけど」

「一緒に見に行かないか、今度」

「はい。嬉しい」

 顔を染めて笑う彼女が可愛くて、なんとなく困って、目線をそらした。

「良い天気だね」

「はい。今週いっぱいは良いらしいですよ、週間予報だと」

「本当? じゃあ、今度の土日も?」

「はい。予報通りなら、お天気です」

「……あの」

 何故ここで詰まってるんだ。

「え?」

「ごめん。今週末……予定、ある?」

「予定? 明日の夜の予定以外は、今のところ特にないですけど」

「良いかな?」

 もっと、知りたい。

「え?」

「……デート」

 そう言ったら、深川は満面の笑みを浮かべた。

「はい。ぜひお願いします」

 その丁寧過ぎる言葉に、思わず失笑してしまった。

「もっとくだけて良いから」

「あ、は、はい」

 深川は真っ赤になっている。そっと手を伸ばして、彼女の左手に自分の右手を重ねた。

「井上さん」

 返事の代わりに彼女の手を握った。華奢な指は、白くて頼りなげなのに、暖かくて。

 幸せな気分で、笑った。



「お〜い、井上」

 事務所に戻ると、梶木と高杉が待ち構えていた。ニヤニヤと高杉が手招きしている。

「な、何だ?」

「とぼけんなよ、井上。判ってるだろ?」

 ニヤニヤ笑って高杉が言い、

「昼食デートの報告しろよ。ノロケなしで」

 と梶木が言う。

「報告って、ただ一緒に昼食食べただけだ」

 キスはしたけど。そんなのこいつらに言うような事じゃないし。

「井上はムッツリスケベだからな。シラッとした顔で、昼食以外に別のモンも食ってるかもしれない」

 高杉が言い、

「なにげに秘密主義で腹黒いよな。真面目なツラして」

 と梶木が言う。

「何故そこまで言われなくちゃならないんだ」

 俺が言うと、梶木が急に裏声で、

「アァッ、やめて。こんなところで!」

「良いだろ、深川。俺のこと好きなんだろう?」

 高杉が作り声で言う。

「アァッ、やめてッ! こんなところじゃ嫌ッ!」

「じゃあ、どういう所なら良いんだ、言ってみろよ、ん?」

 高杉がそう言って、フルフル首を振る梶木の顎を掴む真似をした。

「…………」

 お前ら、そういう目で俺を見てたんだな。

「ヤダ、白い目で見られてるわッ」

 梶木が俺を指差し、

「まぁ、恐っ。まるでムシケラを見るような目つきねっ。確実に人を殺してるわっ」

 何故そこまで言われなくちゃならないんだ。

 ため息をついて、席に座り、パソコンの電源を入れた。

「……って無視すんなよ」

 梶木と高杉が後ろから肩を叩いてくる。

「……煩い」

「拗ねるなよ?」

 高杉が言った。

「俺達はお前の帰りを待ってたんだぞ」

 ……頼んでない。

「サッチャンたら照れ屋さん」

「さー坊、さぁ、ママに全部教えて」

 ……本気で煩い。

「仕事しろよ」

 言うと、

「うわー、ムカつく」

「後でいじめてやる」

 などと言われた。

 いったい何が楽しいんだ。単にからかわれてるだけだと思うが。

 今度からはメールで待ち合わせしようと決意した。


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