第十六話 高杉清隆
「よぉ、ムッツリスケベ。見たぜ、今朝」
顔を合わせた高杉清隆に言われて、思わず動揺した。
「な、何を」
「同伴出勤。ってかいったいいつからそういう仲になったんだよ。昨日までは興味なさげな顔してたくせに」
「朝、偶然駅で会っただけだ。いやらしい言い方するな。別に夜は一緒じゃなかったからな」
言い訳がましい口調になってしまった。高杉は愉しそうにニヤニヤ笑いながら言う。
「ん? 何だ? もしかして告白でもされたか?」
まさか全部見られてたのか。思わず顔が熱くなった。
「いやーん、サッチンたら青春? 遅咲きの春?」
「サッチンはやめてくれ」
寒い。
「サッチャン?」
「……頼むから、普通に呼んでくれないか」
間違いなく遊ばれている。
「ってか、ユキナちゃんもう告白しちゃったのかよ。俺が折角、盛り上げて、ドラマチックに告白タイムを演出してあげようと思ってたのに」
高杉が半ば冗談、半ば本気口調で、悔しそうに言った。
「……待て、高杉」
「ん?」
「お前知ってたのか?」
「ああ。相談されてたし」
「……お前に?」
「アキちゃんがまず相談受けて、来生ちゃんが俺の高校時代の後輩だから、そっち経由で話が来て」
「だから合コン?」
「目的は達成したみたいだけど、合コンはやるぞ。お前だけおいしい思いをするのは悔しいから。梶木は確実に振られるけど」
「……そうなのか?」
「だって来生ちゃんは彼氏いるし」
「なら、梶木に教えてやれば良いじゃないか」
「いや、梶木は振られた方が肥やしになるから大丈夫」
「……そういう問題か?」
「お前みたいに後生大事に抱えて醗酵して腐りかけないから。お前はもっと気楽に考えろ。人生楽しめ。梶木はここのとこ調子に乗りすぎだから、凹んだくらいで調子良い」
「…………」
人生楽しめ、って。いったい何をすれば良いんだ。
少なくとも、恋愛は俺にとって楽しみじゃない。それはなくても生きていける。
「何だよ、テンション低いな。付き合う事にしたんだろう? それとも後悔してるのか?」
後悔?
「…………」
してるのか?
「おい、井上。面倒なこと考えずに、単純に考えりゃ良いだろ。お前はユキナちゃんに告白されて嬉しくなかったのか?」
「いや」
嬉しかった。それは間違いない。
「じゃ、何を気にしてんだよ?」
「…………」
どう考えても、真面目とかストイックとか、クールとか誠実とか――俺に対する形容詞だとは思えない。
どう考えても、彼女が俺自身を好きだと言っているとは思えない。
ため息をついた。
「……お前、贅沢じゃないか?」
呆れたような声で高杉が言った。
「そういうんじゃなくて……クールってどういう意味だと思う?」
そう言うと、一瞬高杉は絶句してマジマジと俺を見つめたかと思うと、ブッとふき出し笑い転げた。
「…………」
こいつに言うんじゃなかったと後悔した。
「……なに、クールとかって言われたの? お前が?」
「……もういい。忘れてくれ」
「それで気にしてんの? お前のキャラじゃないから? そんな事実際に付き合い始めたら関係ねぇって! 逆に、付き合ってる最中の恋人がクールだったら、その方が問題だろ。付き合う前の勘違いや思い込みは、付き合ってく内に解消していきゃ良いだろ。余計なこと気に病むなよ、バカ。見てる方は面白いけどさ」
「……慰めてるつもりなのか、凹ませるつもりなのか、いったいどっちなんだ」
ため息をついた。
「細かい事は気にするな。いちいち気に病んでいたら、神経もたないぞ」
高杉はニヤニヤ笑いながら言った。
「お前本当どうでもいいこと気にするよな」
それはケツの穴が小さい男だと暗に揶揄されているのだろうか。
「お前は何でも面倒に複雑に考え過ぎ。頭デッカチ過ぎるんだよ。だからかえって何もできなくなるんだろう。気楽になれよ。力を抜け。楽しい事だけ考えてみろよ。プライベートでは、さ」
そう言われて簡単に切り替えられるなら、苦労はしない。
「……羨ましい性格だ」
「そう思うなら尊敬しろ」
「それは無理だ」
俺が答えると、高杉は愉しそうに笑った。